2050年の脱炭素をどのように実現するのか
菅総理が、2050年のカーボンニュートラルを宣言しましたね。これをどのように実現するのかについて検討する素材として、2015年の環境省再エネ委託報告書に書いてあることを復習し、2050年のカーボンニュートラルに向けてどのような政策が必要となるかを考えてみましょう。
環境省再エネ委託報告書に書いてあること
以下は、2015年4月7日にセルフまとめしたツイート集です。
環境省委託報告「平成26年度2050年再生可能エネルギー等分散型エネルギー普及可能性検証検討委託業務報告書」の内容を紹介します。私が座長を務めました。全文公開されていますので興味がある方は是非お読みください。https://www.env.go.jp/earth/report/h27-01/
再生可能エネルギー導入拡大の意義:1)温室効果ガス削減、2)エネルギー自給率向上3)化石燃料調達に伴う資金流出抑制、4)産業の国際競争力強化、5)雇用創出、6)地域活性化、7)非常時のエネルギー確保。再エネは次世代に真に引き継ぐべき良質な社会資本。(p.2)
国内での再生可能エネルギー導入により化石燃料の輸入金額を削減できる。2014 年6 月からは原油価格が急落したが、IEAや世界銀行によれば今後価格は上昇へ向かう予測。将来再生可能エネルギーによるエネルギー供給がより一層の経済合理性を有することが期待される。(p.5)
再生可能エネルギーの中でも、陸上風力発電、バイオマス発電、地熱発電等の一部の技術においては、現状でも化石燃料を下回るコストでのエネルギー供給が可能。再生可能エネルギーは技術改善余地が大きく残されており、発電コストはさらに低減される見通し。(p.5)
再エネ分野への投資額は、2012年時点で我が国は第4位、2013年にドイツを抜いて第3位。我が国は2011年から2012年にかけ投資額が73%増加。世界1位の中国と比較すると、我が国の投資額は半分程度にとどまっており、さらなる投資の拡大が課題。(p.11)
再生可能エネルギーの導入により、設備設置、メンテナンス及び資源収集(バイオマス)などの雇用が発生する。発電量あたりの雇用は、化石燃料発電と比較すると同程度~10倍程度であり、再生可能エネルギーは分散型電源であることから特に地域に多くの雇用が創出。(p.13)
世界全体、OECD及び我が国で一次エネルギー供給全体に対する再エネ割合は、2012年時点で13.2%、8.6%、4.1%(p.27)。世界全体、OECD及び我が国で総発電量に占める再エネ割合は、2012年に21.2%、約21%、10%程度(pp.32~35)。
ドイツで総発電量に占める再エネ割合は2013年に25%超。ドイツは2020年に消費電力に占める再エネ割合を38.6%とする目標。ドイツ環境省は、総発電量に占める再エネ電気の割合を2030年に50%、2040年に65%、2050年に80%とする見通し(p.38)。
英国は2013年の再エネ発電量割合は約15%。National Renewable Energy Action Plan(NREAP)において、2020年の再生可能エネルギーによる発電量の割合を31%とする目標を掲げている(p.40)。
スペインは、総発電量に占める再エネ割合は、2012年に約30%。スペインはNational Renewable Energy Action Plan(NREAP)において、2020年の消費電力に占める再エネ割合を40%とする目標を掲げている(p.41)。
イタリアでは、総発電量に占める再エネ割合は2012 年には約30%。イタリアはNational Renewable Energy Action Plan(NREAP)において、2020 年の消費電力に占める再エネ割合を26.39%とする目標(p.42)。
デンマークでは、総発電量に占める再エネ割合は2012 年に約50%。デンマークはNational Renewable Energy Action Plan(NREAP)において、2020年の消費電力に占める再エネの割合を51.9%とする目標(p.43)。
日本・英国・ドイツの一般消費者(各1000人)を対象にアンケート。2014年度の月額賦課金は、日本225円、英国612円、ドイツ2621円。各国の賦課金(2014 年度)程度以上の金額でも許容できるとの回答は、日本38%、英国36%、ドイツ6%(p.126)。
再エネのメリットとして、各国の消費者は地球温暖化対策に貢献するものと評価。我が国は「非常用エネルギー源」、英国では「国富の流出抑制」、ドイツでは「原発依存度の低減」との回答の比率が他国より高い。「わからない」との回答は、我が国が最も多かった(p.129)。
