牛と暮らした日々-そこにあった句#14 傾斜地での採草
夏草の刈られてもなほ空に触れ 鈴木牛後
(なつくさのかられてもなおそらにふれ)
私たちが就農したのは、前の所有者が戦後開拓した土地だったと以前書いた。戦後開拓、つまり条件不利地しか残っていなかったところの跡地に入ったのだ。
放牧地はすべて傾斜地。そして採草地もほとんどすべてといっていいくらい傾斜地だ。
今、一番牧草の収穫作業の真っ最中だが、傾斜地でトラクターに乗るのはどんな感じなのかお話ししよう。
「酪農家さんは夏休みがないから、遊びに行けないね」と言われれば、
「わざわざテーマパークに行かなくても、うちの牧草地でトラクターに乗れば、それが絶叫テッダ、絶叫レーキになるからね。さながらスズキーランドだね。ははは。」と返したりする。
私が主に乗っているのが、このテッダ(乾かすために牧草を広げる機械)とレーキ(牧草を集める機械)だ。
この絶叫マシン作業は今でこそ慣れたが、最初の3年くらいはとても怖かった。
大学時代ワンダーフォーゲル部で冬山登山に行った時、大阪出身でほとんど(プルークボーゲンしか)スキーのできなかった私がびびっていたら、先輩に言われた。「怖いと思うから転ぶんだ。恐怖心をぐっとこらえてスピードに耐えろ!」
就農当初トラクターに乗った時、この言葉をよく思い出したものだ。急傾斜を下った後に右に急カーブの採草地を、唇を噛むように耐えた。
そして、さらに怖いのは傾斜地を横に走るときで、これが急傾斜になると山側のタイヤが浮いてそのままひっくり返るような気がして恐怖なのだ。
「横に走る時、とっても怖いんだけど」と夫に言うと、
「ぜっったい、ひっくり返ったりすることはないから、山側に体重を乗せて耐えろ」と言われた。
(どんだけスパルタやねん)と心の中で思ったが、トラクターのシートの、山側の肘掛をつかんで耐えた。
このスパルタ訓練のおかげで今ではかなりの急傾斜でも平気のへっちゃらで乗れるのだが、恐怖心とは別の問題が最近出てきた。
それは、テッダとレーキはいつもは2速で走るのだが、それで上っていけない急傾斜は1速にシフトダウンする。でもそのままではスピードが遅すぎるので、すこし傾斜が緩くなるとまた2速にいれる。それを繰り返すと、クラッチの踏みすぎで膝ががくがくになるのだ。重たいトラクターが急傾斜で後ろに下がらないようにするために、思いっきりクラッチとブレーキを踏まなければならない。最近、私も後期中年者になってきたので、このような作業が膝にくるようになってしまった。
農家は歳をとってもいつまでも働けるといわれるが、町内の酪農家さんがほとんど65歳前後で離農しているのが分かるようになってきた、今日この頃の私だ。
夫のことも言うと、ロールベーラー(牧草をロールに丸める機械)に乗っているのだが、これも傾斜地では苦労で、まず普通にポンと降ろすと転がっていくので、トラクターのお尻をくいっと曲げて、傾斜とは直角の転がらない角度にしてからロールを降ろさなければならない。
傾斜がきつい草地では、下の平らな所までバックで下りて行ってからロールを出している。とても時間がかかるのだ。
今では転がすことはめったにないが、就農したばかりの頃は何個もロールを転がすのを見た。
そのまま転がって何でもないところに止まればいいのだが、ほどけながら転がっていって元の木阿弥になったり、ビリヤードのように他のロールに突き当たってそれも一緒に転がしたり、回収できない場所に落としてしまったり、色々あった。
一度、他人のカラマツの植林地に落としてしまい、持ち主に電話で謝ったあと、夫婦2人で林に入ってヒモを取って一生懸命にほぐして下草になじませたこともあった。
モアコン(牧草を刈る機械)でも、普通は一方向にぐるぐる回って刈っていくのだが、傾斜がきついのでそれができず、上って刈っては、ただ降りて、上って刈っては、ただ降りて、を繰り返さなければならないところもあった。
放牧している酪農家は、1年中繋ぎ飼いの酪農家に比べて、冬の間の牧草だけ収穫したらいいので半分の労働で済むはずなのだが、そんなこんなで、うちではとにかく時間がかかる。
「私たちって誰よりも早く始めて、誰よりも遅くまで牧草作業やってるよね」
と嫌みのひとつも言いたくなる。
夏草の刈られて伸びてゐる一日 牛後
(なつくさのかられてのびているいちにち)
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