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非公開資本の解放に向けたセカンダリ取引の可能性
最近興味持ってざざっと読んだSecondary取引について。[Unlocking Liquidity(流動性の解放)]という書籍で、著者は現代のVCにける根本的な欠陥を暴露。ペーパー上の数字でなく目に見える現金を生み出せない業界構造に警鐘を鳴らしつつ、その解消手段としてセカンダリ取引を提示しています。
セカンダリ取引の持つ潜在性の高さと、ベンチャーエコシステム全体に影響を与えうる機能であると再認識しました。
1;本書のざっくりサマリ
従来のVC事業モデルだった[資本投下して待つ]という行動様式が資本の固定化を招いて業界成長の足枷に。著者によると4.6兆ドル以上の市場価値がVC支援のユニコーン企業株式に閉じられ、更に1.1兆ドルがVCのドライパウダーとして冷凍されている
この封印されし資本の解放手段がセカンダリ取引であり、資本の解放はVC/スタートアップにおける新しいイノベーションの揺籃期になり得る
2;本書の前提と課題認識
2-1;業界に不都合な1兆ドル
最新のデータによるとVCファンドの半分は初期資本の1倍リターンすらできず、更に1/4は公開市場のインデックス投資のリターンを上回ることが出来ていない
問題はリターンだけでなく下記のような問題が業界に存在すると指摘
A;LPは高業績ポートフォリオによる高IRRをレポートで目にするが、実際のキャッシュ リターンとは別問題…
B;スタートアップ創業者は数十億ドルの評価額を保有するがリスク分散できない
C;従業員SOは実報酬でなく殆ど宝くじでしかない
D;VCの主業務が新しい投資機会発掘より投資先管理に比重がシフト
著者はCarta Venturesでの業務経験で高い価値創造と厳しい流動性制約の組合せという矛盾を体験。結論としてIPO/M&Aといった出口待ち戦略は全ての関係者を不幸にしたとしている。
2-2;ダイレクト セカンダリ革命
ダイレクトセカンダリは過去に利用された[苦境からの投げ売りツール]でなく、[プライベート市場に閉じられた価値の開放]と定義。2023年の全世界のセカンダリ取引量は 1120億ドルに達して2013年から6倍に増加、ベンチャーエコシステムにおける新たな価値提供を提供する手段として位置づける
Stripeは22年の評価額は950億ドルだったが23年の調達ではダウンラウンドとなり評価額は500億ドルに減少。その後、24年にセカンダリ取引で536.5億ドルの評価額で流動性を獲得した。
3;本書の中身
本書籍はVCに係る学術批評ではなく、今日のプライベート市場でのチャンスを造成/活用するための実用的なガイド。4つのパートを通じて、流動性危機の理解から業界を再形成するツールの習得まで学ぶことができる。
3-1;本の内容
Part1;流動性革命
従来VC構造の失敗理由と、セカンダリー市場の進化(不良債権売却→戦略的取引)について深く掘り下げる。LP/GP主導ディールでは不十分な理由に加え、非公開会社のライフサイクル延長など市場力学による業界再編成について言及する。
Part2;ダイレクトセカンダリー技術の習得
基本的な業務内容を詳述、案件組成から評価額設定/市場運用の在り方といった案件執行まで記載されている。複雑な資本政策表の解きほぐしや返済優先権のナビゲートを通じたディール構築方法を学べる。
Part3;未来に向けたプラットフォームの構築
従来のポートフォリオ理論に異議を唱え、標準的なVCアプローチがセカンダリーで機能しない理由を提示。差別化による競争力をつけるべく、取引フローにデータサイエンスを活用して長期的成功につなげる方法を提示
Part4;流動性の未来を描く
セカンダリー市場を再形成する新たなトレンド/テクノロジーを展望。AI駆動型価格設定モデルやブロックチェーンベースの取引PFなど、セカンダリー取引を半永続的に保証する方法を提示。
3-2;属性別のメリット
[LP]
無限の忍耐を必要としないポートフォリオ構築及び投資効果を管理するツールとしてのセカンダリ活用を提示。ちなみにプライマリー投資のリターン;13.2%と比較して、セカンダリーファンドは歴史的に15.9%のリターンをたたき出している
[VC]
従来のビジネスモデルを超えた価値創造方法を提示、セカンダリを活用した投資先企業の支援テクニックを掲載。最新のデータによるとGP主導ディールは現在セカンダリー市場全体の半数を占める
[スタートアップ経営者(創業者)]
経営支配権を失うことなく流動性を管理するための実用的な戦略としてセカンダリーを提案するとともに、従業員ロイヤリティ維持にも活用できるとする。調査によるとESOP提供企業は従業員を維持する可能性が3-4倍高いとのこと
[スタートアップ従業員]
株式報酬/評価方法に関する実例をベースに、個人の流動性を管理するための戦略を提示。また、セカンダリー販売のリスク/機会の理解について記載
3-3;結語…VCの未来
未来のVCは下記4つが備わっていると期待する
●ファンド組成の時点からセカンダリ活用が組み込まれている
●データが価格設定/リスク評価を推進
●テクノロジーが効率的なマーケットメイキングを実現
●体系的なセカンダリ戦略により、流動性確保までの平均時間が半分に
現在のユニコーン企業で毎年IPO/M&Aでエグジットするのは僅か10%程度で、変革は容易でない…法的構造から経済インセンティブまで全てを再考/再整備することで凍結された1兆ドルの価値を開放する機会が存在する。また、価値解放だけでなくイノベーションへの資金提供や価値創造による社会変革が可能となる
1兆ドルの流動性解放は克服可能であり、本書はリーダーシップを発揮して大胆/協力的に行動する意思のある人への招待状となる。最終的によりダイナミック/包括的/影響力のあるVCエコシステムの創出が可能となる
4;著者について
著者であるAhmad Takatkah氏はコンピューターエンジニアリング/データサイエンス/製品管理のバックグラウンドを持ち、技術系創業者からVCに転身。過去15年間で3つのVC設立/運営に携わった。この過程でセカンダリ取引/スタートアップの企業価値評価/イグジット予測ツールを作成。
彼はCarta Venturesでのデータサイエンティストとして働き、その後はFintechスタートアップ;KingsCrowdにて勤務。同時に2012年からKauffman Fellowであり、VCpreneur.comでVCブロガー/ポッドキャスターとして活動。学歴としてはNYITのMBA及びハーバード大学でのVC/PEのエグゼクティブトレーニングが含まれる