ランナーズワールド誌 / アンドリュー・ジョーンズ教授のインタビューから学ぶマラソンのポイント

ランナーズワールド誌のインタビュー記事で、ナイキのbreaking2の運動生理学セクションのリーダーを務めたアンドリュー・ジョーンズ教授(エクセター大学応用生理学教授)の記事が11月に掲載された。

以下に、この記事のポイントをいくつか抜粋して私見を記載する。

ジョーンズ教授は、自身も学生の時に長距離選手であり、17歳の時(1987年)には10kmで30:13のU18英国記録を樹立。その後大学でスポーツ科学について学び運動生理学の博士号を取得。

現在では英国のエクセター大学の応用生理学教授として、これまでに350以上のオリジナルの論文などを発表。以前までは英国陸連のコンサルタントとして従事していた。

また、ポーラ・ラドクリフへのアドバイスを長年行い彼女のマラソン世界記録へのサポートを行った。

エクセター大の名誉博士号を授与されたキプチョゲ(左)と同大学のジョーンズ教授(右)

マラソンは100mや1500m(1マイル)とは違って挑戦できるチャンスが相対的に少ない

マラソンはトップレベルの選手ですら年に2-3回走れるか、という頻度。一方の短距離や中距離は1シーズンにその回数しか試合に出るチャンスがないということは通常考えられない。

ジョーンズ教授の見解では、短距離や中距離の記録(おそらく世界記録)は人間の限界値に近いが、マラソンはまだ伸ばせるポテンシャルがある種目だという。

・マラソンは勝負を意識する時にペースが落ちつく時がある
・「記録を出すことに特化」したのがbreaking2やINOES 1:59


マラソンでピークの年齢を迎えるためには約15年間週に10-12回の練習を継続する必要がある

ラドクリフがマラソンで2:15:25の世界記録を出したのが29歳、キプチョゲが2:01:39の世界記録を出したのが33歳の時。

この2人はともにトラックでも実績を持っており、世界トップクラスの長距離選手として長年過ごしてきたことになる。そのためには、「約15年間週に10-12回の練習を継続する必要がある」とジョーンズ教授。

世界クラスのマラソン選手になるためには、基本的な身体能力、自信とモチベーションといったメンタル面、レースや練習で自分自身を追い込む能力、そして回復や休養といったリカバリーが必要であるとジョーンズ教授はいう。


科学は時に役立つがそれに固執せずに体の状態に応じて練習計画に柔軟性を持つこと

「無理をしてケガをしたり心理的に燃え尽きてしまうよりも、90%の力で長期間トレーニングをした方がいい。それは、自分のトレーニングに勇気と自信を持つことであり、時には手を引くことを意味する」

以下が考慮すべき点
・科学でトレーニング指標を与えるのは良いが、それに固執しすぎず、自分の「感覚」に身を委ねることを大切にする
・常に「100%の練習」をすると心身ともに長持ちしない。マラソンで結果を残していくことを念頭に置けば「90%の練習」を長く継続させていくことが重要
・ラドクリフの例:「疲れている」と体が感じていたら、中途半端に練習するのではなく完全休養するのも重要。1日休んだからといった体が怠けるということはなく、トレーニングとはリカバリーとセットで考える必要性がある
・練習のトレーニング効果を伸ばそうと思ったら、練習内容も大切であるが、練習以外の過ごし方が重要(以下参照)


練習とリラックスタイムのメリハリが重要

breaking2の練習視察でキプチョゲのキャンプを訪れたジョーンズ教授は、ハードな練習をしている選手たちが、それ以外の時間でとてもリラックスしている、ということに気づいた、という。

ケニアのトレーニングキャンプではエージェントと契約しているクラスの選手になれば、練習時間以外の使い方を競技のためにフル活用しているといえる。

例えば、キャンプでは朝練でのメイン練習を終えて、みんなで朝食、ゲームやスマホタイム、読書などのリラックスタイム、昼食、昼寝、夕方のイージージョグといった流れで、リラックスしている時間の長さが特徴的。

これは、朝練でメイン練習を終わらすことによって、精神的な負担を1日中持ち込まないという点では、私も同意できる(だから今私は朝練をメイン練習にしている)。

精神的な負担という意味では、プロランナー(ここでの意味は24時間競技に時間を避けるような人たち)と市民ランナーとの違いはリカバリーの質の差にある。

だから、市民ランナーが良い練習パートナーや良いコーチを持っていても、プロランナーに劣ってしまうのは、リカバリーに時間やお金をかける限度がある、ということである。

「良いリカバリーがあるから、良いトレーニングが積み重ねられる」、と考えれば、練習とリカバリーがセットになってトレーニングが成立すると考えることができる。

そういった点では、合宿のメリットは、昼寝の時間を多く取れるなど、普段の学生生活よりも多くのリカバリー時間を取れる、ということである。


トラック選手は高強度練習やウェイトで高重量を持ち上げることも重要だが、マラソン選手はそれよりもランニングエコノミーが重要

マラソン選手はウェイトで高重量を持ち上げたり、設定の速いインターバルやレペをするよりかは、ランニングエコノミーを高めることが重要だとジョーンズ教授はいう。

確かに、彼が指導していたラドクリフはトラックで活躍していた時から、マラソンに移行するにあたって、VO2Maxはあまり変化していなかったが、ランニングエコノミーの改善が顕著であったそうだ。

