12/4に五輪代表に内定した 【田中希実/相澤晃/新谷仁美】の強みと課題
昨日の日本選手権(長距離)で計3名の選手が五輪代表に内定した。
そこで、まだ東京五輪まで9ヶ月先のことでかなり気が早いのであるが、内定が決定した3種目の現時点での見通しを考えてみようと思う。
田中希実:女子5000m
女子5000m:【予選】2021年7月30日(金)夜
【決勝】2021年8月2日(月)夜(中2日)
日本選手権翌日(12/5)の会見では1500mでの代表入りも示唆していたが、女子1500mの予選が8月2日の午前中に行われる。
田中が1500mでも代表となり、5000mで決勝に進出できない場合に1500m予選に出ることもありえるが、おそらく「5000m入賞」を目標にしてくるはずだから、日程的に1500m/5000mの2種目を兼ねるのは現実的ではない。
かといって、5000mをやめて1500m1本にする、というイメージは今のところ本人もコーチも持っていないだろう。1500mには準決勝もあるし、また本人に1500mでの国際的なレース経験が少ない(予選、準決勝、決勝のプロセスを踏むということ)。
2019年ドーハ世界選手権
ドーハで田中は中盤でペースが上がった時についていけず、後ろのグループでの走りとなった。もし、東京五輪で入賞を狙うとなると、このペースで前についていかなければ、順位を取ることは難しい。
また、昨日の日本選手権やこの時のドーハでもラストで爆発的なスパートを見せていたわけではない。中間疾走が苦しくなる世界大会の決勝において、1500mでみせているスピードをどうやってラスト1周で発揮できるか、というのが彼女が入賞を狙ううえでのポイントとなる。
【ドーハ世界選手権決勝】
この種目はケニア、エチオピア勢+クロスタハルフェンの力が抜けている。また、今季はイギリスやアメリカ勢が好調。
ドーハ7位のL. ウェイトマンが欧州歴代3位の14:35.44、ドーハ9位のシュヴァイツァーが14:26.34を北米歴代2位をマーク。
また、ドーハで1500mと10000mの2冠を達成したS. ハッサンが5000mに出場してくるとさらにレベルが上がる(彼女にとっては東京五輪の日程は1500/5000mよりも、5000/10000mの2種目の方が無難)。
金メダル候補
・H. オビリ 🇰🇪(ロンドン、ドーハ金)14:20.36
・L. ギデイ 🇪🇹(世界記録保持者)14:06.62
・S. ハッサン 🇳🇱 (欧州記録保持者)14:22.12
銅メダル候補
・ケニア、エチオピア勢2人ずつ 14:30-14:35ぐらい
・K. クロスタハルフェン 🇩🇪(ドーハ銅)14:26.76
・K. シュヴァイツァー(ドーハ9位 / 全米歴代2位)14:26.34
・L. ウェイトマン 🇬🇧 (ドーハ7位 / 欧州歴代3位)14:35.44
入賞候補
・アメリカ勢(14:40台のロウバリーやクラニーなど)
・J. ハル 🇦🇺(豪州記録保持者)14:43.80
・田中希実 🇯🇵(ドーハ14位)
など数名
Y. キャン 🇹🇷 は14:36.82の自己記録を持っており、リオ五輪で6位入賞。昨年のドーハ世界選手権には出場していないが、今年5000mを14:40で走っており、東京五輪は5000/10000mの2種目を兼ねる可能性がある。
BTCのG. スタッフォード 🇨🇦 (ドーハ1500m6位、5000mPB14:44.12)あたりも1500mではなく5000mに出場するなら面白い存在になるだろう。
また、BTCのS. フーリハン 🇺🇸 は7月に14:23.92の北米新をマークしたが、1500mとの2種目になると日程的に厳しいので1500m1本もしくは5000m1本に絞るかもしれない(インタビューでは5000mよりも1500mのほうが経験豊富なので、1500mのほうで勝負したい、とあったが、彼女がタフであれば2種目兼ねるかもしれない)。
このように、現実的に田中がもし入賞を目標とするなら、これらの選手を相手にすると考えると最低でも5000mで14:40台の自己記録は持っておきたい。
田中希実の強み:2020年に1500m、3000mで日本記録を樹立し、以前よりも力をつけた。現状、スローペースであるなら、ラストスパートのラスト1000m2:45-2:48ぐらいでは走れそう。
課題:5000mで自己記録を更新できていないが、世界のライバルたちが記録を伸ばしている。また、世界大会の5000mでは4000mまで団子状態ということはあまりない。東京は暑いのでハイペースにはならないかもしれないが、中盤のどこかでペースが上がった時にどう対処するかがポイント。そこで脚を使い切らずに追走できないようだと入賞は厳しい。
