牛と暮らした日々-そこにあった句#19 害獣
牛の餌を狙ふ土用の鴉の眼 鈴木牛後
(うしのえをねらうどようのからすのめ)
北海道を旅行している観光客には大人気の野生動物も、農業を営んでいると時に害獣となる。
特にひどいのがカラス。(カラスは観光客の人気者ではないが)
牛舎に置いてある配合飼料などの牛のエサを狙う動物の中で、ネズミは「ネズミ捕り従業員」の牛舎ネコが退治してくれるのだが、カラスの侵入は、ネコもただ見てるだけだ。自分たちのエサを食べられても見てるだけ。
「おいおい。おまえらのエサだべや」と言いたくなる。
カラス対策にネットを張ったり、「カラスハイレマ線」という商品名のワイヤーを張ったり、首が風でくるくる回るフクロウの置物を置いたり、ホームセンターの害獣対策コーナーにあるグッズを吊ってみたり、いろいろ日々対策を講じているが、ことごとく見破られて侵入されている。
さて、カラスは牛のエサを食べるだけでなく、他にもいろいろ悪いことをする。
ある日、日中に牛の分娩があり、時間がかかりそうだったので、そのまま置いてその場を離れた時のことだ。戻ってみると、カラスが母牛のしっぽの付け根あたりに止まって、今まさに生まれようとしている仔牛の前足の蹄を突っついて食べているではないか!
「ぉこらーーー!!」と追い払いましたが、もう少し遅かったら危なかった。
幸い仔牛の蹄は再生して何事もなかった。
牛は分娩した後に後産(胎盤)を排出するのだが、それもカラスに狙われる。酪農家さんによっては、後産はバケツにフタをして取っておいて、後で地面に埋めるという人もいるが、うちでは面倒くさいので、そのまま尿溝(糞尿をためておく溝)に落としたままにする。すると、カラスが引っ張り出して、牛舎の通路が事件現場のような惨状になっていることがある。
酪農家さんにはよくある事だが、うちでも家庭の生ゴミはバーンクリーナーに捨てる。バーンクリーナーとは、尿溝に設置してある鉄製の機械で、糞尿を堆肥盤(糞尿をストックしておく場所)までベルトコンベアーのように運ぶものだ。その生ゴミをカラスが狙う。
バーンクリーナーのエレベーター(エレベーターという名称だが形状はエスカレーター)の上に止まって、流れてくる糞尿に混じった生ゴミを突っついているのを見ていると、まるで回転寿司でお気に入りのネタが回ってくるのを待ってとサッと取るオヤジのようだ。
あとは、牧草ロールのラップを突っついて穴を開ける。ラップサイレージは穴があくと、そこからカビが生えて、ひどく劣化するのだ。カラスの目的は、太陽の熱で暖められたラップフィルムの上に止まった虫だ。
このラップに穴を開けるのと、後産を狙うのは、キタキツネも同じだ。
観光客がキタキツネと呼ぶこの動物、農家は憎しみを込めて(?)キツネと呼ぶ。
キツネもひどい。迷惑千万だが、広い放牧地のどこに住んでいるのか分からないので、有効な対策もとれないまま、わがもの顔でひとの敷地内を闊歩している。
最近ついにアライグマも道北地方にまで進出してきたらしい。アライグマのひどさは、キツネの比ではない。近所の畑で見かけたと聞いて、町の害獣捕獲講座に夫婦で出席して、ワナの資格を取ってきた。
ある日、うちの家庭菜園のマルチビニールにアライグマらしき足跡があり慌てた。そして、ワナを町から借りて仕掛けた。
毎日毎日、かかってないか見に行くのだが、まったく何事もなく数日が過ぎた。そしてある日ついに何かがかかっている!と、ドキドキしながら見に行くと、我が家の牛舎ネコ(しかも一番のビビリ)が入って、ビビリまくっているだけだった……。
その後も、キツネやカラスではなさそうだという、ネコのエサの荒らされ方を見て、アライグマを疑ってワナをしかけたが何も入らず、結局姿も見ず、謎の被害で終わった。
さて、害獣といえばエゾシカ(農家はシカと呼ぶ)もひどいのだが、長くなるのでシカとクマの話は後日、別に書くことにする。
あと、これは害獣には該当しないが、牧草収穫していると、トンビが何羽もやってくる。遠くからトラクターの音を聞きつける能力はすごいものがある。狙いは、草を刈ったことであらわになる、隠れていたヘビや虫や小動物だ。
トンビは、作業中ずっと上空を旋回している。ゆっくりトラクターに沿って飛ぶので、作業しながらトンビの腹が見れる。
そして、すっと下りたと思ったら、ぱっと飛び上がる。トンビの足の爪にヘビがうねうねしている。捕獲の瞬間だ。
ある日、夫がモアコン(牧草を刈る機械)で、ウサギをひっかけてしまった。(ものすごく後味が悪かったと言っていた)そのウサギもトンビが一瞬でさらっていった。
草刈のあとの屍肉や鳶の空 牛後
(くさかりのあとのしにくやとびのそら)
これはトラクターの話ではないのだが、数年前に自家用車でヘビを轢いてしまったことがある。「あっ!」と急ブレーキをかけ後ろを振り返るとヘビがのたうち回っていた。
その瞬間!トンビが急降下し、そして急上昇し、持ち去った。トンビ…おそるべし…。
今、二番牧草の収穫の真っ最中だ。
今日もトラクターからトンビの腹を眺めている。
鳶の空深くえぞにう立ち上がる 牛後
(とびのそらふかくえぞにうたちあがる)
※蝦夷にう=セリ科の多年草