私は私。それで良し!- Musical ’Everybody's Talking About Jamie’
今回はイギリスで見たミュージカル作品’Everybody's Talking About Jamie’について書きます。先週書いた’Waitress the musical’と同じく2019年に見たので、会場の雰囲気の違いなどもお伝え出来たらと思います。
前回と同じく、以下はネタバレを含み、英語はざっくり理解しているので勘違いがあるかもしれません。ご了承お願いします。
1. あらすじ
この作品が映画(邦題『ジェイミー!』)になったそうで、今年公開予定なのでものすごく楽しみにしています。このページから以下特徴とあらすじを抜粋します。
BBCが制作したドキュメンタリー「Jamie:Drag Queen at 16」からインスパイアを受けて制作された実話がベースの物語で、2018年、英国で最も権威のある演劇賞と言われるローレンス・オリヴィエ賞の5部門にノミネート、ワッツ・オン・ステージ・アワードでは3部門の受賞を果たす。
主人公はドラァグ・クイーンに憧れる16歳の高校生、ジェイミー・ニュー。母親から真っ赤なヒールをプレゼントされた事を機に、高校のプロムにドラァグ・クイーンとして出席する夢を抱きはじめるも、学校や教師からの猛反対を受けてしまいます。マイノリティに理解のない学校や教師からの心ない言葉、ジェイミーの事を理解できない父親との確執など、多くの困難を乗り越えながら、それでもなお、自分らしくあろうとするジェイミーの姿に勇気と感動、そして幸せをもらえる、今最高にハッピーなポップ・ミュージカル
以下が好きな曲とその理由です。
2. 好きな曲① ’ And You Don't Even Know It ’
この曲はメロディーも歌詞も素敵なのですが、この曲が流れて退屈な授業からダンスシーンへと鮮やかに変わるのがしびれます。また、学校の机といすが舞台のようになっていくのも面白く、聴き終わると「よっし!私もやるわ!」と何かのスイッチが入ります。
上記から映像がご覧になれますが、曲は3:25くらいから始まります。曲の前が長いのですが、だるい教室の雰囲気から自分の高校時代を少し思い出したりしました。歌詞は以下にあります。
3. 好きな曲② 'Work of Art'
この曲が流れるのは、ジェイミーが学校のトイレで舞台用の眉の書き方を試行錯誤していて、先生に見つかってしまう場面です。怒り始める先生に友達が「これはジェイミーの顔をキャンバスに私が書いたart projectなんです。」とフォローします。すると先生は「そうなの。それじゃあ他の生徒にそのartを見てもらいなさい。あなたは完璧な’work of art’だもの、ね!」といったことを言いながら、不穏なリズムとともにジェイミーに詰め寄ります。
ここで他の生徒に笑われてうろたえるジェイミーが本当に気の毒で、残酷だなと思います。校則で化粧が禁止されているのかは不明ですが、この先生が一番問題視しているのはジェイミーが男性(生物上)なのに化粧(女性がするとされている行為)をしようとしたことなのだと思います。
これに対して曲の後半ジェイミーは’Yes, I’m a perfect work of art.’と対抗して歌うのですが、えらいなと思うとともに苦しくもあるだろうなと思って切なくなります。ジェイミーはおしゃれな子なので、化粧に興味を持つのも自然だと思うのですが・・・。
歌詞は苦いもののこの曲のリズムが好きなので何回も聴いているうちに、自分らしく行動して何が悪いの?一人一人が唯一無二の’work of art’でしょう!という気持ちが高まってきたりしました。
映像は以下から見ることが出来ます。これには他の場面も入っているのですが、歌自体は10:25ごろから始まります。
歌詞は以下から確認出来ます。
4. 好きな曲③ 'Over the Top'
この曲はドラァグ・クイーンの服が売っているお店に行った時に、現役ドラァグ・クイーンの人がジェイミーに服を着せながら歌う曲です。
ざっくり理解ですが、ドラァグ・クイーンとして生きることは簡単ではない、自分の限界を超えて、恐怖と向き合って、戦え!とジェイミーの覚悟を問うていると思います。
自分が知らない世界に入るのは怖いものですが、強い憧れから大胆に行動しているように見えるジェイミーも不安を抱えていることがこの場面から分かります。そして’ Over the top, my friend’と優しく鼓舞してくれる強くて華やかなドラァグ・クイーンの先輩方も、自分や周りと戦ってきたのだなと思ったりしました。
映像はここから、歌詞はここから見れます。
5. その他の曲
