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愛知遠征の話・後編

 刀ミュを見たら愛知遠征の話は終わりなんじゃないの? いいえ、お楽しみはこれからです。(誰??)

 名古屋方面に戻る電車に乗り、私は次の目的地へのルートを確認していた。前半でも書いたが、今回の遠征は日帰りであり、帰りは再度夜行バスに乗る。バスの出発時刻は23時。あと6時間近く、どうやって時間を潰すべきか。
 友人と一緒とか、現地で合流したフォロワーさんが一緒なら、このまま飲食店に向かうことだろう。しかし残念ながら私はぼっち参加だ。若い頃だったネカフェに籠るか、ファミレスのドリンクバーでひたすら粘っていたかもしれない。しかしそんなみみっちいことはしない。私はもう大人だからだ。いや、やるときはやるけど、今回は別の目的地がある。
 そう、スーパー銭湯である。

 金山駅で乗り換え、降りたのは大曾根駅。徒歩3分のところにあるスパ銭、湯の城。事前に名古屋駅周辺のスパ銭を調べ、目をつけていたのだ。
 余談だがすぐ隣に同名のでかい施設(後から調べたら同じ会社が経営しているパチンコ屋だった)があり、その外観の胡散臭さからラブホではないだろうかと疑い、私は一瞬だけその方向に進むことを躊躇った。近付いたらちゃんと銭湯の看板が出てきたので心底安心した。
 どでかい旅行用鞄を抱えてきたのも、入浴セットを持ち込むためだった。バスタオルやハンドタオルは有料でレンタルできたが、大した荷物でもないだろうと高を括り持参した。実際は非常に嵩張ったため、レンタルが正解だったかもしれない。とにもかくにも、ここまで辿り付けば後はユートピアである。いや、銭湯なんだから湯ートピアかな? やかましいわ。

 ウキウキで料金を払い、女湯の更衣室に入る。三連休で夕方ということもあり、客は多かった。しかし更衣室が広いため、空きロッカーに困ることはなかった。
 歩き回って疲労困憊、日中の好天候のお陰で汗もかいている。恥じらう歳でもないため、私は数秒で服を脱ぎ去りすぐに浴場へ足を運んだ。
 浴槽は室内にも室外にもいくつもあり、そしてその全てに人が複数人浸かっている。大盛況だ。女湯ということもあり、あちこちから子供の声も聞こえる。賑やかだが不快ではないし、私はこういう雰囲気が好きだ。銭湯に来たんだなぁと感じられていい。

 遠出が趣味になる前から、私は銭湯で風呂に入るのが好きだった。
 地元が山近くということもあり、近場のあちこちに安価な温泉施設があったため、子供の頃から親に連れられて温泉に入りに行っていた。キャンプの帰りにルート付近の温泉を調べて寄ることもあれば、温泉に入ることを目的としたツーリングもよく実行していた。今回は久々の銭湯だったため、特別気持ちよく感じた。
 時間はたっぷりあるし、同行人に気を使う必要もない。私は休憩を挟みながらあらゆる湯を浸かって回り、一時間近く浴場に居座った。のぼせそうになれば湯船から上がり、室外のベンチで休憩をした。
 サウナは暑いのが苦手なので入らなかったが、緩い外気浴といった感じでこれも気持ちよかった。当日、目の調子が悪くコンタクトを入れられなかったため、入浴時は裸眼であり視界はガウスぼかし状態だったが、それがぼーっとするのにいい方向に作用したように思う。

 人気の壷の湯が空き、私は早速三つある壷の一つに浸かった。あちこちの銭湯や温泉で見る壷の湯は、大人一人分サイズのでかい壷にかけ流しの湯が注がれ続けるという、いわばお一人様湯船である。
 私のような一人客は、気兼ねなくのんびり浸かることが出来るのでここを好む人も多いのではないか。実際、私の壷以外の壷もすぐに別の誰かが浸かった。壷の湯はババア三名が浸かるババアの湯となった。
 私も他の客も、だらしなく壷から足を出したり腕を伸ばしたり、好きな姿勢で過ごしている。この気の抜ける感じが最高なのだ。

