「マラソン」と「準備」の大切さ
私は陸上競技やランニングに関する記事や書籍は日頃からよく目に通しますが、福岡国際マラソンで優勝した吉田祐也選手のマラソンに対するコメントで共感できる部分があったので紹介します。
こういったコメントからは、その人の競技(この場合はマラソン)に対する姿勢がみてとれます。
吉田選手を指導するGMOインターネットループの花田勝彦監督は「吉田は競技にかける時間が圧倒的に長い」ということをインタビューで述べていますが、これはマラソンに向けてボリュームのある練習を消化するだけでなく、そのための「準備期間の長さ」や「1回1回の練習に対する準備」への入念さを表している言葉です。
マラソンという競技をわずか2回しか経験していない選手がこのようにマラソンという、特に経験や推論が大切な競技を達観していることは吉田選手の強みでもあります。
彼が夏に書き記したnoteを拝見した時も、文章の内容を見るに、インプットすること(書籍や文献を読んで知識や“引き出し”を増やすこと)もアウトプットすること(例えば花田監督とメニューについてディスカッションして“推論”を重ねること)も続けてきたのではないかと感じました。
アップデートとPBを繰り返すGMOというチーム
マラソンだけに限らず、何事においても準備が大切なのはいうまでもないことです。
しかし、オーバートレーニングで故障をしたり、慢性疲労になったりしてしまうのは何故でしょうか。それは、本来その人が改善すべき方向性に向けて適切な準備ができていないから(イメージがうまく掴めていないから)、かもしれません。
本来、レースに向けて準備するはずなのが、いつしか自分のキャパシティを超えて練習してしまう、という人も少なくないかもしれません。
吉田選手のマラソンに対する「準備」の内容は以下に書き記されています。
以下のnoteをみた印象だと、彼は自己分析能力が高く内省できており、かつコーチとの信頼関係を築けていないと以下のようなnoteを書くことは簡単ではない、と感じました。
GMOというチームは、会社のバックアップ体制も素晴らしいと感じているのですが、このチームの特徴は他にもあります。
YouTubeをやっている渡邉利典選手や、Zoomでランニングについてディスカッションを展開する「走る研究室」を共同主宰する近藤秀一選手、そして練習内容をnoteで公開する吉田選手。
彼らはGMOインターネットグループという名前通り、「Web上」でそれぞれが体験してきたことを惜しみなくシェアしています。
コンスタントに発信をするということは、インプットとアウトプットの繰り返しでアップデートを重ねて力を伸ばしていくということに繋がっていきます。
GMOというチームには花田監督も含めてオープンマインドの人が多いように感じていますが、そのようなことも関係してか、実業団チームの中では学生時代からの「PB率」がかなり高いチームではないでしょうか。
2種類の「準備」
本題から少し逸れてしまいましたが、マラソンにおいての準備について、キプチョゲ選手を例にとって以下にみてみましょう。
It’s not important to succeed. It is how you prepare and plan to succeed that is critical. If you prepare well in what you’re doing, success will come and wait for you. / Eliud Kipchoge
「成功」することが重要なのではありません。成功するために、どのような計画を立てて、どんな「準備」をするのかが重要なのです。自分がすべきことに対して適切な準備をすれば「成功」が待っているのです。(インスタグラムの投稿より引用)
私はマラソンに対しての準備には2種類あると思います。
細かくいえば基礎体力、基礎持久力、基礎スピード、筋持久力、特異的持久力(レースペースに対しての持久力)、乳酸処理能力(ペースを落とした時の乳酸再利用能力)、シューズ、その他のギア、補給戦略、バイオメカニクス、食事、リカバリーなど色々と準備(or開発)する要素があるのですが、
1つ目は長期的にみた準備です。期分けも重要ではありますが、どうやって最終目標を達成するために段階的に能力を開発していくか、ということでしょう。
そうすると、年間を通してやっておきたいメニューというものがなんなのか、ということがまず決まってきます。
その1つが吉田選手にとってのロングジョグ(4:00-3:45/kmで120-150分)でしょう。
それをコンスタントにやるという前提で、他のメニュー(40km走などのロングラン、ボリュームのあるインターバル、ボリュームのある変化走)を構築していく必要があります。
4-5年ぶりぐらいに本格的に競技復帰したいと考えている今の私の場合であれば、CVインターバルorファルトレク、15km程度の有酸素ランニング(Steady Run)、ロングラン、ウェイト、これらは必ず週のメニューに入れるようにしています。
そして、これらが消化できる前提にあって(基礎があってこそ)、それ以上の強度の練習に進めるという感じです。
そして、「もう1つの準備」は、1回1回ごとの練習に対する準備です。
ウォーミングアップ、練習の前後で口に入れるもの、メンタルを整えること(練習に対して前向きでいること)、ギア、シューズ、ケア...etc
色々あると思いますが、これらをきちんとやっていれば自ずと競技にかける時間は長くなるでしょう。
この1回1回の練習に対しての準備で印象的なのは、以下のことです。
私は学生時代、10000m29分台の走力がありながらも、合宿の朝練の4:00/kmペースやそれよりも少し速いペースの練習が苦手でした。今思うとその理由は完全に「準備不足」です。
朝練とはいえ、もっと速く起きて、やるべきことをしていればそういうことはなかったのではないかと、今では思っています。
しかし、今現在行っている3:50-3:55/km程度で朝に16-17km程度走る練習では学生時代よりも余裕を持って取り組むことができています。
