牛と暮らした日々-そこにあった句#23 除角
角焼きを了へて冷えゆく牛と我 鈴木牛後
(つのやきをおえてひえゆくうしとわれ)
「角焼き」(つのやき)いわゆる「除角」(じょかく)とは、牛の角を切ることだ。
鹿のメスには角が生えていないので、牛のメスにも生えないのかと誤解されることもあるが、牛のメスには角が生える。(ちなみにヤギとヒツジのメスにも生える)
同じヒズメチョキ属(←造語(本当にこんな属があると思う人がいたら困るので)本当は偶蹄目)なのに不思議だ。調べたが理由は分からなかった。
さて牛は、生まれてそのまま放っておくと角が伸びて危険なので、育成牛の時に除角する。
友人H子ちゃんのところでは、3軒の酪農家が集まって除角グループを作っている。3軒3人の親方が1年に1回、3か月齢から1歳の育成牛を、1軒1軒除角して回る。2人が抑え込んで1人が巨大ニッパーで切るらしい。除角仕事の後はそのまま3人で焼き肉パーティーをするということだ。もちろん切った角を焼いて食べるわけではなく、焼き肉屋に行くのだが。
除角は血だらけになるし牛が痛そうだし人間も心が痛む嫌な仕事だそうだが、1年に1回のこの焼き肉パーティーは楽しみなのだとか。しかしそれも今年まで。アニマルウェルフェア(家畜福祉)の広まりや伝染病感染の心配などで、3軒共同で大きくなってから切るのはやめるらしい。今後は実習生に手伝ってもらって、小さいうちに除角するとか。
さて、我が家では最初からうち1軒だけで除角している。3~4週齢の仔牛の時、将来角になる芽の部分に電気の焼きゴテを当てて焼いている。そうすると成長しても、もう角が生えてこないのだ。この方式だと、ほんの小さな仔牛の時に除角できるので、体力的にも心理的にも、とてもラクだ。
うちでは除角するのは夫、哺乳するのは私なので、除角後に(しばらくの間だけだが)人間嫌いになった仔牛でも、嫌いなのは夫だけで私は嫌われていないので良い。友人A子ちゃんにも、「嫌な事をする人間と嬉しい事をする人間を分けているのは良いことだね」と言われた。
また、薬を角の芽に塗って除角するという方法もあるらしく、これは痛くなさそうなので、これから前向きに検討しようと話し合っているところだ。
さて、数年前に生まれた仔牛を除角した時の話。その年は仔牛に下痢が蔓延して、3週齢では除角できなかった。なぜなら、仔牛に与えるストレスは1回につき1つだけと教えられていたからだ。例えば、離乳で1ストレス。群れ飼いに移行するので1ストレス。下痢で1ストレス。除角で1ストレス。という感じ。
そしてその年は仔牛の下痢が長引いて、なかなか除角ができなかった。やっと除角できたのは、2ヵ月齢近くになってからだった。その結果どうなったかというと、除角に失敗した。焼く時期が遅すぎたからだと思う。半分の長さとか片っぽだけとか、中途半端に角が生えてしまったのだ。
その牛たちが大人になって、搾るようになった時、何が困ったって放牧から帰ってきて席に入った時だった。首のチェーンを留める時(牛が下を向いて撒き餌を食べている時)に、その角が人間の太もも内側上部に当たるのだ。
中途半端に角が生えている牛の中で特に長い「ツノノナガコ」はトキ子とミサキだ。
トキ子は大人しいのでいいのだが、ミサキは人間が留めようとすると激しく首のスイングを繰り返すのだ。
「痛ったーーい!股をどつかれた!」と私が叫んでいると、夫は「うわはははは」と笑っていた。
「そこ、笑うところじゃないから。」
「そこ、笑うところじゃないから!」
「そこ!笑うところじゃないから!!」
3回言ってもまだ笑っていた。
次の年も仔牛に下痢が蔓延したのだが、前年の教訓から、もうそんなこと言ってられないと、その年は除角を決行した。
ちなみに、観察した限りでは、角のある牛が角のない牛に対して特別威張るとかそういうことは、ないようだ。