 皮膚がふやけそうな程堪能し、やっと更衣室を出た。後は夜行バスに乗るだけなので、日中のスカート姿ではなく楽なズボンに着替えた。
 ちなみに朝もこれだった。着替えを用意したため荷物がまた嵩張ったわけだが、快適さには替えられない。無限に荷物を持ち込めたのなら、間違いなくパジャマ一式まで用意していた。
 時刻は19時過ぎ。まだまだ余裕である。せっかくいい感じに気が抜けたのだから、もう限界まで気を抜いていたい。夕食も食べたいが、外出なんてもっての外だ。スーパー銭湯のいいところは施設内に飲食スペース、休憩スペースがあるところだ。最大限まで活用するべきなのだ。
 この施設の飲食スペースは所謂フードコート形式で、券売機で食券を購入し、カウンターに出すものだった。せっかくの遠征、何かいいものを食べたい。運転もしないで帰るのだから、ちょっとぐらい酒を飲んでもいい。私は別に酒飲みではないしビールも日本酒も好きではないが、甘い炭酸のチューハイやカクテルは好きだった。まあ、ほぼジュースだ。でも大人だから酒を飲むのだ。大人だから。

 と、ワクワクで券売機前のメニューを眺めたが、あまりピンとくるものがなかった。メニューはたくさんあるし、豪華な刺身や揚げ物の定食、麺類等も豊富だった。しかし、昼間のきしめんがまだ腹に残っているのか、これといって食べたいという気持ちにさせてくれない。
 決してメニューが貧相だとかではないので、たまたま私の気分と噛み合わなかったのだろう。空腹でないなら食べなくてもいいのだが、夜行バス乗車中に空腹を感じても困るため、ここで多少は食べておく必要がある。
 困った、何を食べようか。悩む私の目に飛び込んできたのは、今日のおススメと書かれたホワイトボードに手書きで書かれた台湾ラーメンの文字。
 名古屋めしの一つである、激辛ラーメン。私は麺類が大好きだが、ラーメンは特に好きだ。そしてここは、名古屋。遠征先のご当地グルメとあれば、食べるしかない。酒はチューハイがなかったため、ノンアルのカシスソーダをつけた。

 そうして食べた台湾ラーメンは、はっきり言って味より辛さが上回り、おいしいかどうかは全く分からなかった。とにかく辛い。
 せっかくのカシスソーダをただ舌を甘やかすためだけに消費するのが勿体ないため、何度も水を汲んできては飲み干した。残すつもりは毛頭なく、麺はしっかり完食し、台湾ミンチも全部掬って食べた。完食後、私の口内の粘膜はヒリヒリしていた。でも食べられてよかった。満足して席を立つ。
 これでもまだ20時前だ。大曾根駅から名古屋駅に戻るには電車で15分。歩いて移動する時間を考慮しても、22時過ぎまでは余裕がある。
 休憩スペース(と言っても飲食スペースの横にテーブルが並べてあるだけで、フードコートの延長である)の一席を確保し、そこで私は残りの時間をソシャゲのデイリー消化とイベント周回に費やした。意見は様々あるだろうが、私はこのようにダラダラソシャゲをして時間を溶かすのがとても好きで、リラックスできるのだ。
 途中、他の客が食べているのを見て羨ましくなり、ソフトクリームを購入したりもした。冷凍庫から既製品を購入するのではなく、機械から絞ってくれるタイプのあれだ。ソフトクリーム、久々に食べたらとてもおいしかった。ちょうど台湾ラーメンで腫れた粘膜にひんやりとしたアイスがとても気持ちよくて、すごく幸せだった。
 大人の女一人、こんなことで幸せになれるのかと考えると、何てお手軽な存在なんだ私は、としみじみ感じた。
  
 ダラダラ過ごすうちに時間が過ぎ、そろそろ駅に向かう時刻となった。施設は日付が変わる時刻まで営業しているため、22時を越えてもまだ客がうろついている。私は改めて荷物を整えてニットカーディガンを羽織り、深夜の名古屋市内を歩いた。流石に夜はひんやりとしていたが、11月頭の22時でこの気温は高すぎる。凍える思いをするようなことがなくて本当によかった。
 予定通りに名古屋駅に戻り、特に困ったこともなく帰りのバスに乗車した。昨晩の失敗を反省し、今度は旅行用バッグをトランクに預けた、そのお陰で足元はかなり余裕ができ、足を延ばして寝ることができた。
 ついでに目覚ましアラームを解除し、早朝に音が鳴ることのないよう設定もした。完璧だ。明日の朝は余裕の目覚めとなるだろう。

