牛と暮らした日々-そこにあった句#07 諦める
星の鳴る夜空だ遅霜は来るか 鈴木牛後
(ほしのなるよぞらだおそじもはくるか)
農家になって覚えたのは「諦める」ということだった。
相手にしているのが自然や天候というあまりにも大きくて人知を超えたものなので、もうなすすべがない、諦めるしかない状況に何度も遭遇した。
同じトラブルでも努力で何とか出来るものは頑張る。例えば機械が壊れて搾乳できないとかだったら機械の修理に全力を注ぐ。でも、牧草を刈り取って、乾かして、明日ロールにするという日の夜に天気が急変して土砂降りになったら、これはもう諦めるしかない。
あと遊びに行く計画なんかも、天候と動物が相手の仕事なので、何かトラブルがあれば出掛けるのを諦める。じたばたしてもしょうがない、飢え死にしなければいいや、くらいの気持ちでいなければ農家はやっていけないのではないかと思う。
2018年の北海道大停電(ブラックアウト)の時もそうだった。
発電機を借りるとか、沢に水を汲みに行って牛にやるとか、どうにか出来そうな事は頑張ったが、乳業メーカーが止まってしまって牛乳の受け入れが停止になって廃棄せざるをえないとか、どうにもならないこともたくさんあった。そんな時、悲しみも怒りも湧いてこないし、誰かの責任も追及しない。ただ諦めるだけだった。諦めるのが癖になっているのかも知れない。
さて、農家になって覚えたことは他にもある。「春はうぐいすの鳴く頃に畑をおこすんだよ。カッコウが鳴いたら豆を蒔くんだよ」と、近所の農家のおばあちゃんに教わった。(カッコウが鳴くともう霜が下りないと言われていて、露地に種を蒔いても大丈夫らしい。だからカッコウの初鳴きはとても感慨深いのだ)
そして苗ものの定植は小学校の運動会の頃(北海道では小学校の運動会が6月にある)、漬物用の大根の種を蒔くのは、8月の神社祭の頃だ。
こういう農作業の目安が、自然の鳥の声や地域の行事を基準にしている事が面白い。おばあちゃんに教わった通りに畑にものを植えていると、私も地面に根っ子を下ろして暮らしているここらの人と、同じように生活できているような気分になってうれしくなったものだ。
その他にも、野菜の作り方からつるもの野菜の誘引の仕方、冬のつらら落としの命綱のかけ方から冬野菜の保存方法など、みんな近所の昔からこの田舎に住んでいる人たちに聞いて実践した。田舎の知恵だ。そういう話を聞くのは面白い。
牛糞の苦さを漱ぐリラの風 牛後
(ぎゅうふんのにがさをすすぐりらのかぜ)
これからの季節、5月下旬から6月、7月までの気候は爽やかで、北海道が世界中で一番過ごしやすいところになる。これがあるから、半年の厳しい冬が耐えられるのだ。北海道で暮らしていけるのだ。