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“マラソンサブ2:05”のためのトレーニング (レナート・カノーバのトレーニングシステムその①)

2020年のロンドンマラソンが10/4に開催されるが、陸上長距離の面白い統計がある。

2003年パリ世界選手権でキプチョゲは5000m、ベケレは10000m優勝。当時のマラソンの世界記録はハリド・ハヌーシの2:05:38だったが、その後17年間で88人がその記録を上回り、マラソンの世界記録は4分縮まった

それとは対照的に、トラックの5000mの世界記録は今年の8月に“16年ぶり”にやっと更新された(つまり、この16年間で1人しか上回っていない)。

なぜ、マラソンの世界記録は88人が上回ったのに、トラックは1人しか上回れなかったのだろうか?

同じようなことは日本人選手でも見られる。

※(この記事は2020年10月当時の記事です)

1987年に中山竹通が記録した10000mの27:35.33は、その後の33年でわずか3人の日本人しか上回っていないが、当時のマラソンの日本記録の2:08:15(中山竹通の記録)は2020年10月までに31人が上回り、日本記録は2分16秒も更新された

箱根駅伝や、出雲駅伝、全日本大学駅伝では区間新が続出しており、記録会では5000m13分台や10000m28分台が続出しているが、一方では日本人学生の10000m27分台が毎年出るわけでもなく、5000mの日本学生記録は13年間更新されていない。

話を戻すと、マラソンでサブ2:05を達成した選手に共通していることは、そのほとんどの選手(というかコーチが)がレナート・カノーバのトレーニングシステムを採用しているということが挙がる。

カノーバシステムの原理原則は、多くのサブ2:05のマラソン選手のメニューに影響を与えている(ケニアやエチオピアのコーチの多くが彼のトレーニングシステムの影響を受けている)ということに今回は注目してみる。

マラソンサブ2:05の達成者数

2020年10月3日時点で、歴代で55人がサブ2:05を達成している。

🇰🇪 ケニア人:20人(トップ:E. キプチョゲ 2:01:39)
🇪🇹 エチオピア人:32人(トップ:K. ベケレ 2:01:41)
🇹🇷 トルコ(K. オズビレン)2:04:16(欧州記録)
🇧🇪 ベルギー(B. アブディ)2:04:49(欧州歴代2位)
🇧🇭 バーレーン(E. エルアバシ)2:04:43(アジア記録)

この55人のうち、
・全員が高地で生まれ育ち、今も高地で生活し、高地で練習している。
・22人がヴェイパーフライ(2017年以降)着用によるものであった。

とはいえ、2000年代から2016年にかけてサブ2:05を達成した33人のうち、ほとんどの東アフリカ人選手がカノーバシステムの影響を受けていると言われている。

コーチカノーバから直接指導を受けた選手も多いが(ベケレも一時はカノーバの指導を受けた1人である)、エチオピアの長距離コーチのゲメドゥ・デデフォはこれまで男子で8名のサブ2:05、女子で3名のサブ2:20の選手を輩出。

彼は昔からカノーバシステムのメニューを採用しており、このトレーニングキャンプにかつて所属していたゼーン・ロバートソンも、このトレーニンググループがカノーバシステムの影響を受けているということを私に教えてくれた。


・デデフォコーチが指導してきた有名選手一覧

【男子】
2:03:36 S. レマ(2019年ベルリン3位、2020年東京3位、サブ2:05×4回)
2:03:46 G. アドラ(2017年ベルリン2位=初マラソン世界最高・当時、2019年バレンシア3位、サブ2:05×2回)
2:04:06 T. トラ(2016年リオ五輪10000m銅メダル、2017年ドバイ優勝、ロンドン世界選手権銀メダル、サブ2:05×2回)
2:04:32 T. メコネン(2014年ドバイ優勝=マラソンU20世界記録・初マラソン)
2:04:33 L. ベルハヌ(2015年ドバイ、ボストン優勝、北京世界選手権13位、2016年リオ五輪15位)
2:04:46 M. アイェネウ(2020年セビリア優勝 ※VFネクスト%着用)
2:04:50 G. フェレケ(2012年ロッテルダム2位、ロンドン五輪出場)
2:04:50 D. セフィル(2012年ドバイ2位)
ハーフ59:10 A. ベリフ(10000m26:53、2017年ロンドン世界選手権10位、2019年ドーハ世界選手権5位)

