私が合唱を続けている理由(1521字)
私は高校1年から合唱を始め、現在大学合唱団に所属して合唱を続けている。合唱というのは小学校や中学校でほとんどの人が経験するものだからこそ、大学でまで続ける人はほんのひと握りだろう。
嫌なことも多いのに合唱を続けているのは、「私には笑顔を強制される時間が必要だから」である。
高校で合唱をしようと思い立った理由は、半ば憤りにも近いものだった。
中学3年になるとき、音楽のおじいちゃん先生が定年退職した。とても優しい方だった。そしてその後異動してきたのは、The音楽の先生といった感じのおばちゃん先生だった。
その先生は、初めての音楽の授業でこう語った。
「私は旦那が死別して、シングルマザーで子供を育ててきました」
なぜあの場で、中学生の前で、いきなりそう語ったのか、未だに不可解である。言いようのない怖さと違和感を感じたのを覚えている。
きっと、彼女にとって初対面の他者へ自己を知らしめるためには重要な事項だったのだろう。
そのどこかミステリアスな先生は、校内行事の合唱コンクールを何もかも自分流に変えていった。今まで歌っていたCOSMOSや大切なものはつまらないと言い、高難度の合唱曲を並べ立てた。
そして想像通り、練習は修羅を極めた。
男子も女子も、難しすぎて楽しくないと練習を放棄。歌ってと頼んでもまともに歌ってくれない。
アルトのパートリーダーになった私は、もう献身的に頼むのを諦めた。大して通らない声で、素人の声で、懸命に歌うことに専念した。私1人でアルトパートを担おうとした。その時点で、私の中の合唱像は崩壊していた。
結局、最優秀賞に選ばれたのは他クラスだった。信じられなかったのは、そのクラスのアルトに明らかな口パクをしている人がいたこと。口パクだと分かるほど雑な立ち居振る舞いの人がいるクラスが、物理的に声の大きいソプラノパートリーダーの旋律で最優秀賞をもぎ取り喜んでいた。
私は失望した。私の活躍欲や表現欲、負けず嫌いな内々の思いは打ち砕かれた。どうしてこうなったのか、思い返せば曲と歌い手のミスマッチが全てであった。私はその音楽教師を憎いと思わざるを得なかった。
そして本当に求めていた合唱を作るため、合唱部に入ることを決めた。
事実、高校での合唱は楽しかった。人数こそ少なけれど、懸命に響きを合わせる時間は有意義だった。
しかしそれも束の間、あらゆる悦びをコロナが阻んでいった。
成し遂げた実感が足りない私は大学のサークルでまで合唱を続けているのである。
大学合唱は、想像以上に面倒なものだった。
組織はというと長年のしきたりや規約に固められ、まだまだ子供な大学生らはまあまあ好き勝手に生きている。それが大学合唱らしさなのだと思い知った。
それでも大人数で歌うこと自体は幸せだ。響きに満たされている間は空間が音のみになる。
そしてその時、「良い演奏にすること」を目的として笑顔になっている己に気がついた。
良い演奏にするには、美しい歌声を目指さなければいけない。美しいというのはつまり明るく華々しい音色であり、そのためには表情筋を使い、笑顔を作らなければいけない。
歌っている時の私は、実に必死な笑顔をしている。
何となく、私にはそれが必要なのだと感じた。
思えば必死に勉強しても要領は良くないし、運動も中の下で、ピアノも習ったけど兄の演奏の上手さにたじろいでばかりだった。人に好かれる力も大して無く、生徒会選挙に選ばれるような人たちを心のどこかで羨んでいた。
それでも何かを成したいと思った私の精一杯の舞台が、合唱コンクールだった。
ここまで書いてなんだか虚しくなってきたので、今日も今日とて歌うことにする。
松下耕さんの「ほらね、」。
信州大学さんのを是非聴いてください。