「いきなりステーキ」の新業態「すきはな」に行って感じたことと「ハレ感」
「いきなりステーキ」の新業態(実験店)「すきはな」がよくも悪くも注目されてています。「いきなりステーキ」というだけで、パブリックエネミー、叩きたい放題という姿勢には一切与しません。
しかし、やはり思うところがあり、それを私の最初のnoteとして書くことにしました。
「すきはな」とはどういうお店なのか?
「いきなりステーキ」の新業態「すきはな」について、まず簡単にまとめておくことにします。
「すきはな」は
というコンセプト、つまり肉だけを店員さんが焼いてくれる「関西風すき焼き」のお店です。
渋谷(と江の島)にある「ちかよ」というお店とよく似ている(システムはほぼ同じ)なので、そのお店をインスパイアされたものと思われます
目の前で肉を砂糖と醤油で焼いてご飯と食べるスタイルです。味はなかなかおいしくて、ご飯をお代わりしてしまいました。ごちそうさまでした。
実際に食べて、味は悪くないのですが、少々コスパに問題があります。
ネットで叩かれている理由は
高い(いちばん安い「国産牛すき焼き」で1980円)
肉が少ない
いきなりステーキだから
この「いきなりステーキ」だから、というイメージを変えるため、このお店をオープンしたはずです。新橋という立地もある程度お金を持っている層+インバウンド客をターゲットにしているでしょう。ただ・・・。
当日の写真を掲載します。
インバウンド客がしてしまったことをお店は予期できたのか?
私がお店に行ったとき、日本人客以外に、外国人(西洋系)のインバウンド客のご夫婦(多分)がいました。
このお店、まず、注文すると、卵と漬け物、小鉢(アオサ)、そして赤だしが供されます。肉が焼きあがるタイミングでご飯です。私は肉を焼いていただくまで、そのまま何もしませんでしたが、外国人客のご主人の方がいきなり
「肉を卵に漬けるお皿に赤だしを全部注ぎ、その中に卵を割ってスプーンでかき混ぜて飲み始めた」
のでした。
これはこれでおいしいことは知っています。しかし、高級すき焼きを売りにしている「すきはな」としてはさすがにマズいです。インバウンド客をターゲットにしている以上、すき焼きの食べ方を知らない人にも伝わるようにしなければなりません。
店員さんが何かを見せ(おそらく食べ方のイラスト)、卵と赤だしを取り換えていましたが、ご飯と赤だしを同じタイミングで出せば避けられた事態です。
実家が割烹なので、わかりますが、そもそも赤だし(汁物)が出されるのは、最後の「〆」のタイミングです。
なぜ最初に赤だしをお店が出したのかわからないのです。牛丼チェーンだって、牛丼と味噌汁は同じタイミングです。
西洋の方なら、スープが最初に出されたら飲むでしょう。卵も一緒に出されたら、一緒に食べると思われても仕方ないです。
高級すき焼きを日本文化だと思うなら、先に汁物を出すのは、やっぱりダメです。それこそ、今半ならこういうミスはしないはずです。
「やっぱり『いきなりステーキ』だから・・」と思わないでもない、「画竜点睛を欠く」を地で行っています。惜しいのだ。
いきなりステーキを経営分析してみた
筆者はいきなりステーキ開業当初からのファンです。今回の「すきはな」はいきなりステーキがそのイメージを変えたくて行ったのだと思われます。
しかし、いきなりステーキの強さを消してしまっていると思うのです。
本来のいきなりステーキの長所
2010年代初頭のいきなりステーキは「ニューヨークスタイル」というもので
立ち食いスタイル
肉をとにかく一気に食べてお店を出る
というもので、六本木や赤坂などオフィス街にありました。少々硬いが、「肉」を食ってる。300g~500gのステーキを立ち食いでサクッと食べてお店を出る、そういうコンセプトだったはずです。安く、「食いで」があるステーキが食べられるというメリットでした。当時なら1000円あればお腹いっぱいになれたはずです。
しかし、ここでいきなりステーキは長所を消してしまうことになります。
長所を捨てたいきなりステーキ
いきなりステーキの失敗(転落?)については多くの方が考察している通りだと思われます。つまり、好評だったのは、「立ち食い」で坪当たりの単価を抑えられて、客回転が良かった都市部に限定していたのに、その逆をしてしまったわけです。
いきなりステーキは
コンビニの「ドミナント戦略」のごとく都市部へ集中出店
ファミリー向けに郊外、ロードサイド店をオープン
立ち食い→椅子席への変更
という「改革」を行ってしまいます。
ファミリー向けにいきなりステーキを変えたかったのでしょうが、これが深刻な客離れを起こしてしまいます。もともとステーキを1000円以上支払って食べたい層はそんなに多くなかったのに、このようにお店を変えてしまうことで
都心部の客を食い合い共倒れ
椅子席導入で回転が悪くなる
椅子席導入で収容人数が少なくなる
ファミリーはステーキしかメニューがないいきなりステーキには来ない
一定数から増えようがなかった顧客を大量出店によって「共食い」、しかも椅子席導入で回転もしなくなり、客単価が増えないのに席数が減るという悪循環を自らもたらしてしまったわけです。
壮絶な「自爆」というか、選択肢を大きく誤ってしまいました。
ちなみに、同じように大量出店で自滅した飲食チェーンに「東京チカラめし」があります。しかし、「東京チカラめし」の場合は、大量出店に店員のスキルが追い付かず(牛丼チェーンと違い、肉を焼くのです)、料理が不味くなったという明確な理由がありました。
しかし、いきなりステーキのクオリティは落ちていません。需要に対して供給を増やしすぎ、固定費を上げてしまったための自滅です。
「すきはな」が採るべき戦略は?
