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本の執筆が終わらない(2024/12/6の日記)
公開タイマー設定をしておいた通り、今朝7時にラジオが公開された。
YouTubeのラジオについては、週2ペースで淡々と、僕なりの生き方というか処世術というか、そんな感じのものをざっくばらんに喋っていこうと思う。
本の執筆が終わらない
朝7時ぐらいに起きて、ラジオが公開されていることを確認し、顔を洗って歯を磨き、本を書いた。今日も『会社を辞めて生き方を変えてからの3年間』の推敲2回目続き。
想定より時間が掛かっている。1週間ぐらいで全体の流れを最終確認しながら仕上げていくはずだったのに、まだ序盤をあちこち手直ししている。今日は序盤の3000文字ぐらいを大幅リライトしていたら3時間ぐらい経過して、疲れて終了した。
初稿を書き、推敲1回目で大幅リライトし、推敲2回目でまた大幅リライトする。生産性が低すぎて我ながらビックリする。なにこれ。永遠に完成しない感覚すらある。
文字数が増えれば増えるほど、指数関数的に完成までの道が遠のく。3000文字を完成させる労力を1とすると、1万文字は3.3、ではなく10ぐらい。10万文字は100、ではなく1000ぐらい。マジでこのぐらいの体感。長くなればなるほど全体を見通せなくなるし、話が飛んで繋がらなくなりやすい。最初のほうと後のほうで矛盾が生じたりもする。
だから世の中には、短いエッセイ集という形の本が多いのだと思う。エッセイ集であれば、文字数が増えても指数関数的には手間が増大しない。僕も次の本はエッセイ集にして、少し自分を労わりたい。
『会社を辞めて生き方を変えてからの3年間』は、2025年1月19日までにKindleの個人出版として発表しつつ(読み放題対象とするかは考え中)、並行して、紙の本も自分で作って文学フリマや通販で販売したい。そういうことを考えている。そのスケジュールでいけるか不安になってきているけど、できる限りのことを毎日淡々と進めていくしかない。
なぜ2025年1月19日かというと、その日に文学フリマ京都があり、そこで出店して販売したいからだ。ただし、イベントでの先行販売、という形にはしたくない。イベント優遇みたいにしたい意図はない。
読みたいと思っていただける方は電子なら等しく同じ日から読める状態にした上で、紙で買いたいというコアな方向けに通販やイベントでも少数だけ販売する、という形にしたい。
前作は個人出版から商業出版化もされたのだけど、その続編である今作をどう発表するのかは悩ましいところではあった。最初から商業出版していただく道を頑張るのか、前作同様に個人出版するのか(その後に商業出版化されるかはその後の状況次第)。大別するとこの二択で、色々考えた上で、後者としたい。
商業出版という形への特段のこだわりはない。メリットもあればデメリットもある。商業出版と個人出版の比較という話題に関しては今時点で既に語りたいことが山ほどあるものの、今はまだ時期じゃない。いずれ商業出版本の販売が落ち着き、全体を冷静に振り返れるようになってからとしたい。
自分に書ける全力のものを発表し、必要としている方に届けたい。完成したらなるべく早く。それを実現するためにも、本作は完成次第、個人出版する。
日記で唐突に今後の計画を書いたのだけど、これはあくまで計画であり、実現の保証はまだできない。もっと実現確率が上がった段階で、日記ではなく正式な「おしらせ」として告知したい。
車の手入れ
本を書いたあとは、車にガソリンを入れたり、洗車したりした。
車があるとこういう作業が必要になるのが面倒くさいけど、一方でちょっと楽しかったりもする。自分の大切なモノをメンテナンスする行為は没頭できる。
しかしお金が掛かる。ガソリンで約3000円ぐらい、洗車機で300円。洗車なんて、バケツに水を汲んで家の前でやれたらほぼ無料なのに。それをやれる環境がない。
自分でやれることは自分でやってお金を節約する、ということを処世術の1つに掲げ、サツマイモを大量に育てて食費を浮かすことすらしている僕なのに、たかが洗車を機械に頼らざるを得ない現実が歯がゆい。
もっと田舎に住みたい気持ちがジワジワと大きくなっている。車があるならそれが可能になる。今はそこそこ田舎の普通の賃貸。もっと田舎で、家の前に広大な空き地があり、そこで洗車でもなんでも自由にできるような場所がいい。理想に向けて模索していく。
読書
昨日の夜に『自分をいかして生きる』を読了した。面白かった。
ほんの数日前に「本の感想をちゃんと書こう」と決意したはずなのだけど、早々に面倒くさくなっている。本に限らず、他者が作った作品に対する感想を書いたり喋ったりするのが苦手だ。自分と作品の境界が曖昧になり、作品の感想を語ろうとしても自分のことを語っていたりする。
昨日は文学フリマ東京39で買った『やりがい捨てたら仕事が楽になった!!』も読了した。面白かった。
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著者は「小太りさん」という方。神奈川の田舎でのんびり地方都市ライフを満喫中とのこと。僕と近い地域に住まれているのかもしれない。
人の体験談って面白いんだなあ、ということを実感できた。先の読めない物語を楽しんでいるような感覚があった。
僕の本を面白いと言ってくれる方も、こういう感覚なのかも、と思った。書いた本人である僕としては物語としての面白さを狙った意図はなく、「一度きりの人生をいかに納得できる形で生きていくか」を考えてみるキッカケにでもなれればいいなあ、という意図で、その手段として自分の体験談を書いたのだけど。
いただいた感想を読むと、物語として楽しんでくれた方もけっこういらっしゃるように思えて、なるほど、そういうことか。ということを、僕も『やりがい捨てたら仕事が楽になった!!』にて体験できた。
ここまでは昨日の話。今日も読書した。文学フリマで買った本や、元から積んでいた商業出版本をいくつか。読み終わったら、せめて日記の中で簡単にでも感想を書きたい。
地面師たち
昨日、何ヵ月かぶりにネットフリックスを契約した。『地面師たち』を観るために。
昨日早速1話を観て、面白かった。
今日は2話を観た。面白かった。
明日もいい1日にしよう。