牛と暮らした日々-そこにあった句#31 ヒグマ
熊の糞ありぼつてりと秋没日 鈴木牛後
(くまのふんありぼってりとあきいりひ)
北海道にヒグマは出る。
うちは田舎なので当然出る。
農家の庭先にクマの足跡と糞があったとか、国道を横断していたとか、春先と秋口になると、防災無線で「クマ出没注意」がしょっちゅう流れる。
酪農地帯はデントコーン(飼料用とうもろこし)を栽培しているので、それが目的で山から下りてくるのだ。デントコーンは人間の背丈より高いので、その真ん中にクマがドドンと座って食べていても周辺からは見えない。地域の酪農家さんは、デントコーン畑に入る時はドキドキすると言っていた。
我が家の4人の子供たちのうち、下の2人が中学生でまだ家にいた頃のことだ。警察が自宅に来たので何事かと思ったら、「すぐ下の道路でクマが目撃されました。お宅は自転車通学の息子さんたちがいらっしゃるので、十分注意してください」と言われた。
十分注意しろと言われてもどうすればいいんだ、と思いながら、とりあえず熊鈴を2つ買って、息子たちにそれぞれつけた。
「歌を歌いながら帰って来るんだよ」と言い含めたが、中学生男子が母親のそんな言いつけは守る訳がない。でも車で送り迎えしようとは思わなかった。面倒くさいので。
実際にクマを見たのは1回だけある(夫)。市街地から自宅に帰るいつもの道を横切って行ったとか。クマは車を見ると、電牧を乗り越えて放牧地に逃げて行ったそうだ。子熊だった。子熊がいるということは母熊がいるという事で、非常に危険だ。この時ばかりは役場と警察に通報した。猟友会のハンターも出たが、結局仕留められなかった。
一郷の犬みな吠える檻の熊 牛後
(いちごうのいぬみなほえるおりのくま)
最近は、札幌の住宅街にヒグマが出没したニュースが頻繁に流れるようになった。
数年前、NHKの「北海道クローズアップ」という番組のヒグマの話を観たことがある。知床で観光客がクマにお菓子を投げたり、近づいてスマホで写真を撮ったりしていた。(これが大問題なのだそうだ。人間を怖がらない、人里に下りてくるクマを作ると。)その様子を見ていて、登別のクマ牧場のクマに接するような態度にびっくりした。相手は野生のヒグマだ。怖くないのだろうか。感覚が麻痺しているのだろうか。
近所の農家さん(田舎生まれの田舎育ち)は、「この辺はクマ出るんでないかい?」と、怖い怖いとびくびくしながらうちに来る。その時は、大袈裟すぎると思ったが、このテレビの中の観光客を見ていて、田舎の人のクマへの怖がり方の方がよっぽど正常だ、これが正解だと思った。
よその町では放牧している牛がヒグマに食べられる事件も起こっている。うちでは今のところ、そういう被害はない。
熊眠る山を背に熊知らぬ牛 牛後
(くまねむるやまをせにくましらぬうし)