検察庁法改正案がなぜ問題なのか
というツイートをしたら、学生から賛成反対を述べるのは3歳児でもできるから、なぜそのように思ったのかを教えてほしいという挑発を食らってしまいました。にゃあ。
ということで、なぜそのように思ったのかを説明します。
現行の検察庁法と「検察の理念」
まずは、原典に当たりましょう。現在の検察庁法は昭和二十二年に制定された42条からなる法律です。今回の改正案に関係する現行検察庁法の条文を抜粋します。
第三条 検察官は、検事総長、次長検事、検事長、検事及び副検事とする。
第十四条 法務大臣は、第四条及び第六条に規定する検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。
第十五条 検事総長、次長検事及び各検事長は一級とし、その任免は、内閣が行い、天皇が、これを認証する。
第二十二条 検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する。
第十五条には、検事総長、次長検事及び各検事長の任免は内閣が行って、天皇がこれを認証するという手続きが規定されています。ただし、検察の仕事は、検察庁のwebsiteに掲げられている「検察の理念」http://www.kensatsu.go.jp/content/000128767.pdf に述べられているように、「我々が目指すのは,事案の真相に見合った,国民の良識にかなう,相応の処分,相応の科刑の実現である。そのような処分,科刑を実現するためには,各々の判断が歪むことのないよう,公正な立場を堅持すべきである。権限の行使に際し,いかなる誘引や圧力にも左右されないよう,どのような時にも,厳正公平,不偏不党を旨とすべきである。」と気高い職業倫理を追求する仕事といえます。
今回の改正の趣旨
さて、今回の検察庁法の一部改正法案は、国家公務員法などの一部改正法案と抱き合わせて国会に提出されています。これは、定年の引き上げを他の官職と同様に行うという趣旨であり、このことは、高齢化が進展する中で必要性も認められます。
改正後の検察庁法では、第二十二条は次のようになります。
改正後第二十二条 検察官は年齢が65年に達した時に退官する。
第三条から、検事総長も検察官に含まれますので、検事総長の定年はそのまま65歳、他の検察官の定年が63歳から65歳に引き上げられたということです。この点については、反対すべきことはありません。
問題はどこにあるのか
問題は、定年の特例に関する規定にあります。
改正後の国家公務員法第八十一条の七には、退職すべきこととなる職員の職務の遂行上の特別の事情を勘案して、退職されたら公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として人事院規則で定めるものに該当すれば、定年延長できると規定されています(欠員の補充が困難な場合にも定年延長できます)。「余人を持って代えがたい」という職を作らないのが望ましいですが、実際にはその人に蓄積された情報や技能を引き継ぐことができない場合もあるかもしれません。
国家公務員法第八十一条の七
任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、次に掲げる事由があると認めるときは、同項の規定にかかわらず、当該職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、当該職員を当該定年退職日において従事している職務に従事させるため、引き続き勤務させることができる。ただし、第八十一条の五第一項から第四項までの規定により異動期間(これらの規定により延長された期間を含む。)を延長した職員であつて、定年退職日において管理監督職を占めている職員については、同条第一項又は第二項の規定により当該定年退職日まで当該異動期間を延長した場合であつて、引き続き勤務させることについて人事院の承認を得たときに限るものとし、当該期限は、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日の翌日から起算して三年を超えることができない。
一 前条第一項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の遂行上の特別の事情を勘案して、当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として人事院規則で定める事由
二 (欠員の補充が困難な場合)
問題は、検察庁法にもこの条文を適用させていることです。検察庁法第二十二条第二項には、次のような条文が規定されています。
検察庁法
第二十二条
2 検事総長、次長検事又は検事長に対する国家公務員法第八十一条の七の規定の適用については、同条第一項中「に係る定年退職日」とあるのは「が定年に達した日」と、「を当該定年退職日」とあるのは「を当該職員が定年に達した日」と、同項ただし書中「第八十一条の五第一項から第四項までの規定により異動期間(これらの規定により延長された期間を含む。)を延長した職員であつて、定年退職日において管理監督職を占めている職員については、同条第一項又は第二項の規定により当該定年退職日まで当該異動期間を延長した場合であつて、引き続き勤務させることについて人事院の承認を得たときに限るものとし、当該期限は、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日の翌日から起算して三年を超えることができない」とあるのは「検察庁法第二十二条第五項又は第六項の規定により次長検事又は検事長の官及び職を占めたまま勤務をさせる期限の設定又は延長をした職員であつて、定年に達した日において当該次長検事又は検事長の官及び職を占める職員については、引き続き勤務させることについて内閣の定める場合に限るものとする」と、同項第一号及び同条第三項中「人事院規則で」とあるのは「内閣が」と、同条第二項中「前項の」とあるのは「前項本文の」と、「前項各号」とあるのは「前項第一号」と、「人事院の承認を得て」とあるのは「内閣の定めるところにより」と、同項ただし書中「に係る定年退職日(同項ただし書に規定する職員にあつては、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日)」とあるのは「が定年に達した日(同項ただし書に規定する職員にあつては、年齢が六十三年に達した日)」とし、同条第一項第二号の規定は、適用しない。
ああ。わからないですね。国家公務員法第八十一条の七の読み替え規定として条文が書かれているので、指示に従って読み替えないといけません。読み替え後の条文は以下のとおりです。
<読み替え後の条文>
検事総長、次長検事又は検事長に対する国家公務員法第八十一条の七の規定の適用については、任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、次に掲げる事由があると認めるときは、同項の規定にかかわらず、当該職員が定年に達した日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、当該職員を当該職員が定年に達した日において従事している職務に従事させるため、引き続き勤務させることができる。ただし、検察庁法第二十二条第五項又は第六項の規定により次長検事又は検事長の官及び職を占めたまま勤務をさせる期限の設定又は延長をした職員であつて、定年に達した日において当該次長検事又は検事長の官及び職を占める職員については、引き続き勤務させることについて内閣の定める場合に限るものとする。
一 前条第一項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の遂行上の特別の事情を勘案して、当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由
定員補充が困難な場合は、検察庁法では適用されていません。さて、ここが問題です。検察官の場合、「退職すべきこととなる職員の職務の遂行上の特別の事情を勘案して、当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由」なんてあるのですか。個別の検察官が特別にすばらしく公正な判断を下しているから、余人をもって代えがたいとでもというのですか。この場合の「公務」って何ですか。内閣が判断できるのですか。わたしには、時の内閣にとって不利な判断を検察庁がしないように内閣が検察庁を牽制する条文にしかみえないのです。これは、「いかなる誘引や圧力にも左右されないよう,どのような時にも,厳正公平,不偏不党を旨とすべき」という「検察の理念」を汚す法律ではないでしょうか。
検察庁法第二十二条第四項では、次長検事、検事長は63歳になったら、検事に降格することが規定されていますが、同第五項では、「当該次長検事又は検事長を検事に任命することにより公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由があると認めるとき」には、そのまま次長検事、検事長の職に留まることができることになっています。ここにも、内閣の「汚れた」判断が介在してしまう余地があります。
まあ、内閣が「汚れていない」運営をすればいいのですけど、これまでのいろいろなことを考えると残念ながらそうはいえないですね。霞ヶ関の人事を官邸が握って霞ヶ関がだめになったように、今度は、検察もその気高い職業倫理をないがしろにする気かと、憤った次第です。
長くなりましたが、以上が学生からのご質問への回答です。
国会提出法案は、衆議院websiteの議案などから見られます。
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g20109052.htm
新旧対照表は内閣官房の法案から見られます。https://www.cas.go.jp/jp/houan/201.html
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