見出し画像

「1回うまくいなかった後は成功する」の法則

※この記事は妊活について触れています。読みたい方はスクロールして読んでください



1年取り組んでいた妊活で成果を得ることができなかった。相手から出された妊活の条件は「1年間だけ協力する」。男性ホルモン高めで妊娠しにくい自分の体質を少し恨んだ。1年で多くの方が妊娠するので自分も…と思っていたのは甘かったらしい。

期限が近づくごとに増す不安感、焦燥感。メンタル面をはじめ相手との相性(ブライダルチェックを受けていないので正直なところは分からない)など、色々なことが絶妙に噛み合わなかったことの帰結なのかもしれない。

個人的には子供がいない人生はどうにも考えられず、自分の中で「妊活は一旦おやすみ」という位置付けにした。正直「妊娠しなければいけない、期限がある」というプレッシャーがないのはものすごくラクで、どうして自分は妊娠にこだわっていたんだろう、と思うほどである。(子供が欲しいのは依然変わらないけど)
たまたまなのか、生理の周期も1週間早まった。何か憑き物でも落ちたのだろうか。

妊活に一旦区切りをつけて1ヶ月が経った。
子供に対する相手との価値観の相違、今後の家庭のあり方についてはまだ考えているところではある。スパッと結論を出せるのかもしれないが、気持ち的に「まだあわてる時間じゃない」モード。自分の中の「こうありたい」を見つめる、相手と対話してゆっくり考えをまとめようと思う。

自分の中でどうしてこうも「子供を授かる」のに執着があるのか。
まとめきれてはいないが、「子供が好き」「血縁、家族の意識」が大きいのではないかと思う。
年が一回り離れた妹は物心ついた時に生まれた。その成長や可愛らしさは自分の中で大きく、中学で「夏休みにボランティアに行く」という課題があった時には迷わず児童館を選んだほど。また親や親族からは良くしてもらってきた。長子なのはあるが、妹と比べてアルバムの分量は2倍ほど。自分のなかで「良くしてもらってきた、可愛がられてきた」のは心の拠り所になってきた。母方の祖父母は家が近く、家族ぐるみの付き合いは強かったように思う。お家の存続のために祖父が婿養子になったり、いとこが養子に入ったりというのもある。

親がしてくれたように、自分も子供がいる幸せで楽しい家庭を築く、子供に還元する。子孫を残す。
子供を産まないを選ぶと仮定した際、思い浮かんだことの一つは「孫を見せられないのは親に申し訳ない」だった。子供が産まれようとなかろうと自分の人生であることには変わりないし、孫を親に見せられないのは別に不幸ではなく「親不孝」かどうかは捉え方次第。それでも「孫を見せたい」がいうのは自分の中に根強いものだったのだろう。
正直「子供が欲しい」は自分のエゴではある。今一度根本に立ち返って考えようと思った。

ニ周三周回っても「子供が欲しい」という結論に戻ってくるのかもしれない。
今回の妊活は成果を得られずうまくいかなかった。今となってはそれを責めるでも悔やむでもない。(責めたら責めたで自分がつらくなる)
おそらくだけど、次に妊活をするときは大成功する。自分の中にはそんな確信がある。

これまでうまくいかなかった場合も失敗から学び、何かを得て次につながっていた。
同期が突如リーダーを降りその後任になり、出だしでつまずいたけどどうにか文化祭の出し物を作り挙げられた。成功につなげられた。
サークルの幹部決めで一回落選して、諦められず別ポストからもう一回立候補して当選した。
就活も自己分析とか自分とか向き合うとかが嫌すぎた。6月上旬に選考中の企業が0になったタイミングで方針を見直し、就活支援サービスを使い6月末に前職から内々定をいただけた。

中学と大学の受験は両方とも第一志望にすんなり入った。うまくいきすぎていたのかもしれない。ただそこに至るまでの過程で色々な失敗や気づきがあった。

エジソンだって何度も失敗して世紀の発明を数多く生み出した。
失敗がない人生は面白くない。失敗して、そこから成功するからこそ面白いのだろう。

うまくいかない・挫折を楽しむ。そんなメンタリティでいたいものだ。

#雑記

いいなと思ったら応援しよう!