牛と暮らした日々-そこにあった句#21 大停電
ざらざらと大停電の暁の露 鈴木牛後
(ざらざらとだいていでんのあけのつゆ)
2018年9月6日午前5時すこし前
目覚まし時計が鳴った。
まだ布団から出たくない私は、枕元にあるスマホを開いてツイッターをダラダラ見ていた。
札幌市内や近郊に住む友人が「揺れてる」「地震だ」「停電してる」とツイートしているのを眺めて、(札幌の方では停電してるのか~。地震があったの?うちは遠いからあんまり関係ないかな~)と、のんきに思っていた。
ふと、部屋に違和感を感じた。ちょうど日の出の時刻で部屋はうっすらと明るかったのだが、何かいつもと違う。
あ。いつも眠るときに点けている常夜灯(豆電球)が点いていない…。
まさか?札幌から遠いここでも?
電灯のスイッチを入れた。点かない。
停電?まずいな…。夫を起した。
「停電してるみたい」
まず頭に浮かんだのは、搾乳ができないということだった。今日は集乳日だ。集乳車が来る午前8時までには搾乳を終わらせなければならない。頭の中はそのことでいっぱいだった。
停電しているので、スマホ以外には何も情報が入ってこない。スマホのネットニュースで胆振地方で地震が起きた事を知った。
この時はまだ事態を軽く考えていて、数分、長くても数時間で停電が復旧するだろうと思っていた。
電気がなければ、牛舎仕事は全くできないし、家にいても家事もできない。
とにかく復旧するのを待とうと、着替えて家で待機することにした。
何もやる事がないのでツイッターばかりしていた。以下、私のツイートである。
《5時49分
うち(道北地方)も停電してます。
搾乳はもちろんできないけど、バルク(牛乳入れて冷やしてるタンク)の牛乳が心配。今日、集乳日だからけっこう入ってる。全廃棄か?集乳時間にはもう間に合わないな。というか全廃棄か?》
《6時28分
断水もしてます。(湧き水をポンプ汲み上げなので)何もできない。牛はまだ放牧地で牧草を食べていますが、そのうち牛舎に入れてくれと騒ぎだすでしょう。最近スマホの『らじるらじる』ばかり聞いていたので捨てようと思ってたラジオ捨てなくてよかった。ラジオ聴いてパン食べて牛乳飲むしかやることない。》
この日は木曜日だった。うちは食品のほとんどを1週間分まとめて生協に配達してもらっているのだが、その配達日が水曜日なのだ。冷蔵庫は食品でパンパンだった。焼酎を割るために注文していた炭酸水がペットボトルで段ボール1個分あった。炭酸は沸かせば水になる。
《6時31分
牛が戻ってきた。ヤバいな。》
《7時42分
牛がゲートに集まってしまったので、牛舎に入れました。手で搾るのかと心配してくれる声もありますが、そんな疲れることはしません。じっと復旧を待ちます。電気、水、農協との連絡、集乳車との連絡、全部待ち。下手に牛舎に行くと牛を刺激するのでこういう時は行かない方がいいんです。》
トイレは当時リフォーム前で、汲み取りだった。調理はプロパンガスだ。スマホはトラクターで高速充電できた。まだストーブを点ける時期ではなかったが、もし冬だったとしてもうちには薪ストーブがある。
農家(田舎)ならではの幸いなことが色々あった。
《9時25分
農協職員が来ました。
「今、発電機をかき集めていますが、全道的にこんな状況なので最悪、手搾りという事も……」
げっ……。
夫はソファで俳句雑誌を読んで余裕かましてます。》
停電情報野は邯鄲のいづくまで 牛後
(ていでんじょうほうのはかんたんのいづくまで)
《12時32分
停電が復旧しないので、とりあえず牛の飲み水確保のため、夫が川にバキューム(尿まきをする機械)を洗いに行きました。これで川から水を汲んでバケツで1頭1頭やるしかありません。搾乳は手搾りすると死ぬほど大変な思いをするので、もう少し様子見です。》
牛に汲む石斑魚の奔る秋の水 牛後
(うしにくむうぐいのはしるあきのみず)
《12時41分
バルクの牛乳は全廃棄、決定です。乳業メーカーが動いてないとの事。北海道中の酪農家が牛乳を捨てることになるのでは。》
牛の咆哮熄めば螽斯の真昼 牛後
(うしのほうこうやめばきりぎりすのまひる)
集乳車がやって来た。バルクの牛乳を廃棄するのに集めるためだった。川やその辺に流すと環境汚染になるので、町内にあるメガファームの巨大糞尿溜めタンクに入れさせてもらうことになった。
《16時04分
今日は、角川俳句賞の取材で北海道新聞さんが来る予定でしたが、当然来れるはずもなく電話も通じず、と思っていたら、かなり遅れてやって来ました。角川俳句賞の取材はせずに、停電のため牛に水をやっているところを取材して帰りました。》
19時頃、発電機の順番が回ってきた。待たせに待たせたが、やっと搾ってやることができた。
《21時53分
搾乳はできました。廃棄するだけですが。》
発電機きゆるると小さく秋灯す 牛後
(はつでんききゅるるとちさくあきともす)
《22時31分
停電で暇なので(仕事は大変でしたが)ツイッターばかりして、たくさん投稿してしまいました。皆さんお付き合いありがとうございました。アドバイスにあったペットボトルのランタンやってみました。》
この日の夜は、全道各地で天の川が見れるほど星がきれいだったとか。
銀漢の氾濫原に牛と吾と 牛後
(ぎんかんのはんらんげんにうしとあと)
《9月7日 4時51分
電気復旧しました!水も出ます。普通に電気と水を使えるありがたさを噛み締めています。昨晩搾った牛乳を棄ててバルク洗って仕切り直しです。昨日はリツイートと「いいね」を山ほどつけていただいて驚いています。心配してくださった皆さんありがとうございました!》
《17時32分
今回の大停電で思った事。①冬じゃなくて良かった②電気が復旧したら何で気がつくかと思っていたら「充電を始めます」というロボット掃除機の声だった③いくら洗っても何頭かの敏感牛はバキュームの水は飲まない④糞尿の臭いが取れたかバキュームの水を飲んでみる1人の鈍感人間がうちにはいる》
停電翌日の未明、2階で寝ていたら階下から「充電を始めます」という声が聞こえて目が覚めた時は、うれしくて震えた。たった1日の停電だったが、電気のありがたさと、電気なしではできない仕事だということを噛み締めた1日だった。
《9月8日 11時00分
乳業メーカーが操業を再開しました!受け入れ再開です。これ以上バルククーラーの牛乳を棄てなくて良くなりました。良かった良かった。》
この停電で、搾乳を手搾りした農家が、町内で1軒だけあった。(あとの人は疲れるので発電機の順番を待っていたそうだ)その1軒の農家は、後々まで乳房炎に悩まされて、バルクの乳量が半分以下にまで減ってしまったそうだ。下手にいじったのが良くなかったのかな、と言っていた。
発電機を待っていた農家でも、搾乳を1回飛ばしにしたので乳房炎は出たが、うちでせいぜい4頭くらいで済んだ。何が正解か分からないものだ。
種火めく月出づ灯らざる街に 牛後
(たねびめくつきいずともらざるまちに)