俺たちは三峰結華に傘を差す
秘めたものは秘めたままで、雨の先へキミは征く。
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眼鏡属性持ちの紳士を誘いこんでは、その湿度で絡めとり戻れないところまで引きずり込む妖怪雨女。
三峰結華を知ろうとして、気づけば俺たちは引き返せない所にいる。
彼女がもっと単純だったら良かったのに。そう思う一方で、俺たちは彼女の複雑な内面にどうしようもなく惹かれている。
三峰結華を面倒くさいと評しながら、俺たちだって大概面倒くさいのだ。
1.湖中の翼
人は誰だって複数のペルソナを持つ。
仕事とプライベートで。学校と家で。親交の浅い人、友だち、上司や同僚、家族に対して。全て同じ自分で在り続けている人の方が少ないはずだ。
裏表ってわけじゃない。境界線の引き方は人それぞれで、くっきりと線を引ける人もいれば、曖昧な人も、引くべきところに線を引かない人もいる。
三峰結華が引く線は、明瞭で、位置取りが上手く、それでいて優しい。自分のためだけじゃなく、自分と誰かのために引かれるものだ。
多くの場合、親しい関係になるにつれ引かれた線は曖昧になっていくものだが、線を引いたままの関係を心地よく感じるタイプの人も少なからずいて、三峰結華はそのタイプであることを吐露している。
わかるー!!!!(クソデカ共感
彼女とプロデューサーのやり取りには、いつだってこの一線が意識されている。
プロデューサーは基本的に引かれた線を尊重し見守るが、その上で敢えて踏み込むこともある。
(尊重するが、もがいて溺れそうなのは黙って見過ごさない)
一線引いた関係を望む人間にとっては、線を越えてこられることは無条件に苦痛だ。それだけで拒否反応を起こすくらいには。
けれど、このタイプの人間と深く関わろうとするならそれで諦めてはいけない。
こういったタイプの持つもう一つの特徴が、人との距離感や心情を読むことに長けているということだ。
確かに、踏み込まれることを苦痛に思っているかもしれない。それでも、それがただの無神経なのかそうでないのかくらいは読み取れる。読み取れて、しまう。
特に自分の性質(たち)を肯定しきれていない彼女にとって、その一線を尊重しながらも純粋な思いやりでのみ踏み込んでくるプロデューサーのスタンスは、信頼を寄せるには十分過ぎる理由だろう。
2.≠はバッドエンドだ
ただし、この信頼は三峰結華というアイドルとプロデューサーの間にあるものであって、三峰結華のパーソナルとプロデューサー個人の間で育まれたものではないというのが彼女が出した回答だ。
多くの三峰Pの命を刈り取ったとされる問題の『≠』は、彼女がこの回答にたどり着くまでの物語。
けれど、彼女が実際にその答えを出すシーンで、私はただただ混乱していた。
何故希望に満ちたBGMが流れているのか、理解できなかったのだ。
自分の感じているものと演出の乖離に脳が追い付かなかった。
だって、あまりにも悲しい結論じゃないか。
三峰結華にとって、アイドルとプロデューサーの関係性がかけがえのないものであることはわかっている。そもそもプロデューサーとの信頼関係は、三峰結華というアイドルを築いていく上で深まってきたものだから。
だけど、その関係性を取っ払ったとして2人の間に残るものは、何もないのだろうか。
私にはそうは思えない。
そこには、確かに何かがあるはずだ。
"何か"の名前は本人たちで決めればいい。
でも、確かに"何か"で2人は繋がっている。
この物語のハッピーエンドは、三峰結華がそれに気づくことだったはずなのだ。
2人の間にアイドルとプロデューサーしかないなんて、客観的にみて無理があるハリボテだ。
けれど。ハリボテ、だったとしても。
それを拠り所にしてしまうのが三峰結華なのだ。
脆さを脆さのまま抱えて生きるのが、三峰結華なのだ。
彼女の心底安心した笑顔をみて、強くそう思う。
だから、≠はバッドエンドで。
三峰結華にとっての、トゥルーエンド。
3.雨の先へキミは征く
一線を廃す機会を得て、それでも彼女は一線を引いた関係を望んだ。
一見するとふたりの距離を遠ざける出来事のようだが、むしろその距離は縮まっている。
「アイドルとプロデューサーである」というセーフティは、三峰結華が抵抗なく自身を見せるために必要なものだったのだろう。
辛い時に辛いと言えない彼女も「プロデューサー」には辛いと言える。「アイドル」としてなら甘えることだってできる。
そこに理由付けが必要なんて、どうしようもないくらいに彼女の脆さを感じた俺たちは、その先に新たな彼女の一面を垣間見ることになる。
それは、ちょっと、ズルくないか。
そんな”強さ”を見せられたら、何かしてあげたいと思うのは当然じゃないか。
ようやく、心配掛けさせてもらえるようになったのに。ようやく、甘えてくれるようになったのに。
でも、その上で「信じて」と、改めて言葉にまでされてしまったら踏み込むわけにもいかない。
一線を隔てた向こう側で彼女が傷つきながら羽ばたくのを、俺たちは歯を食いしばり見守るしかないのだ。
三峰結華は脆さを抱えただけのアイドルじゃない。
その脆さは、芯にある強さと優しさの裏返しだ。
辛いと言えないのは、心配を掛けたくないから。
甘えられないのは、負担を掛けたくないのと、自分の足で歩みたいから。
信じるよ。三峰結華。でもさ、やっぱりズルいと思うから、俺たちにも考えがある。
見守るだけなんて無理だ。俺たちは「プロデューサー」なんだろう?
雨の先を一人で目指すというのなら、傘を差すくらいは。
やりすぎて怒られたらたたむけど、それでもまたこっそり差し直すから。
ズルいのは、お互い様だ。
俺たちは、三峰結華に傘を差す。
キミに、気づかれぬように。