正直、今のいきなりステーキはネガティブな印象が多く(ネット上の叩きが証明)、「いきなりステーキが新業態!」とPRしても叩かれるだけです。
かつてのいきなりステーキのポジティブなイメージを反映させるのでしたら、本当に肉とご飯を食べられるインスタントすき焼き屋です。自分で焼くスタイルでもよかったと思います(牛肉だし)。
「良い肉を1000円くらいで自分で焼きながらすき焼きにできる」
かつてのいきなりステーキなら通用したかもしれません。しかし、これを突き詰めると「1人焼肉」と変わりません。1人焼肉のお店でもすき焼き風のメニューを提供しているところがあります。
しかも今のいきなりステーキの場合、このスタイルを採っても、批判されそうです。よほど安くないと(1000円未満)、ポジティブな反応は得られないと思われます。
すき焼きは「ハレ」のメニューなのでいきなりステーキのイメージと合わない
年末などに高い肉を買って家庭で行うのがすき焼きです。要はすき焼きは「ハレの日」のメニューなのです。
「ハレのメニュー」と「ケのメニュー」
日本の文化、民俗学で「ハレとケ」という概念があります。高校の現代社会で筆者は習いました。
日本では
ハレ(晴れ)
ケ
ケガレ(穢れ)
を繰り返していくというものです。日常が「ケ」であり、何か不幸があると「ケガレ」になります。ケガレがおさまると空が晴れるように「ハレ」の日になります。
すき焼きはどう考えてもハレの食べ物です。逆に牛丼は「ケ」のメニュー、日常的に食べるものです。
本来、ステーキもすき焼きほどではないですが、ハレ寄りの食べ物でした。いきなりステーキの取り組みは、ハレ寄りの食べ物だったステーキを、可能な限り「ケ」に近づけるものだったはずです。
しかし「すきはな」は店内含めて「ハレ」のイメージに近づけようとしています。
「改革」前のいきなりステーキも、「改革」後のいきなりステーキも「ハレ」のイメージはなく、逆効果です。もし、良かった時代のいきなりステーキのように、ハレのメニューをケのメニューに近づけるなら、あの店内はやはりあまり効果的ではなさそうです。
中途半端な「ハレ感」
また、これも批判されていますが、目の前で焼いてくれるカウンター限定の高級志向なのに、会計がセルフレジなのは、「おもてなし」が伝わりません。インバウンド客に「おもてなし」を伝えたいなら有人決済にすべきです。
また、デザートのソフトクリームは、フロアに置かれているサーバー(しゃぶ葉とかにあるやつ)から店員さんが盛ってそのまま出すというスタイルです。それならもっと量が欲しいし、トッピングもすべきです。高級店へ行ったはずなのに、デザートがカップのプリンだったような残念な印象になります。
結局、ハレにもケにも振り切れておらず、その場しのぎで「高級店」を作ったという印象を受けてしまうのです。
ハレ寄りにして、徹底的なおもてなしをするのか、ケ寄りにしてもっと「肉を食った」という体験を与えるのか、どちらも「すきはな」ではそこまで得られません。
慌てて窮余の策を講じたが、今のところあまり結果が出ていない印象があります。
渋谷の「ちかよ」と比較
これもネットで指摘されていますが、「すきはな」が参考にしたと思われるお店に渋谷と江ノ島の「ちかよ」があります。
「すきはな」と「ちかよ」は多くの点で共通しています。
肉だけを目の前で焼いてくれる関西風すき焼き
メニューは肉の質で3種類
ご飯、赤だし、漬物
価格帯は「ちかよ」の方が高いのですが、基本的にレビューはやさしいです。
筆者が2024年夏に「ちかよ」に行ったときの写真を貼ります。
「ちかよ」の場合、いちばん安いすき焼きも「〇〇牛」でブランド牛です。価格によって「〇〇牛」→「△△牛」→「□□牛」となります。
筆者は一番安いメニューでしたが「富良野牛」だったと記憶しています。「本日のお肉」が3種類貼り出されていました。
一方「すきはな」は価格によって「国産牛」→「黒毛和牛」→「〇〇牛」です。これだと安いメニューの場合「ハレ感」がないんです。「ちかよ」は安いメニューでも「○○牛」なので、「ハレ感」があります。
結局、そこなんだろうなと思うわけです。いきなりステーキにも独自の国産牛の仕入れルートがあるのでは?
「ちかよ」はセルフレジどころか、キャッシュレス決済限定、現金不可でした。それでも良いのは主にインバウンド客に「ハレ感」を提供している方です。
「ハレとケ」を疑似体験できるのが、このすき焼きだと思うわけです。インバウンド客に「ハレ感」を与えることに「ちかよ」は振り切っています。
このスタイルのすき焼き店のキーは「ハレ感」でしょうか?
「すきはな」がイメージアップするのはこの辺がカギだと思います。ステーキは欧米のものですが、すき焼きは日本の文化です。さぁ、そこからどう戦略を見出していただけるのか、いきなりステーキには大いに期待します。
「すきはな」のすき焼きは本当においしかったのですから。