血の涙を流したとしても
自分からしたら
嫌なことが出来るて
一つの大きな才能だと思ってる
だって私は出来ないから
誰かのために
何かのために
楽しく無いけど頑張ってる人って
社会でまーまー多くてさ
まじで尊敬してる
そういう人って
みんな素直で心根が良い人やねん
コレは間違い無い
私みたいに「それおかしいでしょ?だからしない」とか
嫌なヤツに自らの意志で成れる人は
日本では評価されないし
後ろ指さされるし
物事が続かないんだな、これが
でも
自分の良い所は
好きだと思ったらどこまでも続く所だけどね
でも好きじゃないと続かないんだけどね
あんまり評価されないけど長所だと自分では思ってる
どっちもきっと社会の中で必要な人なんだよね
でも
嫌なことを体や心を壊すまでするから
病気になるし
不幸だと思ってしまうんだと
見ていて思うから
嫌なことをする時は
ほどほどにしないといけないんだと思う
結局
どういう生き方を選ぶのかは
自分の行動で選ばないといけないし
選べなかったら
選んでないということを選んでるから
結局は現状維持だと思うから
それがその人の選んだ道になっていくんだと思う
私はあることを選択して
知らない人たちに嫌な人だと陰口言われまくってきたけど
自分の道を選択してきて本当心の底から納得しかなかったりする
それで良いよて声を大にして言える
まじで他人なんてどうでも良いんよね
仲良い子たちと仲良く過ごせたら
大事な人を大事にできたら
正直それが自分の限界だわ
今ある幸せを
誰かに偽物の幸せだと陰口たたかれたとしても
相手の人を可哀想な人だと思うからね
まじでそう思ってるから、私
だって
大事な人を一番大事にしながら
生きることの素晴らしさを知らないから
そういうことが言えるんよね
だから人として可哀想て思うんよね
心底大事な人を大事にすることを誓い実行した時に
血の涙を流したとしても
その涙から体温を感じるくらい
熱い涙だと自分が感知できたら
そしてその大事な人の”笑顔が生きていたら”
それはもう
それで良いよて全部言えるんよね
思えるんよね
心の底からね
自分の居場所は
自分の心が知ってるし
自分の心が決めることだから
誰かを守るてそういう事だし
自分の人生を勝ち取るてそういう事だと思う
そしてそれが「誇り」という事だとも思う