今朝は気温1℃で体があまり動かないはずですが、この練習を余裕を持ってこなせているのは、事前にわかっていることに対して、前日の夜からきちんと準備しているからです。
学生時代の私の10000mの走力は29分台でしたが、今は32分台です。それでも、今のほうがこのペースの朝練は余裕を持ってこなせているので、いかに準備が大切か、ということを肌で実感しています。
自分で決めたことは自分でやり抜く「グリット」
吉田選手のメニューで、本人が最も重要と位置付けていたロングジョグ120-150分は、ただダラダラ走るのではなく、ペースが4:00-3:45/kmですから適度なペースでの練習です(つまりLSDではありません)。
この練習を他の練習と並行してコンスタントにこなそうと思ったら、人に言われてやるのではなく、とかく「自分で決めてやり抜いた」のではないかと感じます。
花田監督は吉田選手に対して「練習をやめさせるのが私の役割」というコメントをされましたが、指導者は選手が伸ばすべき能力開発において、それぞれの選手に対して1回1回の練習でペース(強度)×ボリューム(量)=負荷の「微調整」をする、いわばアートの部分を担っています。
「グリット」とはやり抜く力のことを言いますが、人に言われてやることよりも、自分で決めてやるということのほうが達成率は高いそうです。
したがって、グリットの高い人は、何故をそれをするのか、何故その準備をするのか、ということをきちんと理解している人が多いのではないでしょうか
私はこの12月から朝練メインの練習に切り替えました。
朝練をメインにするのは人生で初めてのことですが、誰かに言われてやっているわけでなく、自分で考えてそうしようと思い、今は寒い中走っています。
その理由は、朝練メインにして生理学的に自分の体がどう変化するのか、をみてみたいという興味でやっているのですが(それで競技力が高まれば最高ですが)、当然、寝る時間を早くする、という基本的な準備が必要です。
今年はコロナ禍で人に会う機会も少なくなっているので、夜の会食も劇的に減りましたし、今はもう1人での個人練習しかしていません(織田フィールドにもほぼ行かなくなりました)。
もっと自分にフォーカスするために、また朝練をメイン練習にするには逆に今が「チャンス」だと思って踏み切りました。
マラソンは特別な競技
吉田選手の印象的だったフレーズに、「マラソンは能力よりも、抜かりのない準備」とあります。
私の同期に竹澤健介という名選手がいるのですが、彼のエピソードの1つにすごい逸話があります。
2007年(大学3年)で5000mと10000mで日本学生記録を樹立、全カレ5000m優勝、大阪世界選手権出場(10000m12位)、全日本大学駅伝旧2区区間新、国際千葉駅伝5区区間賞(チームも優勝)、箱根3区区間賞。
翌年はチームの主将に就任するも、箱根前から痛めていた箇所の故障と、5月の自転車事故(?)の影響で6月の日本選手権までにまともなポイント練習が数ヶ月一切できずに、北京五輪の代表権をかけて日本選手権5000mにぶっつけ出場。
彼のシーズン初戦が代表権をかけた日本選手権。しかも、練習がほとんどできていない。前年とは対照的なシーズンであったのにも関わらず、竹澤は5000mのラスト150mから猛然なスパートで数人を抜いて見事2位に入ってみせ、その後北京五輪に2種目出場。
このことからわかることは、彼がそれまでに積み上げてきたものが発揮された一方で、数ヶ月ほとんどまともな練習を積んでいなくても日本選手権で2位を獲得したという事実です(彼の走りそのものを見ているとセンスを感じざるを得ないのですが...)。
しかし、これをマラソンに当てはめるとどうでしょうか。
ほぼ数ヶ月まともに練習できていなければ、五輪の代表選考がかかっていたとしてもレース後の消耗を考えるとレースを欠場するでしょう(GMOの一色選手が調整不足でMGCを欠場してまさにそんな感じでした)。
それに、仮に一色選手がMGCに出場していたとしても、良い結果は求めることは難しかったでしょう。それがマラソンという競技の特別さではないかと感じています。
ですから、マラソンという競技に対して、最も重要なのが準備であると言い換えることができます。
かといって、5000mだから入念な準備が必要ではない、ということでもないですが、マラソンで入念な準備が必要であるのは、マラソンを走ったことのある人なら多くの人がそう感じていることでしょう。
そして、マラソンは練習での走行距離だけでなく、準備期間の長さ、1回1回の練習にかける時間の長さが影響しているのかもしれませんが、だからこそ、スタートラインに立ったときにそれまでの練習を回想してみたり、フィニッシュラインで感極まってしまうのだと思います。
私は今後、2022年まではマラソンという競技をしない予定ですが、先日練習の42.2km走で自己新相当の2:38:43で走りました。練習ですから、レースではないので特に調整もしていないのですし、河川敷でひっそりやりました。
1つだけやってきた準備としては半年間週に1回は「ロングラン20-27km(4:00/km前後)を必ずこなす」ということでした。
来年、13年ぶりに本格的に再開したいと思っている3000mSCの復帰に向けて今は中長距離走の基礎作りの一環として毎週ロングランをしています(それが必要だと思っているから毎週消化できるのです)。
そして、42.2kmの練習を走る体の準備が、毎週のロングランで養われていたのだと感じています。ですから、マラソンで重要なのことは、吉田選手がいうように
「マラソンは能力よりも、抜かりのない準備をして、やり残したことはないと思ってスタートラインに立つものだと思っています」
(月刊陸上競技2021年1月号より)
ということでしょう。
私も数年経ったら、そういう気持ちでマラソンのスタートラインに立てたらな、と思っています。
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