忘れられないあの味
「〇〇(お店)に行きたい」ではなく「〇〇(お店)の△△(料理)が食べたい」と思う時がある。それはどこにでもあるようで、そこでしか食べられない味。今回は1年間の鮨屋巡りで出会った記憶に残った料理をいくつか紹介しようと思う。
・煮鮑(松野寿司/椎名町)
5000円で夜のおまかせが食べられる松野寿司は安いからと言って一切手を抜くことはない。「ちょっと高くなってしまってもいいですか」と聞かれて出されたこの煮鮑。こんなに分厚いのにシャリとしっかり混ぜ合わさる柔らかさと同時に貝らしい弾力も持つ。ミルキーな味わいは"あわび"の高貴な響きを裏切らない完璧な均衡を保っていた。
・垢穢(鮨まるふく/西荻窪)
熟成鮨をやっている鮨屋では白身のパフォーマンスが気になる。垢穢(クエ)は元々筋肉質な魚なので、熟成による食感の変化が分かりやすく感じられた。一通り鮨を食べ歩いた人は挑戦してみてほしい食感と、「熟成香」という概念が待っている。
・秋刀魚(冨所/新橋)
2021年はあまり秋刀魚と出会えなかった。そのフラストレーションを一貫でひっくり返したのが冨所。美しい皮目から感じられる脂、青魚らしさを持ちつつも個性を放つ秋刀魚の香りに思わず目を見開いた。秋という概念が味と香りに形を変えて私の中に飛び込んできた。
・干瓢巻き(いしまる/大宮)
一見すると何の変哲もない干瓢巻きだが、これは合法なのか?と思わせる中毒性を秘めている。その正体は中に忍ばせた木の芽(山椒の若葉)の香り。中里親方が京都で食探訪をしていた際に着想を得たそう。中毒性のある"ハッパ"入りの干瓢巻きは別名「ガンジャ巻き」。親方は気さくだが強面なので、いつか本当のガンジャを巻いてくる日もそう遠くない。
・かっぱ巻き(鮨乃すけ/浦和)
まるで胡瓜から芯を取り出すかの勢いで桂向きをし、それを千切りにすることで実現するこの細かさ。分かる人は分かると思うが、今年ミシュラン1つ星を獲得した鮨龍次郎(さらに言えば海味)をリスペクトした一品。箱崎親方は龍次郎の親方を「龍ちゃん」と呼ぶほど仲が良い。
・プリン巻き(鮨由う/六本木)
甘辛く煮付けたあん肝とシャリを混ぜ、胡瓜と一緒に海苔で巻いた一品。プリン体(魚卵やレバー系に多く、痛風の原因になる)が多いことから名付けられ、商標登録もしてある。よく見るスタイルだが、この量と奈良漬けではなく胡瓜を巻く店は他にない。「本日一番の撮影ポイントです!」と半強制的に撮影タイムが始めるのもここの恒例行事。