来季は1500mと5000mでさらに記録を伸ばしてくるようだと面白い。エージェントがアメリカ人なので、アメリカのレースに春先に出る可能性があるが、ダイヤモンドリーグに出て経験を積んで欲しいと思う。
相澤晃:男子10000m
男子10000m:【決勝】2021年7月30日(金)夜
男子10000mは女子5000m予選の後に行われる。また、男子5000m予選は8月3日(火)夜に行われる(中3日)。相澤は5000mとの2種目出場を目指すこともできるだろう。
2019年ドーハ世界選手権
2:43 / 2:43 /2:41(8:08) / 2:44 / 2:41(13:33) /
2:43 / 2:40 / 2:43 / 2:40 / 2:27(26:48.36)優勝:チェプテゲイ
PB27:17.29のJ. ワンダース🇨🇭がDNF、PB27:24.78のS. モーエン🇳🇴 が12位に沈むというハイペース。
相澤が日本選手権で出した27:18.75は、本人も認識している通り「ペーサーとして出場していたコエチに引っ張ってもらった記録」だといえる。
対して、世界大会決勝は先頭が何度も入れ替わる激流の展開。
旭化成というチームには北京世界選手権10000mに出場した鎧坂哲哉や村山謙太、リオ五輪10000mに出場した村山紘太という選手がいる。相澤がそれらの選手から世界大会の10000mのレースは「ペースの上げ下げがすごい」という話は直接耳にしているだろう。
東京五輪代表内定会見で相澤は、今後のトレーニングで「ペースの上げ下げに対しての練習」と「5000mへの出場でスピードを磨く」というキーワードを挙げた。
【男子10000mの世界大会の優勝記録 / 8位の記録 / 日本人の成績】
2007年大阪:27:05.90 / 28:25.67 / 竹澤12位28:51.69 / 前田17位 ※気温高め
2008年北京五輪:27:01.17大会新 / 27:23.75 / 竹澤28位28:23.28 / 松宮隆31位
2009年ベルリン:26:46.31大会新 / 27:37.99 / 岩井25位29:24.12
2011年大邱:27:13.81 / 27:34.11 / 佐藤悠15位29:04.15
2012年ロンドン五輪:27:30.42 / 27:36.34 / 佐藤悠22位28:44.06 /
2013年モスクワ:27:21.71 / 27:29.21 / 宇賀地15位27:50.79 / 大迫21位
2015年北京:27:01.13 / 27:44.90 / 鎧坂18位28:25.77 / 村山謙22位 / 設楽悠23位
2016年リオ五輪:27:05.17 / 27:23.86 / 大迫17位27:51.94 / 設楽悠29位 / 村山紘30位
2017年ロンドン:26:49.51 / 27:02.35 / 出場なし
2019年ドーハ:26:48.36 / 27:10.76 / 出場なし
相澤の持ち記録は27:18であり、各世界大会の入賞ラインを見ると十分通用しそうなタイムに感じるが、世界大会男子10000mの過去10大会において27分台の記録を持って臨んだ日本勢が苦戦している点に注目して欲しい。
この10回の世界大会の最高順位は竹澤健介の大阪世界選手権の12位。この時の8位は28:25.67であったが、大阪の夏は暑く、12位の竹澤でも28:51.69かかっており、東京はそれに近いコンディションになることが予想される。
東京五輪で仮に相澤が入賞を狙うとすると、ケニア3人、エチオピア3人、チェプテゲイとキプリモ+ウガンダもう1人、アーメド 🇨🇦、ロモン 🇺🇸 、クリッパ 🇮🇹、M. ファラー 🇬🇧 の13人の5人に少なくとも勝たなくてはいけない。
この次に入ってくるあたりでも、14位である(誰かが故障で欠場したとしても入賞は簡単ではないが、五輪本番は暑いので力のある選手からDNFが出る可能性はある)。+α ワンダース🇨🇭 、エリトリア、アメリカ勢あたりも入賞を狙っているだろう。
10000mにはK. カンディエ、G. カムウォロル、N. キメリ、R. キプルト、R. ケモイ(愛三工業)という10000m26分台クラスのケニア代表候補選手もいるが、相澤が今後、以下の国内の選手と国内のレースで肩を並べるぐらいでないと、少なくとも今は入賞を狙うような位置にいるとはいえかもしれない。
(参考までに:キムニャン、ディク、コエチ、カロキあたりで10000mのケニア代表になれるかどうか、ぐらいの立ち位置である)
