牛と暮らした日々-そこにあった句#46 雪解け水
たつぷりの雪たつぷりの雪解水 鈴木牛後
(たっぷりのゆきたっぷりのゆきげみず)
数年前のことだ。3月28日は暖かかった。2日前まで最低気温がマイナス17℃まで下がった日もあったのだが、この日の日中はプラス15℃まで上がった。前日もプラス10℃あって2日連続のぽかぽか陽気だった。
「このまま春になるのかなー」
「この分じゃどんどん雪解けが進むね」
と、昼間は2人でのんびり話していた。
事件が起こったのは、その日の夜だった。
夕方の搾乳を終え、仔牛の哺乳をしようとしていたそのとき、足元に水がちょろちょろ流れてきたのだ。(何だろう?この水は。どこから流れて来るんだろう?)
哺乳の手を休め水の流れてくる方向を見に行くと、牛舎の壁の割れ目から水が染み出している。うちは離農した牛舎を買い取って改築したのだが、壁までは工事していなかった。元々築60年の開拓農家の手作りだ。その壁から水が染み出していた。
「壁から水が湧いてるよ」と夫を呼びに行っている間に、水の勢いがどんどん増してきた。えっ?えっ?と思っているうちに、どんどんどんどん勢いが増し、またたくまに濁流になって牛舎に流れ込んできた。
「うわーー!」
最初は染み出している程度だったのに、穴が開き、あっちでもこっちでも水が湧いている。湧いているというより滝のように流れ込んでいる。
水はまず1つ目の仔牛部屋を水没させ、2つ目の仔牛部屋へ流れていこうとしていた。ちょうど春分娩で仔牛がたくさんいた。
とにかくこの水をどうにかしなければ。壁の外側を見に行っても、もう夜で真っ暗。牛舎の明かりで何とか見てみると、雪解け水が大きな池のように溜まっていた。
その間も濁流は止まらない。とにかく入ってきた水をどこかへ逃がさなくては。2つ目の仔牛部屋は死守しなければと1つ目と2つ目の間に土嚢代わりに石灰の袋を積み上げた。そしてスペースを作り仔牛を避難させ、さらに水の道筋を作って尿溝(糞尿が落ちる溝)に水を流すようにした。これがあの山全部の雪が解けるまで続くのか…と呆然とした。
とにかく応急処置をして残りの牛舎仕事を終え、へとへとになって家に帰った。もう夜中になっていた。
次の朝、牛舎に行くと、何と水が止まっていた!
池のように窪みに溜まった水が全部流れてしまったら止まったようだった。
その年に限って洪水が起こった原因は、例年だとゆっくり地面に染み込む雪解け水が、急に気温が上がり雪解けが急速に進んだので、地面が飽和状態になってしまったからのようだった。雪の上にあんなに水が溜まっているのを見たのは初めてだった。
数日後、ホームセンターでセメントを買って来て壁の穴を塞いだが、春の忙しさに仕事半分になってしまった。さて今年はどうなることやら。