そのためには、プライオメトリックトレーニングを積極的に活用することに触れている。また、ウェイトトレーニング自体は有効であるが、あくまで本練習の支障にならない程度で行うことを推奨している。

【ウェイトトレーニング/筋トレの頻度】
ラドクリフ:週2-3回
キプチョゲ:マラソン2-3ヶ月前まで。それ以降はあまりやらない。

インスタグラムの投稿でキプチョゲは基礎構築期では筋トレが特に重要であると述べている。ある程度そこで体を作ってから、強度や負荷を次第に上げていく、というところか。


東アフリカの長距離選手は日頃から起伏を多く走っており、それは日頃から常に「レジスタンストレーニング」をしているということである

キプチョゲがマラソン前の2-3ヶ月ではあまり筋トレを行っていないからといって、あなたがそれを真似するのは違うもしれない。

彼らが普段走っているケニアの高地は当然起伏に富んでいる。つまり、普段から上半身、下半身の様々な筋肉を使いながらトレーニングを継続しており、フラットコースで練習を積み重ねるよりも負荷は当然高い。

よって、自然と筋トレをしている状況を日常的に作り出しているようなものである。

このようなことを考えると、高地に住んで長距離走の練習をするということは、血液の状態を生理学的に良い方向にシフトさせるという目的だけでなく、着地衝撃の少ない不整地の起伏のあるコースで走り込むことのメリットをもたらしてくれる。

だから、あなたがもし本気で長距離が速くなりたいのであれば、そしてリモートワークが許すのであれば、トレイルランナーのように山の近くに移住するということも1つの手である(トレイルの技術練習を積み重ねるのではなく、起伏のあるところでそれなりのペースで走るということである)


何事も重要なことはself-belief(それができると信じていること)

セルフエフィカシー(自己効力感)が高い人とは、「高い自信」を持ち、目標を遂行する可能性が高いという傾向にある。

つまり、日頃から目標に対して「できる」と信じていることが重要である。

これは東アフリカの選手たちの強さの要因の1つであり、なぜそうなるかというと、ケニアもエチオピアもウガンダも普段から成功を手にした選手(先輩)たちと一緒に練習をしているということが挙がる。

これは日本の名門校にも見られることであり、先輩の練習風景を見て、後輩は学ぶ。そして、先輩と同じような練習をすれば「いつか自分も強くなれる」とイメージすることで具体的なイメージを持てるということがある。

もし、あなたが今よりも強くなりたかったら、自分よりも強い人と練習して、その人が普段どういうことをやっているかを観察して、それが自分にもできるな、とイメージできたら、そこからが真のスタート地点でもある。

どんな目標であってもそれを「達成できる」と本気で信じていることが重要。

"NO HUMAN IS LIMITED"とはキプチョゲの言葉であるが、これはいわば心理学の世界の話である。一方、ジョーンズ教授が専門とする運動生理学では、時に「人間の限界値」というものに関して考察を繰り返していく学問である。

これについてジョーンズ教授は、

「夢を見る大志を持ち、それに応じて準備すれば期待以上の成果を得ることができるということには同意する」とインタビューで述べている。


マラソン中の高糖質補給のススメ

ウルトラランナーや、サブ3やエリートレベルでないレベルのランナーは脂肪をエネルギー源としたトレーニングをすべきだが、マラソンでエリートレベルになろうと思ったら、終盤までできるだけ糖質をエネルギー源として利用する方法が良い。

そこで、レース中の高糖質ジェルやドリンクの補給は非常に重要となる。

のどの渇きを感じなかったり、最初の1時間でエネルギーが溢れていると感じていてもそこで糖質を補給することが重要。そこで補給を怠るとレースの後半に痛い目に合うことがある、とジョーンズ教授は述べる。

「エリートレベルでは1時間あたり60~70g、非エリートではもう少し少ない量の炭水化物を摂取すれば、マラソンを走りきるのに十分な量の炭水化物を摂取することができるはずです」


人類のマラソン公認レースサブ2は可能である

キプチョゲはINEOS 1:59で非公認ながらもサブ2を達成した後の12月、エクセター大で名誉博士号を取得。その時に、彼はジョーンズ教授に「サブ2はそれほど難しくはなかったし、もっと速く走れたかもしれない」と話したそうだ。

そのようなことから、ジョーンズ教授はマラソンの公認レースでもサブ2が見れる日は来ると考えている。

それがキプチョゲなのか、または世界ハーフで活躍したウガンダの選手なのか(J. キプリモ)、ハーフで世界新を出したケニアの選手なのか(K. カンディエ)わからないが、今後も確実にマラソンの世界記録は短縮されていき、サブ2を見れる日が来るだろう。


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