相澤晃の強み:大学4年から今年にかけて急成長。積極的なレースができ、体幹もしっかりしており走りが安定している。大学時代に走破タイムの速い高強度練習をそこまで多く積めなかったそうだが、旭化成でそういった練習が消化できており、今後も成長曲線を伸ばしていく可能性がある。
課題:10000mで1周「66秒」から「64秒」のペース帯の余裕度を上げること。5000mの自己記録を13:10-13:15ぐらいまで引き上げたい(ドーハ優勝のチェプテゲイは後半の5000mを13:15でカバー)。ペースの激しい変化と暑熱順化への対応。
スピードへの対応ということでいえば、5000mで自己新を更新して5000mでも代表になるぐらいに力をつけていると、10000mでも期待が持てるだろう(5000mを13分間走ることと、10000mの中間走でペース変化に対応するための能力は、性質が違うのではあるが)。
ケニア人の練習でファルトレクがよく好まれているが、10000mやハーフやマラソンのペース変化でペースが落ち着いている時に「回復している」という傾向をレナート・カノーバコーチはケニア人での指導で感じ取っているという。ファルトレクはそのための良いシュミレーションでもある。
新谷仁美:女子10000m
女子10000m:【決勝】2021年8月7日(土)夜
今年の3月に、新谷仁美が2020年に予定されていた東京五輪をどう戦うのか?という記事を書いた。内容は↑と同じで、彼女が世界の選手の中でどういう立ち位置にいて、どのように戦うのか、ということである。
ドーハ世界選手権
3000m 9:29 / 3200mからペースアップ / 3:02 / 3:02 (15:32)
3:03 / 3:03 / 3:05 / 2:52 / 2:40(30:17.62)優勝:ハッサン
新谷は五輪代表内定会見で、東京での暑いレースを臨むにあたって「暑かろうが、寒かろうが勝つだけです」という回答をしていた。
一般的に25℃以上での持久性運動は、それ以下の気温時よりもパフォーマンスを下げるというエビデンスがある。女子10000mは30分前後の持久性運動であるので、寒い時と暑い時の条件差があると考えるのが普通である。
また、今後ウェイトトレーニングの頻度を増やしていきたいと話していた。どうやら、ウェイトの恩恵を十分に感じているようにみてとれる。ただ、日本のトップ選手が30代でウェイトを開始しているということは、まだ日本女子の中長距離選手の指導現場ではウェイトトレーニングが重視されていないようにも感じる(ストレングスコーチと契約しているチームはウェイトをやっているとは思うが)。
私は男子よりも比較的筋力の少ない女子や、加齢で筋力が落ちる局面において特にウェイトトレーニングの恩恵が大きいと考えている。そういった意味では、30代に差し掛かってきたタイミングで新谷がウェイトをしているのは必然的であったといえるだろう。
【ドーハ世界選手権】
3200mからペースが上がった時に、その後1-6位になった選手らが抜け出した。このタイミングで前についていけないと入賞は厳しいと考えるのが普通であるが、5000mとは違って10000mでは暑さも影響するだろうから、中盤のペースアップで前を追うと、逆に力を消耗してしまうかもしれないという懸念もある。
新谷にラスト1周のキレがそこまでないことを考えると、昨日の日本選手権や、モスクワ世界選手権(5位入賞)のように、先頭である程度のハイペースで引っ張る戦法の方が上位に入れる確率は高いようにも思えるが、やはりそれでもコーチは東京の暑さを考慮しないわけにはいかないだろう。
ハッサンが5000/10000mの2種目で出場してくるようだと手強いが、基本的にはケニア、エチオピア3人ずつとアメリカ勢3人+新谷、キャン🇹🇷 あたりの12名前後で入賞争いをすることになるだろう。
また、5000mでも五輪代表代表を狙うということなので、ハーフ、10000mに続いての日本記録の更新に期待が集まる。
新谷仁美の強み:ウェイトで筋力強化に成功していることもあり、以前よりもハイペースでペースを刻んでいける強さがある。世界大会での経験が豊富で思い切りが良い。また、ともにロンドン五輪の舞台に立った横田真人コーチに絶対の信頼を置いており、世界を目指すうえでの経験値のシナジーが大きい。
課題:ラスト1周のスパート /
スタート前に泣かないこと(今日の会見で自分でそう言っていた)
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