「俺の人生はアムウェイがすべて」と言い切ったあいつ、元気してるかな。
先日、ネットワークビジネスに入会させる目的を隠して勧誘したとして、「日本アムウェイ」の2人の男性が、特定商取引法違反の疑いで京都府警に逮捕されました。
アムウェイの勧誘によって逮捕者が出たのは、全国で初めてとのこと。
アムウェイは、健康食品や化粧品、日用品などを開発・製造しているアメリカ発祥のブランド。
製品自体は高品質として評価されているものの、会員たちによる強引な勧誘が度々話題になり、今やアムウェイは「ネットワークビジネスの代名詞」。
特に、近年のSNSやマッチングアプリの台頭によって勧誘が活発化し、若い世代を中心にその存在が広く知られるようになりました。
今の10代や20代は、それらの影響によって「ネットワークビジネスには気をつけろ」という知識が付いていると思われるものの、実はそのデッドスペースになっている世代が、僕のような30代。
製品が介在せず金銭の配当のみを目的とした「ネズミ講」については社会科の教科書で学んだことはあるけれど、ネットワークビジネスがまだそれほど話題になっていなかった5年ほど前、僕は複数の同級生から立て続けにネットワークビジネスへの勧誘を受けました。
新卒で入社し、そろそろベテランの域に差し掛かってきた29歳頃、「自分は本当にこのままの人生でいいんだろうか」と転職を考え始めている世代が、恰好の的。夢物語のようなネットワークビジネスへの誘いを受け、すっかり心酔してしまった同級生が何人もいたのです。
僕はアムウェイやネットワークビジネスの存在そのものを否定するつもりはありません。ビジネスのひとつの手段として成功している人はたくさんいることでしょう。
けれど、そのためにリスクも大きい。無闇やたらな勧誘により、家族や友人に縁を切られたという話もよく耳にします。
僕は単純に「自分には合わない」という判断のもと、残念ながら彼らとは距離をおくことにしました。
そうした決断に至ったのは、SNSで知り合った一人の男子との出会いが大きく影響しています。
今日はその話をしましょう。
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5年ほど前のある日、まだ僕がネットワークビジネスについてほとんど知識が無かった頃、見知らぬ19歳の男子からSNSでコンタクトがありました。
「人生の先輩としてぜひ会ってお話してみたいです!」というのです。
なにやら怪しいなとは思いながらも、10代の男子と話す機会なんて滅多にないので、執筆のネタになるかもしれないという下心を隠しつつ、僕は彼の誘いを快諾しました。
渋谷での待ち合わせに現れたのは、Tシャツからジーンズ、ベルト、靴、バッグまで全身GUCCIで固めたLDH系のイケメン。
19歳にして何でそんなにお金を得たんだろうと、ただならぬ雰囲気を醸し出す青年でした。
スターバックスでお茶することになり、彼は「本を書いてるなんて凄いですね!」とひたすら持ち上げてくれて、僕はすっかり良い気分に。
彼の方はといえば、幼少期から野球一筋で、甲子園にも出場し、プロ野球選手を目指していたものの怪我により夢が破れ、今は個人事業主としてビジネスで成功を収めたのだとか。
その日は小一時間話した後にLINEを交換し、「またぜひ会いたいです!」と彼は爽やかに去って行きました。
半月ほど経ち、LINEで“またお茶しましょう!”との誘いを受け、再び待ち合わせることに。
2回目の会談でようやく、彼がアムウェイの会員だということを打ち明けられます。
怪我で挫折したとき、信頼する先輩からアムウェイでのネットワークビジネスを持ちかけられ「この人に付いていこう!」と一念発起した経緯を、彼は熱く語りました。
「作家としての知名度を活用すれば、きっと俺のように、働かなくても稼げるようになりますよ!」と。
返事は今日じゃなくてもいい、ゆっくり考えてみてくださいと、その日も小一時間で解散しました。
この頃はまだ僕に知識が無く、後でわかったことなのだけど、ここまでの流れは典型的なネットワークビジネスの勧誘のプロセスそのもの。
1.警戒心をもたれないよう、初日は勧誘の目的を明かさない