 と思ったのに、今回のバスは近くの席の客が夜中に大声で寝言を言うタイプの人間であり、夜中に「ううううううう!!」というでかい唸り声が車内に響き渡り、私含め数人が目を覚ましていた。事故でも起きたかときょろきょろしている人もいたが、その後何度かでかい寝言が響いたため、おそらく唸り声を上げた当人は熟睡していたものと思われる。
 私は寝つきがいい方で、夜行バスでも大体眠れる。勿論布団で寝るようにベストコンディションではないが、少なくとも記憶が飛ぶ程度にはしっかり寝ることができる。そんな私が、深夜の他人の寝言で何度か目を覚まし、結局あまり眠れずに夜行バスは地元駅に到着したのだった。

 寝言の人を恨む気持ちはないが、改めて考えると見知らぬ他人と同じ空間で寝るというのはなかなかスリリングな行為なのだと感じた。もしかしたら、私だって寝言や歯ぎしり、いびきをして周囲を困らせていたのかもしれない。そう思うと、今まで安易に夜行バスを選択していたことを反省した。
 それにしても、学生の頃から夜行バスを何度も利用してきたが、他人の寝言で目を覚ましたのは今回が初めてだった。今までがずっと幸運だったのか、それもと今回が極端に不運だったのか、判断しがたいところである。

 時刻は6時。地元の朝は、昨日の名古屋の朝よりずっと冷たく寒かった。どうやらこの日の朝は特別冷えたらしい。
 睡眠不足で寝惚ける頭がしゃっきり透き通っていく。私はこの後車を運転して帰宅せねばならぬため、この寒さに助けられた。もっと気温が高く心地よい気候だったなら、事故防止に車内で仮眠をとることも視野に入れていただろう。
 早朝の道路は非常に走りやすく、碌に信号に引っ掛かることもないため最短時間で帰宅できた。大荷物を抱えて自宅の玄関に入ると、猫達が寝惚けた顔で出迎えてくれた。ただいま猫達、小さき命よ。君達の顔をもう一度見ることができてよかった。無事に帰ってこれて本当によかった。
 荷物の片づけは後回しにして、私はトイレと手洗い、そして猫の餌やりと猫トイレの掃除をして、最後にもう一度手を洗った。
 自分のトイレと猫トイレの掃除をまとめてやれば、手洗いは一度で済むのではないかと考えるが、いつもそこまで思考が回らずに思いつくままタスクをこなし、その都度手を洗ってしまう。愚鈍だとは思うが、別に石鹸をケチる程金がないわけではないので気が済むまで手を洗えばいいのだ。
 そして私は布団にもぐった。寝不足を取り返すべく、日が昇り気温が上がるまで仮眠をとることにした。ふかふかの布団につつまれ、手足を限界まで伸ばして寝る。布団って最高。自宅って最高。遠出をして、帰宅するたびに毎回この気持ちを味わう。

 次に目を覚ますと時刻は朝10時を過ぎていた。思ったより寝すぎた。私は布団から抜け出し、洗濯機を回すべく部屋を出た。
 旅行バッグを開けて昨日着替えた服や下着、スパ銭で使用したタオルなどを取り出してぽいぽい洗濯機に放り込んでいく。
 そして最後に手に取ったのは、マフラータオルだった。私の最推し、山姥切国広のデザインで、物販で購入してすぐに袋から取り出し、これを首にかけて公演を見たのだ。すぐ横にあるキルティングトートにはやたらでかいペンライトと自作のうちわも入っている。刀ミュを見てきたのだと改めて噛み締めた。
 次に参加するときは、もうちょい軽装で行きたい。そう考えながら、私はマフラータオルを洗濯機に入れてスイッチを押した。


凄まじく唇が腫れた。
ちなみに数日後、物凄く太って焦った。


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