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牛と暮らした日々-そこにあった句#30 ヤギ

にれかめる山羊と秋思の目を合はす  鈴木牛後
(にれかめるやぎとしゅうしのめをあわす)

うちの山羊は「ヤギ」と呼んでいた。
本名「小次郎」くん。去勢したオスだった。

2010年に50キロ離れた2つ隣の町から来た。
1キロ離れた1軒おとなりのトマト農家Yさん経由で「子山羊の双子がいるんだけど、1頭いらんか?」と言われて1頭もらった。

もともと飼っていたヒツジ農家の人が置くところがなくなったそうだ。
Yさんに「どっちの山羊がいい?どっちでも好きな方を選んでいいよ」と言われたので、元気の良くない方をもらったのだが、これが大正解。
うちが山羊を勝手に「小次郎(ヤギ)」と名付けたら、Yさんは山羊を勝手に「弥太郎(ヤッチ)」と名付けていた。お互い勝手に名付けた割に似ていた。

そうそう。元気の良くない話だった。元気が良くなかったというのは、気性が穏やかだということで、うちの「ヤギ」は何をしても怒らないのだ。触り放題。ヒゲも頭も頬も。めんこいめんこい。
一方、Yさんの「ヤッチ」は気性が荒くて、触らせてくれないどころか、すぐ角でどついてくる。自転車を敵だと思っているらしく、夏に自転車に乗った人を見ると、角を突き出して襲ったそうだ。めんこくない。

ある夏に繋いでいたヤッチのロープが離れてしまった時は、トマトの選別小屋に入って、高級なフルーツトマトを食い荒らしたそうだ。被害総額数万円!ヤッチ恐るべし。

夏はお互いの農場の「雑草刈り(食べ)従業員」として働いていたが、冬になると食べ物がなくなるので、ヤッチはうちに預けられた。来る時も帰る時も私は遠目に見ていた。どつかれるから。でもヤッチも中年になってからは、だいぶん気性も穏やかになってきて、どつく回数も減った。

冬はうちの哺乳仔牛部屋の片隅で2頭して乾草をもらっていた。朝夕、牛にやるくらい豊富にもらえるので、パンパンに太っていた。毎朝、水をやるのが私の仕事だった。「ヤギ」の檻の中には手を入れてバケツを置けるのだが、ヤッチの檻には手を入れられないので(どつかれるので)、ロープでバケツを吊って檻の上から差し入れていた。

パン屋の友人Mちゃんは山羊が大好きで、毎月の配達の時に「ヤギパン」(消費期限切れのパン)をくれた。ヤギもヤッチもパンが大好物だった。好きすぎて、パンを見ると檻を壊すのではないかと思うほど興奮していた。

山羊にパン投げて勤労感謝の日 牛後
(やぎにぱんなげてきんろうかんしゃのひ)

さて、山羊が大好きなのはMちゃんだけではなく、夏にうちの牧場を訪れるとまず外に繋がれている山羊が目に入るのか、けっこうな確率で来訪者の関心をひいていた。
見た目マッチョなニトリの配送員さんが「帰りに山羊を撫でていっていいですか?」と聞いてきたりした。

自宅をリフォームしてくれた工務店の若旦那Kさんは、休日に小学生の子供を2人連れて構いに来ていた。
「ヤギはキャベツの外葉が好きですよ」と教えると「じゃあ、中の方は好きじゃないんですね」とボケたことをおっしゃるので、「中身は人間が食べるんですよ」と教えてあげた。

Kさんは「よしよし外葉だな」と思ったらしく、それからはスーパーに行くとキャベツ売り場の外葉捨てコーナーが気になってしょうがなくなったらしい。(ああ…。あの段ボールを箱ごともらって帰りたい…。)と思ったけど、理性がそれを押しとどめたとか。
「スーパーの方も外葉が必要ですものね」とまたボケたことをおっしゃるので、「多分必要じゃないと思うので、言えばもらえると思いますよ」と教えてあげた。

冬になって雪が降ると山羊も舎飼いになるので、「ヤギ」も来訪者も少し寂しそうだった。

2019年の冬にYさんのヤッチが先に亡くなり、後を追うように2020年の大晦日にうちのヤギが亡くなった。
 ちょっと寿命には早かったが、老衰だったと思う。
穏やかで静かに死んでいった。


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