【女子】
2:17:41 W. デゲファ(2017、2020年ドバイ優勝、2019年ボストン優勝、サブ2:20×2回、2:17:41=女子マラソン世界歴代5位)
ほか女子サブ2:20が2名
(以上の選手は男子のレマ、アイェネウを除いて全員がアディダス契約の選手であり、ヴェイパーフライ未着用の記録である)

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↑のデデフォコーチには2018年にケニアとベルリンでたまたまお会いしたことがあるが、ケニア人やエチオピア人コーチは基本的に優しく接していただける。

40年以上の指導経験を持つコーチカノーバは、才能を持つ選手に彼の原則を適用し、マラソンでサブ2:05を出せることを結果で証明してきた(カノーバシステムを採用しているコーチデデフォ然り)。

人類の99.9%以上の人は理想的なトレーニングをしていたとしても、決してマラソンでサブ2:05を達成することはできない。

とはいえ、あなたがカノーバシステムを導入することによって競技レベルや才能に関係なく、もしかしたら競技力を高めることができるかもしれない。多くのサブ2:05を生み出したカノーバシステムの原理原則が以下にある。


【レナート・カノーバのトレーニングシステムの原理原則】
1. トレーニングを始める前にまず、メンタルが1番重要である。シューズやサプリメントなど何かに頼るざるを得ない状態ではなく、まず心が目標に対して達成できると信じていることが前提であり、心身ともにフレッシュで規則正しい生活を送ることが必須。

2. 期分けが進むにつれて、特定の走速度(おもにレースペース)で走るボリューム(量)が増していく(特定の持久力の拡張)。それはつまり、試合に近づくにつれて特異的な練習(レースに近いペースや距離の練習)が増えていくということである。

3. 休息(リカバリー)はトレーニングの一部ということを理解しておく必要がある(高強度練習を積み上げてくためには高い質のリカバリーが欠かせない)。

4. アスリートにとって最も重要なルールの1つは「既に得たものを失ってはいけない」ということ(積み上げていく過程で基本を失ってはいけない)

5. 最高のランナーの競技活動は1年中続き、最も重要な選択は、すべてのシーズンの期間中に高いレベルのトレーニング(いわゆる練習の質の高さ)を維持することである。

6. 近代的なトレーニングの方法論的な指標は、選手のキャリアを通して、高い質のトレーニングの量(ボリューム)を増やすことである(それは“質の低いボリューム”ではなく、また“高い質の短い距離の練習”ではない)


競技に対するメンタリティ(精神性)

カノーバシステムにおいて、練習や競技に臨むにあたって「メンタリティ」、心の持ちようはトレーニングの内容よりも重要である

エリートマラソン選手は皆「100%の力で」とか「できるだけハードに」トレーニングをしていると思っているが、これは心がそう思っているだけであって身体がそう思っているわけではない

適切な環境やトレーニンググループで練習し、優れた指導者の指導を受ければあなたはかなりハードに自分を追い込むことができる。カノーバシステムのトレーニングは非常にハードであり、練習メニューの例を見ていると、その練習をイメージしただけで吐き気が出るようなものもある。

とはいえ、それがカノーバシステムであるが、ここで重要なことは「そのトレーニングをできる」と心の底から信じることにあり、要するに常に前向きに考えることが重要であるということである。


カノーバシステムのトレーニング

カノーバシステムで最も興味深いのは、ある意味でリディアードシステムの対極に進むということである。

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