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アームヘッド:ホロウ・ウォーカー
"噴火口より"
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「朝焼けは緋色のくせに寒すぎる」
そう言って、窶れたメイド服を着た女は煮え立つ火口に身を投げた。
「だから燃やして今日を始める」
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繋がれた重金属板の履帯が転がり、けたたましく大地を叩く。砲火と硝煙ばかりが空気を掻き濁す。かつて同志と呼び掛けていた面影は、数分前まで標的だったはずの瓦礫と赤く融け合い、もはや境界すらない。
ダムドの計画した中規模移動都市を標的とした農業収穫区画急襲はたった一機の未確認機の出現によって地獄と化した。
そのアームヘッドは"ドグマダイバー"と名乗った。肩から放つ砲撃はまるで炎と溶岩でできた光線のようで、ダムド所属特務機"アグレッサーボーン"の覚醒壁────アウェイクニング・バリアはアームヘッドが標準的に備えている防衛機構である────の一切を無視して削り抜いた。今や部隊4名のうち3機は鉄板上に返し損ねたお好み焼きの様相を呈している。
そして今、最後の生き残りを見下ろすその頭部は骨のようでもあり、虚ろな視線はすべての生命が無意識のうちに共有している死の概念そのものに似ていた。強力な火器を担いだ身体は装甲に覆われており、言わば地獄の戦車、すなわち一方的に死をもたらすための最も効率的な形のひとつであった。
一方で、死に直面した者には走馬灯の代わりに人生を省みる時間があった。
第一次産業や天然資源が尽きたわけじゃない。世界だって滅びちゃいない。何かを産み出すよりも奪う方が易い時代ってだけだ。そう言い聞かせて収奪を繰り返してきた。"ダムド"という組織は皆そういった者たちで構成された戦略的掠奪組織だった。
「木を切っても山は消えない。魚を釣っても海は死なない」
ダムドの生き方も同じだ。誰もが弁えている。これこそが理想と現実の狭間で耐え忍ぶ知恵なのだ。
それに、俺たちは勝ち組じゃないから戦わなきゃならない筈だ。贅沢は言わず、自ら手段を選ぶ。富は再分配されなければならない。厳しい社会の"中の下"を自覚するダムドの理念だ。
慣れないアームヘッド操縦だって鍛えたし、建物の全壊しにくい壊し方だって勉強した。数学物理学はからっきしなのに、だ。決して威張らず、欲張らず、機を逃さずにやってきたはずだ。なのに、なのに何故────
「何故殺されなきゃなんねェんだ!」
戦わなければ。生き延びなければ。使命感が最後のアグレッサーボーンを立ち上がらせる。
あの炎を受ければ死ぬ。倉庫から出る前に撃たれた同僚たちは不運だったが、俺は違った。つまり「勝て」ってことだ。
バックステップで距離を取り、動きを見る。無限軌道が駆動音とともにこちらに向く。あの図体なら素早くはない。それに、いくら鎧で固めても一撃必殺のアームキル────アームヘッドは特殊粒子を血液のように循環させて稼働しており、フレーム中枢部に異質な粒子が混入すれば拒否反応で形状崩壊を引き起こす────がある。戦いのルールだ。
アグレッサーボーンが武装を長槍に持ち替える。先端部はイージーホーン製、当然アームキルに使える。砲撃より先に刃が貫けば俺の勝ちだ。
「あれはなぁ、俺たちが奪うモンだ。貴重な資源だったんだぞ……無駄にする輩は罰を受けて死ね!」
踏み込め、機を逃すな。伝統的近接格闘訓練の所作を完璧に再現し、アグレッサーボーンが舞う。槍を中段から上方へ向け、ひと突きで首を刈り取らんとする。死神に立ち向かうのではない、死神になるのだ!
一閃。加速装置の急噴射で熱された空気が震えて鳴く!瞬間、ドグマダイバーの装甲に亀裂が生じる。だが切先は届いていない。自ら分解したのだ!外装を押し除け無限軌道を跳ね上げるとともに隠された双腕を展開し、その拳が突きつけられた刃をすり抜けて殴りつける!急加速する質量の大激突!
いかに素早くしなやかな戦士であろうと古典的物理法則を捻じ曲げるには至らなかった。力とは、質量と加速度なのだ。アグレッサーボーンの四肢は捩じ切れ、比較的堅牢なボディだけが形を保ったまま転がり、運動を停止する。鋼鉄の死神は鈍重な殻を自ら破り、獣の如き新たな戦闘形態を露わにしたのだ。
「……この……搾取野郎……が……」
駆動部位のすべてを消し飛ばされた無力な残骸が呻く。
「──そうか、このわたしが搾取に見えるのか」
生殺与奪を恣にする戦闘機械獣の頭蓋から声が響いた。
「搾取とは世界のことだ。炎の中に世界などありはしない」
「…何故、俺が死ぬんだ」
ドグマダイバーの虚ろな視線が天を仰ぐ。空は緋く染まりつつあった。
「わたしは炎。世界を焼き払う。それだけの事だ」
棺桶の中、ダムドに堕ちる前の日々を想った。隣人がいた。家族がいた。青々とした世界があった。あのとき炎で失われなかった最後の一欠片に今、火の手が廻る。
「おまえにひとつ知らせてやろう。罰を与えたがる者は例外なく罪人だ」
自らを炎と定義する獣が放った言葉は、冷たい人間性に固められた宣告者の文言にも思われた。
機体の手足を捥がれて火刑を待つ我が身が、幼少期に脚を毟って笑い物にした座頭虫の姿と重なる。無邪気に勝ちたかった。弱者だけを相手にしていたかった。力を得てなお、強い者から奪うという決断などするはずもなかったのだ。
吠えるような唸りとともに履帯が回転を始め、"ドグマダイバー"は去っていった。
死神が視界から消えると、鈍い響きに合わせて空が傾いた。移動都市の主脚が折れたのだろう。きっとここの住民も無事では済まない。こんな筈じゃなかった。殺すつもりも、殺されるつもりもなかったんだ────
────日の出とともに朝焼けが荒野を照らす。光を背に地獄の戦車が轍を刻む。これから世界を焼き払うために。