冬場のミニスカートの如く
「え〜さむそ〜」
そのセリフ昨日も誰かから聞いたなあ。
そんなことないのになあ。
冬場のミニスカートはどうやらこの時期の人類には受け入れ難いらしい。
ミニスカートが好きすぎて、ほんとに好きで、私は1週間の半分以上をミニスカートとロングブーツという格好で過ごしている。そのため、1週間に何回も(大体同じ友達に)「え、さむそ」と言われる。
え、ほんとに寒くないんだけど。
これが私の答えだ。いやほんとに、これ以外言うことない。まあ確かに寒そうに見えるよね(?)としか言えない。
もしかしたら私の足がバグり申しているのかもしれないが、それにしてもほんとに寒くないのだ。
小学五年生が鼻を真っ赤にして言う「さむくねえし!」ではなく高校2年生JK真っ盛りアタシ最強時代の「いやさむくね〜し(笑)」でもなく、イメージとしては30代OLがコーヒーブレイクをしながら言う「ん?寒くないよお」くらいのテンションだ。
30代OLの知り合いはいないのだが、伝わっていることを願う。
まあそりゃさ、ズボンに比べれば寒いかもしれないけどそれは相対的な判断じゃん、そう何回も言われるとなんか私が破廉恥みたいでムカつく。
それにしても、皆自分が理解できる範疇外のことを徹底的に嫌がるのは何なのだろう、というのが率直な感想である。
寒そう、というみんなの目はこの子寒風に吹かれて可哀想、というよりもどこか“ありえない、私だったら嫌だわ”という軽蔑の目線をも含んで感じてしまう。
そんな目が嫌で、1年前、ミニスカートを履けなくなってしまった時期があった。
その時、私は「あんたよくミニスカート履くよね」という友達の言葉が何故か片耳痛くて、苦い顔で「まあ、ね」と言っていた。
苦い顔をすることで、「みんな」と同じくズボンやロングスカートも好きな感性は持ち合わせてますよ、まあでも最近は皮肉なことにミニスカートが流行っちゃってんですよね、みたいなニュアンスをアピールしたかったのだったと思う。(正直言うとズボンは1番嫌いである)
それに、なんか変わってるよね、年相応じゃないよね(言ってもまだ20歳だったが)と言われてる気がして嫌だったのもあった。
私の友達でそれはそれは奇抜なファッションセンスの子がいる。
ピンクや一風変わった古着が大好きで、ショッキングピンクの服や見たことも無い柄やこんなアイデア思いつく人いるんだ、、と思ってしまうような変わった形のお洋服を着こなして、堂々と街中を闊歩している。
彼女は自分のファッションセンスを受け入れ難い人がいるのも知っていながら、尚自分のセンスに自信を持ち続けている。そんな彼女を、昔のわたしは「なんかすごいな、」と思っていた。
これは本当の「すごい」じゃない。
率直にいえばそのセンスと周りに何を言われても、笑われても尚、「自分の感性は最高だ!」と言い切ってしまえる彼女に対して理解が出来なかった。不思議だった。
ある時、彼女は言った。「私、私のことがとっても好きなんだ」って。
とてもとても、羨ましかった。
その時私がミニスカートを履けなくなってしまった理由に気づいてしまった。
圧倒的に自分に自信がなくて、周りの目しか見ていなかった。これを見ている方々はもうお気づきだったろうが。
でも頭で理解することと自覚することって、全然違う。この時は心臓がバクバクして、「気づけ!」って身体がSOSサインを出していた。
(みんな「周りの目を気にしてしまって行動しちゃうこと、あるよね」とか頭でわかってるけど、気づかないうちにやってしまっていると思う。気づいてないだけ。)
次の日から、私はミニスカートを履くようになった。
自己紹介で、ミニスカートが好きですって公言出来るようになった。
後輩にミニスカートを履いてるのを見られるのが恥ずかしかったけど、だって好きだもん。って履けるようになった。
じろじろ見られても、可愛いでしょ?と思えるようになった。
そしてミニスカートを履いていない時より、堂々としていられるようになった。
やっぱり1番好きで、これを履くとうきうきしてしまって、自分のことがもっと好きになる、自信だって着いちゃう、これが私にとってのミニスカートなのだ。
もしかしたら、だから寒くないのかもしれない。
私にとって寒さよりも大事なことは自分が自分として自信を持っている事だ。
自分らしくいなきゃいけないわけじゃない。
ミニスカートを履かなかった時も私は幸せだった。
でも自分らしくいるのって、自信を持って毎日道を歩くことが出来るのって、何だかとっても楽しい。気づいちゃった。
マインドは冬場のミニスカートの生足の如く。
寒い風に吹かれても私が良いと思える私でいたい。
(21.12.16)
(電車の中とかでジロジロ見てくるオジサンは勘弁だし、分かった瞬間に鬼萎えるのでこれを見たオジサンたちは今後は意識的に控えてください。終)