再エネのデメリットとして「設置費用などが高い」が共通で挙げられた。我が国は「不安定であり系統整備などが必要」、ドイツは「景観を損なう」ことを懸念している比率が他国より高い。「再生可能エネルギーにデメリットはない」との回答はドイツで他国より高かった(p.129)。
カリフォルニア州では、特に風力発電と太陽光発電が急増しており、2013年における再生可能電源のシェアは発電電力量比で約19%に達した。なお、日本の2013年時点の発電量に占める、水力を除く再生可能電源のシェアは2.2%である(p.133)。
英国、ドイツ、フランスは再生可能エネルギー熱に特化した法律や制度によって、再生可能エネルギー熱の導入を支援している。再生可能エネルギー熱に対する継続的な支援制度のない我が国とは大きな違いである(p.159)。
ドイツでは建物に対する再生可能エネルギー熱等の導入義務付け、英国では電気の固定価格買取制度に似た再生可能エネルギー熱利用に応じたランニングコストの支援、フランスでは税還付や補助金によるイニシャルコストの支援を実施している(p.159)。
バイオマスは、発電利用に比較すれば、コジェネレーションを行うことにより総合効率を高めることが可能。熱利用できればより多くのCO2 削減ができる。低炭素化の観点からは、バイオマスが熱利用可能である場合には、熱利用することのほうが望ましい(p.169)。
海外では再エネデータベースが整備され、容易にアクセスできる。我が国では公的な再生可能エネルギーのデータベース整備は発展段階。①再生可能エネルギーの導入進捗管理、②導入余地の把握、③導入適地の把握、④発電電力量の予測のためにデータベースが必要。(p.191)
導入見込み量のケース設定。高位ケース=初期投資が大きくとも最大限の対策を見込む。中位ケース=合理的な誘導策や義務づけ等を行うことにより重要な低炭素技術・製品等の導入を促進する。低位ケース=現行で既に取り組まれ、想定されている対策・施策を継続する(p.195)。
直近年と比較して再エネ導入見込量は2020年には約1.6~1.9倍、2030年は約2.0~2.9倍、2050年は約3.6~6.5倍と推計。直近年の再エネ導入量は一次エネルギー国内供給に対して6%程度であるが、2050年には30~61%と推計(p.200)。
直近年と比較して、2020年の再エネ電気の設備容量は約2.3~2.5倍、2030年は約2.8~4.2倍、2050年は約6.6~9.4 倍と推計。一次エネルギー供給量に比較して倍率が高いのは、稼働率の小さい太陽光発電の導入による影響。(p.201)。
再エネ電気の発電電力量は2020年1,966~2,252億kWh、2030年2,414~3,566億kWh、2050年4,564~7,339億kWh。直近年に比較し2020年1.7~1.9倍、2030年2.1~3.1倍、2050年3.9~6.3倍。(p.203)
2012年度の発電電力量に対する再エネ比率は、2020年20.9~23.9%、2030年25.6~37.9%、2050年49.6~78.0%。(倉阪補足)
2020年に15%、2030年に20%、2050年に30%の省エネが達成された場合、再エネ電力比率は、2020年に24.6~28.2%、2030年に32.1~47.4%、2050年に69.3~111.4%。(倉阪補足)
2030年までの導入見込量の算出にあたって、太陽光、風力については電力システム上の制約が発現する可能性を考慮。具体的には、電力システム上の制約が存在しない場合の導入見込量を算出し、この算出結果に基づいて電力システム上の制約による影響を考慮(p.205)。
試算で考慮した系統安定化対策の内容。1)系統の広域融通による一体運用:現在の10電力会社より広域の地域ごとに需給調整を行う。2)需要の能動化の実施。3)揚水発電の活用。4)蓄電池の導入。5)再エネ電源の出力抑制・受入中止。(p.230)
2020年・2030年の電力システム上の制約の考慮後の再エネ出力抑制率の試算結果は、2020年で低位0.6%中位0.02%高位0.02%、2030年で低位1.5%中位3.1%高位0%。高位シナリオの2030年のみ蓄電池で調整(p.236)。
固定価格買取制度が2030年まで継続する場合の世帯平均負担は、高位ケースで最大903円/月、中位ケース最大754円/月、低位ケース最大630円/月。負担額を相殺するために必要な節電率は、高位ケース14.0%、中位11.7%、低位9.7%(pp.259-261)。
本報告で推計した負担金額合計の最大値は、高位ケースの2030年(2030年までの導入分を考慮した場合)における約2.6兆円。資源エネルギー庁の小委員会で示された2014年6月末時点の設備認定容量が全て運転開始した場合の負担金額の合計は約2.7兆円(p.262)。