他にもたくさん良い曲があって、特にその歌詞にはっとさせられることが多いです。例えば、’The Wall in My Head’ は自分のセクシュアリティの在り方を理解しない父親の言葉に傷ついたジェイミーの心情を歌った曲です。そこで、父親の言葉によってある考え(自分は普通じゃないんだというようなもの)が自分の中で作り出され、それがレンガになって壁として積み重なる・・・という描写がされていて、他者からの小さな否定や批判が自分の中で大きくなる過程はそうだなあと思いました。
そして歌詞に、自分も積み上げているのであれば、その壁を乗り越えるのはもっと難しくなるよね、ともあって、人の批判を自分なりに咀嚼しないでそのまま受け入れると、自分では納得していない自己批判をしてしまうよね、と改めて気づいたりしました。
後半で歌う’Ugly in this Ugly World’は父親に否定されたジェイミーが自分や社会を否定する気持ちになっていてつらいのですが、その後の’My Man, Your Boy’で母親との愛情を確かめ合っておりほっとします。一連の出来事は自分にとって何がUgly(きたない)で何がBeautiful(きれい)なのか、ジェイミーが気づくきっかけになったのかなと思います。
私には、自分の希望を叶えるために努力して、赤いドレスでメイクアップしたジェイミーはきれいだけれど、理解しようともしない父親の否定は醜いなと感じられます。そしてジェイミーを励まして助けてくれる母親や親友のプリティはジェイミーにきれいだよ、というのですが、その二人も本当に心がきれいだなあと思うのです。
②でドラァグ・クイーンの先輩方が、「闘え!」と鼓舞していましたが、ジェイミーがドラァグ・クイーンとなりたいのであれば、社会で常識とされていること(多くの人が信じている価値観)と対立するので、自分独自の価値観を認識している必要があります。この物語に出てくるBeautiful/Uglyの対比はその象徴なのかなと感じました。
6. ‘Waitress~’との違い
-’Waitress~’が今の感情に寄り添ってくれるのに対して、’Everybody's~’は普段抑えている感情を揺り起こしてくれる曲が多いと感じています。どちらもとても好きな作品ですが、’Everybody's~’は主人公が高校生なのでより歌詞の純度が濃いのかもしれません。
-‘Waitress~’より’Everybody’s~’は年齢層が若く、10代が多い気がしました。’Everybody’s~’ではドラァグ・クイーン役のヒューゴの登場シーンで「ギャ―――!!」のようなすごい歓声が聞こえてびっくりしましたが、その時の役者・ロイ・ヘイロックさんは自身もドラァグ・クイーンとして有名な方だったと後で知りました。
-印象的だったのはいわゆる「悪役」の役者さんです。’Waitress’ではジェナの夫が、’Everybody’s~’ではジェイミーの父親が主人公の幸せを邪魔する存在です。彼らの言動がひどいほど、主人公を応援する気持ちが高まる、という物語の構造は頭では理解出来ます。
ただ観劇中は、その夫もしくは父親が舞台に出てくるとそちらを見ないようにして、「あーごめんもうしゃべられないで?イライラするから。」とフィクションなのに大人げない気持ちになっていました。
2つの作品共に物語が終わると、カーテンコールの際に役者さんが順番に前に出て会釈したりする時間がありました。
’Waitress~’で夫を演じていた役者さんは自分の挨拶の番になった時、一瞬怯んだ後会釈したので少し驚きました。そして、そこで挨拶の間中続いていた観客の拍手が大きくなり、私も多めに拍手しました。
そこで初めて、夫役の役者さんの演技が上手だったから、作中あんなにもムカついたんだなーということや、もし私と同じように物語の中の夫のDVを含む言動に嫌悪感を持つ人が夫役を演じているのであれば、それは大変だよな、と思ったのでした。もし会場の様子が見えていたなら、観客の冷たい反応は痛かったと思います。
一方、’Everybody’s~’の父親役の役者さんは劇中ずっと不機嫌で怒っている顔だったのですが、カーテンコールで自分の挨拶の時ニカッと満面の笑みを見せた後、ベッと舌を出して何だかお茶目でした。それはそれで観客の大きな拍手を得ていました。
カーテンコールでこの2人の役者さんの素顔を見たような気がして、この分かりやすい悪役について少し認識を改めました。二人の物語中の言動は最低ですし、DVや言葉のハラスメントをすればしかるべき処罰を受けるべきとは思います。ただ、悪い行動をする人が徹頭徹尾 悪い人なのではなく、彼らなりの文脈があってその行動が生じていることは忘れないようにしよう、と思ったのでした。
・・・今はコロナウィルスの影響で劇場は大変な状況だと思うのですが、リアルだから感じることもあったな、と書いていて思い出しました。早く状況が落ち着いたらいいな、そしたら色々見に行きたいな、と思っています。
以下が劇場の写真です。1枚目が始まる前に撮ったのですが、舞台の上で演奏する人たちが劇中見えるのも楽しかったです。2枚目は終了直後です。