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宇宙空間から地球に向けて最初に歌われた日本語の歌は『若き血』か?問題

 高校野球甲子園大会で慶應義塾高校が躍進し、応援歌『若き血』が大音量で球場に響く様子が日々放送されています。それをみて思い出したことがありました。

 1994年、日本人としては3人目、日本人女性としては初の宇宙飛行士向井千秋さんがスペースシャトルに搭乗しました。当時大変な話題になり、スペースシャトル・コロンビア号の船内からのテレビ中継もありました。
(ここから先は私の記憶です。正直、記憶力はよくないので盛大な勘違いが含まれているかもしれません。)

中継の最中、(恐らくアメリカの)視聴者から「何か歌を歌ってください」(もしくは「日本の歌を歌ってください」)というリクエストがありました。
 そこで、向井千秋さんが歌ったのが『若き血』でした。
 
 なぜそんなことを覚えているかというと、日本代表としての側面も非常に高かったスペースシャトルでの宇宙飛行士ミッションの最中に、『君が代』以外に胸を張って歌っていい歌があるんだ! と強く印象に残ったからです。
 強いて他の選択肢を探すとすると、当時アメリカ人も知っていた可能性が高い日本語の曲という考え方もあったかもしれません。その方向で一曲だけあり得るのは、BTSもNew Jeansも影も形もなかった1963年に坂本九が歌ってビルボードの全米No.1になった”SUKIYAKI"(『上を向いて歩こう』)。ところがそれも選択せず。アメリカ人も含めてみんなが知ってるだろう曲を選ぶような、おもねるようなこともしなかったわけです。

 向井千秋さんが宇宙飛行士に応募する前の経歴としては、慶応女子高から慶応の医学部へ(受験して)進学し、その後慶応病院では外科医。こういう経歴を考えると、慶応の応援歌『若き血』は、日本の歌であると同時に彼女の人となりを表現するのにふさわしい選択だったのでしょう。

 大げさに解釈すれば、国家とかその時々の所属組織や環境とかに向き合うのに有効なひとつの軸を植え付けるのが慶応の教育なのかもしれません。
 福沢諭吉の思想は、今にしてみれば退屈なものです。

・個人の独立と成功には教育が重要であり、教育を受けた個人こそが近代的な独立国家の担い手である
・男性も女性もおなじ一人の人間である
・皇室は政治にかかわらず、文化を保護し国民の精神の中心となるべき

…非常にてきとうで雑なまとめですが、今にして考えると大変退屈な当たり前のことしか言っていません。また、江戸時代から明治の人物であり時代的な制約の下での主張ですので、細かくみていけば粗もあります。それにしても、1858年の慶應義塾設立以来、現在まで大きく見直す必要のないしっかりした骨格をもった思想でした。
 日本国もヨーロッパ・アメリカの諸国もアジヤ諸国もさらに皇室も福沢の思想ではそれぞれに位置づけが明確です。慶応で勉強すると、福沢諭吉の著作を読むと読まざるとにかかわらず、どこかでそういった様々を相対化するような自由さを身に着けた【自分】を獲得するのかもしれません。それを一言であらわすと慶応の基本精神である独立自尊になる。

 歴史的意義も重大な日本代表の立場に置かれた向井千秋さんが(日本の)歌を歌ってくださいと言われたときに、日本人だから『君が代』ではなく、欧米におもねって”SUKIYAKI"でもない選択の結果が『若き血』だった。本当に大げさな解釈ですが、慶應義塾と塾員を考えるときになかなか興味深い事例だと思います。

【註】
*1 日本人最初の宇宙飛行士は1990年ソ連のソユーズに乗った秋山豊寛。TBSのプロジェクトでの搭乗で、宇宙特派員としてテレビやラジオの番組に出演したので、ひょっとすると歌のひとつも歌ったかもしれませんが、調べた範囲では出てきませんでした。
*2 二番目の宇宙飛行士は1992年にスペースシャトル・エンデバー号に乗った毛利衛。こちらも歌に関する情報は検索した限りでは出てきませんでした。
*3 向井千秋の『若き血』については、彼女が目覚ましアラームとしてこの曲を使用したという事実はNASAの文書にありましたが、歌唱については記載がありませんでした。


*4 ちなみに宇宙空間で最初に地球に向けて演奏された歌は『ジングルベル』だそうです。