新エネルギー小委員会の試算結果は買取価格・回避可能原価を固定した一時点での試算結果であるが、本業務の推計は買取価格の今後の低下と回避可能原価(再生可能エネルギー電気の調達によって電力会社において回避される費用)の今後の上昇を織り込んでいる。(p.262)
再生可能エネルギーの導入拡大により関連産業に対する経済波及効果や雇用創出が見込まれる。化石燃料の輸入に用いられた資金流出が抑制され、化石燃料から発生するCO2 の排出削減が見込まれる。再生可能エネルギーはエネルギー自給率の向上にも寄与する。(p.263)
設備投資と設置工事等による生産誘発効果と雇用創出効果(第2次間接波及効果まで)は、2012年~2030年の平均で、それぞれ年間、低位1.6兆円、12.8万人、中位2.3兆円、18.4万人、高位3.3兆円、25.6万人(p.268)。
燃料輸入削減による資金流出防止額は、2020年までの累積で低位4.9兆円、中位6.55兆円、高位8.36兆円、2030年までの累積で低位15.13兆円、中位22.42兆円、高位29.33兆円。(p.276)。
本報告が想定した電力需給構造の見通しで原子力はWorld Energy Outlook2014を参照し2020年2030年とも発電電力量比約2割(p.283)。原子力発電の割合が低下するにつれて、再エネ出力抑制の必要な規模も小さくなる可能性がある(p.290)。
自然変動電源の大量導入の実現に必要となる電力システム対策費用に関する試算。2012年から2030年まで年間、低位1291億円、中位2278億円、高位6800億円。(高位ケースのみ蓄電池(年間4240億円)を導入する想定。)(p.296)
爆ツイしたのは、→で触れられている報告書です。本当に中身を読んでいるのでしょうかね。すべて公開していますので、是非確かめてみてください。「宮沢経産大臣 “再生エネ”環境省予測に実現性ない」https://news.tv-asahi.co.jp/news_economy/articles/000047922.html
系統制約などの技術的な制約やコスト面の課題など考慮していない、など、報告書を読めば明らかに誤りであることを大臣に言わせる経産官僚に憤りを感じる。
「系統制約などの技術的な制約やコスト面の課題など考慮していない」という説明は、マスコミを懐柔するうえではわかりやすいので、採用されたのだろう。報告書全文を公開しているにもかかわらず、大臣の説明をそのまま報道するマスコミにも責任がある。批判的検討はできないのか。
また不勉強な記者の記事。「太陽光発電が政府の想定以上に増加したことで、再生エネの導入促進費として電気料金に上乗せされる額が今年度は前年度比で倍増する見込み。」というのは間違い。 増額は当初から想定されていたもの。https://www.sankei.com/politics/news/150408/plt1504080008-n1.html
固定価格買取制度が2030年まで継続する場合の世帯平均最大負担は、高位で903円/月、中位754円/月、低位630円/月。負担額を相殺するために必要な節電率は、高位14.0%、中位11.7%、低位9.7%(pp.259-261)。
20年間固定価格買取制度なので、先のツイートの図の最初の部分で対前年比倍増になるのはあたりまえ。問題はその最高負担額を許容できるメリットがあるかどうか。環境省報告書では資金流出抑制・雇用創出で十分なメリットがあると主張。
はい。長いですね。ポイントは、太字にしました。2015年の環境省委託報告書で書かれていることから、省エネを3割やって、置けるところに再エネを置いていけば、2050年に発電電力量の100%を目指すことは可能であるということがわかります。
さて、このツイートは、2015年4月10日の朝日新聞の社説にも取り上げられました。
経産省だけで決める姿勢にも疑問符はつく。環境省が3日に公表した報告書は、経産省より高い目標設定が可能との試算を示した。宮沢経産相は「実現可能性がない」としてとりあわないが、環境省側の検討会座長を務めた倉阪秀史千葉大教授は、ツイッターで「報告書を読めば(指摘は)明らかに誤り」と反論している。「(社説)再エネ比率 目標はもっと高く」『朝日新聞』2015年4月10日
本人に取材なく、ツイートを社説に取り上げる朝日新聞にもびっくりしましたが、本人のツイートでよかったですね。
このあと、環境省からわたしのもとに電話がありました。曰く、官邸が黙っていてくれといっているということでした。わたしは環境庁に勤めていたころに、環境アセスメント法などで、マスコミも巻き込んで通産省と闘った経験がありますので、「闘ってくれ」といって、その電話を切りましたが、その後、2009年から続いていた環境省の再エネ検討会はなくなってしまいました。官邸に逆らうのがこわかったんでしょうね。情けない。
では、どのようにカーボンニュートラルを実現する?