2.ブロックしやすいTwitterやInstagramではなく、LINEのIDを聞き出す
3.2回目の会談で勧誘の目的を明かす(勧誘の前に目的を明かさなければ特定商取引法違反となるため)
4.挫折から成功までのサクセスストーリーを熱く語る
5.当日には無理に勧誘しない(勧誘を強制していないという事実をつくるため)
今振り返れば、なんてテキスト通りの勧誘だったんだろうと笑ってしまうくらい。
後日、返事を聞かせてほしいとの連絡を受け、指定された新宿のドトールコーヒーへ。(ドトール、ってところも典型的)
「きっと君みたいに成果は出せないだろうから、勧誘はお断りするよ」と、僕は彼の目をまっすぐに見て返答しました。
すると、彼の態度が豹変。
「あなたは何もわかってない」
「こんなにもいい話に乗って来ないなんて、どうかしてる。ありえない」
「失望した」
「この先、絶対に後悔する」
「3回も会いに来たのに、交通費とコーヒー代の無駄だった」(知らんがな)
罵詈雑言のフルコース。
しかも周りの客にも聞こえるくらいの結構な声量で捲し立てるものだから、恥ずかしいったらありゃしない。
これもまた、勧誘を断られたときの典型的な手口。
高圧的な態度と、あえて周囲に聞こえる声量で責め立てることで、正常な判断力を鈍らせ、恐怖と恥ずかしさのあまり勧誘に応じてしまうのを狙っているわけです。
しかも、恐喝罪にならないぎりぎりのワーディングで。
罵詈雑言は30分ほども続きました。
「何度も言ってるけど、アムウェイに入るつもりはないから、もう帰るよ」と僕が席を立とうとしたとき、彼が言い放った最後の言葉が、今も忘れられません。
「俺の人生はアムウェイがすべてなんです!
仕事もプライベートも、友人関係も、俺の24時間はアムウェイで成り立ってる!
アムウェイに興味が無いと言うなら、もう俺と会うことも無いと思ってください!」
唖然としました。
ネットワークビジネスは、ここまで人を心酔させてしまうのか。
もはや「ビジネス」の域を超えて、彼にとってアムウェイは「神」に成り代わっていたのです。
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彼が「もう俺と会うことも無い」と言った通り、それから連絡はパタリと途絶えました。
しかし、1年ほど経った頃に、一言だけLINEが来たことがあります。
“ご無沙汰してます。今もアムウェイに興味ないですか?”
彼との会談を経て、その頃には僕もある程度の知識を蓄えていたので、
“一度断った人をまた勧誘する行為は違法になるはずだけど、大丈夫なの?”
と返信すると、ついに彼から連絡が来ることは二度となくなりました。
きっと、彼は真面目な青年だったのだと思います。
野球一筋、一生を野球に捧げると思っていたのに、怪我で人生を絶たれたのは本当のことだったのでしょう。
からっぽになった心にアムウェイが光となって射し込み、一生を捧げる対象は野球からアムウェイへと取って代わった。
かつて寝ても覚めても野球、野球だった彼は、そうして寝ても覚めてもアムウェイ、アムウェイの毎日に切り替えることでしか、挫折から立ち直れなかったのだと思います。
しかし最後は、一度断った僕に頼るまでになってしまった。
あれほどテキスト通りにプロセスを踏める彼だったら、二度目の勧誘が違法であることは当然知っていたはずなのに。
もしかすると、彼は今頃、野球のみならずネットワークビジネスでも挫折を経験しているのかもしれない。
いや、もしかすると、僕が初めて会ったあの日の時点で、そもそも成功などしていなかったのではないか。
全身を固めたGUCCIのコーディネートは、成功による日常着などではなく、成功者だと見せかけるためのパフォーマンスだったのかもしれません。
だとすれば、彼もまたネットワークビジネスに蝕まれた被害者。
真面目で、実直であるがゆえに、全てを投げうってアムウェイに心酔することしかできなかった彼に、心から同情します。
そして、たった3回しか会わなかった関係とはいえ、純真無垢な一人の青年を救えなかった自分を不甲斐なく思います。
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