5年日記
2015年から2019年の間、5年日記をつけていた。
きっかけは当時ポッドキャストで聞いていた経営コンサルタントの方の番組内でその方がもう何年も続けていると話されたことだった。
僕の買った5年日記は、一日分の枠は小さかった。一言二言を残すような形。
買った当初、一年目はそれなりに続いていたが、だんだん書かない日が増え、気が付けば机の上にただ置かれ、誇りをかぶっていた。
やっぱり、続かない・・・
ちょっと自己嫌悪にも陥った。
毎日、人知れず、自分のための日記を書き続けること。
これが出来る人は尊敬する。
そして、今コツコツ書いているnote。
初めの投稿は一年半前。約540日前とする。現在の投稿数が113。
だいたい5日に一更新という計算だ。
特に7月に入ってからはあまり日が空かなくなった。
5年日記が続かなくて、noteが続く理由。
それは明らか・・・
日々読んでくれる人がいるということ。
リアクションがあるということ。
自分のありのままの表現を受け止めてくれて、リアクションをくれる。
それがこんなに嬉しいことなのか。
noteをするまでもFacebookはやっていた。Facebookは主に実名で、知った人同士でやる近況報告。それももちろんリアクションがあるけど、ここは情報交換の場。
日記のような自分を振り返る場所に自分はならなかった。
noteの読者さんはほとんどが知らない人。知らない人に文字や写真で自分を表現する。
そこにリアクションをしてもらえる。
気が付けば、そこの面白さに嵌っていた。
それが承認欲求か?と言われれば、僕の場合そうは思わない。
承認してほしい欲求から書いているわけではないと思う。
まず、書くことが楽しいし、自分の精神の活動となっている。
そして、書くことで自分の中にある漠然としたもやもやの中から、確かなものを浮かび上がらせる。
そういった精神活動の中で、他者の中に自分を見るということが起きる。
それは、例えば他の人の投稿を見たりしたときに、感じる共感や違和感、それを発信しまたフィードバック。
このような循環が起こる。
やっぱり、自己と他者のフィードバックはこの活動の大きなエンジンなのだ。
あともう一つ、5年日記をつけていたこの期間は二人の子供の子育てが忙しかった期間でもあった。
こどもの成長を残しておけたらという思いもあったが、忙しすぎた・・。
今年辺りから、もう子供は寝たら朝まで起きないし、お風呂も自分たちだけで入ることも出来るようになった。
日記を書く暇もないほどやっぱり、家では忙しかったんだろう。
少しゆとりが出始めたということは、子どもたちが無事成長していることの証。
スカスカの5年日記は逆に言うと、濃密な家庭での時間があった証拠かもしれない。
自分を取り巻く環境、自分と家族や周りの人々。そこで感じたことを書く。
同じ様に他の誰かが経験して書いたことを読み、自分の行動や表現にプラスしていく。
ここに自己と他者の循環が起こる。
5年日記をつけていた頃にはなかった循環だ。
一日に一度はしっかり自分を振り返り、自分の軸を確認する。
その軸を回して描かれる円環。その軸は誰かの円環の集まり。
その重なりが世界を生み出している。
元々は日記は自分のために書くものだったと思うけど、ネットワークの進化やSNSの登場で新しいものとして進化をしている。
空白の多い5年日記を眺めながら、コツコツとnoteを書く日々。
でも、書けなかった5年間の出来事や経験がここに生かされている気がする。
これからそこを埋めていけばいいのだ。