今回、菅総理が、具体的な達成手段を想定して2050年カーボンニュートラルを宣言したのかはわかりませんが、これを実現するためには、技術開発が重要ではありません。すでに必要な技術はあります。それを導入するための社会制度が必要です。
第一に、中間目標を引き上げる必要があります。現在、2030年の再エネ比率目標は、発電電力量の22-24%となっています(2015年に環境省の報告書を無視して、この数字に決定したまま、放置されています)。すでに、2019年度の発電電力量に占める再エネ比率は19.2%に至っていて、そもそもこの目標は低すぎます(そもそも、環境省報告書にあるように、2012年の段階で、世界は20%を達成しています)。2030年の再エネ比率目標は、40%を超えるところに置く必要があります。
第二に、省エネ投資の義務化です。再エネより先に省エネです。とくに、今、建設される建築物は、2050年に使われてしまいます。断熱材、窓断熱、省エネ照明、省エネ空調などを建設時に導入することを義務づける必要があります。年間を通じて建物につけられた再エネ設備だけでその消費量を賄う住宅や低層ビルを建設する技術はすでにあります(ZEB/ZEH化)。長期的にエネルギーコストの削減によって、建築物のオーナーにもメリットが発生します。また、これにより、照明・家電などの省エネがさらに進むでしょう。
第三に、再エネ投資への動機付けの継続と強化です。再エネ電力の投資については、固定価格買取制度と、その後継であるフィード・イン・プレミアム(電力価格に連動した固定プレミアム付き価格買取制度)によって動機付けがなされますが、今後は、地元主導で継続的な再エネ発電が進められるように必要な動機付けを行う必要があります。また、再エネ熱については動機付けがありません(環境省報告書では、ヨーロッパの再エネ熱政策に触れられていましたね。)。たとえば、化石燃料を国内で販売する業者に、その一定の割合の再エネ熱証書を購入させる制度が必要です。
第四に、蓄エネ投資への動機付けの創設です。太陽光や風力については、変動しますので、調整力が必要です。従来、この調整力として、火力発電が使われてきました。その調整力を残すために、容量市場なるものが創設され、その負担を再エネ業者に負わせるということになっていますが、このままだと、古い火力発電が残ってしまいます。このため、蓄電池も容量市場に参入できるようにすべきです。そして、将来、蓄電池によって調整力が賄われる程度に蓄電池を導入していく必要があります。
第五に、輸送部門での脱炭素の推進です。すでに、ヨーロッパの諸国では、2030年から2040年にガソリン車・ディーゼル車の廃止を謳うようになってきています。日本でも、同様の政策が必要となります。わたしは、この際、カセット式蓄電池を備えた電気自動車を販売することを義務づけると良いと思っています。規格化された充電済みの蓄電池が「エネルギースタンド」に置かれていて、カセット式に入れ替えればすぐに走り出せる方法です。そうすると「エネルギースタンド」が、変動する再エネを受け入れるための調整力も提供できます。
この政策を支える技術はすでにあります。総理が、2050年カーボンニュートラルを打ち出したけど、カーボンリサイクルなどどいう高コストの夢技術を期待しつつ、高効率の石炭火力は引き続き推進し、これまた高コストの原発への夢も捨てきれないというのでは、全く意味はありません。「残存者利益」を狙うような産業のいうことを聞いている限り、日本に未来はありません。
この政策はそれぞれ初期投資は必要となりますが、日本がこれまで化石燃料を輸入するために国外に流れていた富を国内の雇用につなげることができます。そして、再生可能エネルギーで安価に安定的にエネルギー供給できるシステムを日本の技術で開発し、途上国などの海外に輸出できれば、日本は世界から感謝されつつ、その維持管理更新によって、まさに持続的に事業活動を継続することができるのです。これは、中東など地理的に偏在する化石燃料依存から世界経済を自立させ、世界平和につながる事業だと思いませんか。
いまだに、高効率の石炭火力を輸出すれば環境によくなるなどと言っている人のセンスを疑うわけです。