100人に1人のカスタマー

 カスタマー、つまり日本語で言うところのお客様のことであるが、たいていのカスタマーはごく普通の人たちである。希望の商品を探し、見つけ、確認してから注文する。トラブル等が起こることはあまり無い。取引の後には、何事もなく無事完了したことに対して感謝の言葉を伝えてくれる礼儀正しい人もいる。

 しかし、長いこと仕事をしていると、おそらく100人に1人くらいの割合で、「特別な」カスタマーに遭遇する。100人に1人か、あるいは200人に1人か、確率の大小には多少の違いはあるにしても、これはある種の必然とも言えるのか、いずれかの時点でこうした「特別な」カスタマーに出会うことになるのではないか、と感じる。

 「特別な」カスタマーにはいろいろなタイプがある。過去にあった一例を紹介しよう。

 ある日、カスタマーからフィードバックがあった。迅速な対応に感謝の言葉を述べつつも、商品のコンディションが説明と異なると言うのである。指摘されたコンディションと言うのは、外観上のものであった。本来の使用用途に影響は無いと思われる。しかし、「使用の用に供する気になれない」とカスタマー様は断言する。

 ここで注意していただきたいのは、商品の外観写真は購入前に確認することが出来る状態にあったということである。つまり、こちらはコンディションを説明し、外観が確認できる写真を事前に提示しているのである。

 もちろん、提示したのは写真であるから、実際の状態とは異なる印象を受けることは大いに有り得るのは当然だ。だが、提示していることは事実である。購入前に写真をちゃんと見たのかどうかははっきり言及せず明確でないが、こちらはその機会をきっちり提供している。にもかかわらずこのカスタマー様は、その機会が全く無かったかのようにこちらの責任を一方的に問い、あたかも商品に触れたくもないかのような口ぶりで不備を指摘してきているのである。

 そのカスタマー(仮に第10号氏と呼ぶことにしよう)からの指摘に対し、ひとまず詫びと釈明の返信を入れ、商品を返送してもらう方向で調整を試みた。現物のコンディションを確認する必要があるからだ。受け取った後にカスタマー自らが何らかの変更を加え、それを根拠に商品説明と異なると称して返金を要求してきたりするのは、よくあるケースだ。

 しかしその後、10号氏と連絡を取っているうちに別の問題を発見した。つまり、この10号氏はどうやら100人に1人の「特殊な」カスタマーらしいということに気付いたのである。

 きっかけは、10号氏の言っている内容が理解困難、はっきり言うと意味不明だということにあった。本人はちゃんと説明しているつもりらしいのだが、通常の日本語の用法で考える限り、10号氏の意味するところが分からないのである。そして、こちらが説明することに対していちいち感情的に反論してくるということも、「特別な」カスタマーであることを印象付けた。

 返品は、10号氏自身が希望していた。

 しかし、その言動から、料金着払いの宅急便、しかもわざと大きいダンボール箱を使うなどして、大型サイズの宅急便として返送してくる可能性が高いことに気付いた。宅急便を想定していると思われる質問もあり、少なくとも、着払いの宅急便を選択する意図があるのはほぼ間違いない。

 ちなみに、商品は文庫本である。

 返品に至ったケースはこれまで何度かあるが、この10号氏は、他のカスタマーのように「文庫本なのだから宅急便ではなく郵便にしよう」などとは考えないに違いない。ごく基本的なコミュニケーションさえ満足に取れていないのだから、返品費用はどう分担するかとか、返金処理は全額か半額か、などの具体的な部分を合理的に理解してもらうことも、ほぼ不可能と思われた。

 私はやむなく、敢えて丁重な言葉づかいで返品は不要である旨伝え、返送先住所を繰り返し求める10号氏への直接的な回答は避けた。

 ここでも一つ注意していただきたいのは、発送したときの封筒に、いちいち言うまでもないことだが、こちらの発送先住所は明確に記載されているということである。だから、10号氏のように、感情的になって返送先住所を繰り返し求める必要などは全く無い。どうしても返送したいというなら、封筒を確認して勝手に送り付ければいいだけである。この点から言っても、10号氏の言動は常識に欠けていると言える。

 その後も、延々と続くのではないかと思われる謎の言動が続いたが、こちらも暇ではないので、断りを入れて連絡を終了した。見事、クレーマー第1号の誕生である。

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