フレームワーク~誤審の境界線~(ケーススタディ編)
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先日、サッカーという競技をルール(競技規則)の側面から構造的に理解することと、普段使いがちな「誤審」という言葉について考察するために、その定義を明らかにするためのフレームワークを記事で紹介しました。
その中で筆者自身が考える「誤審」の定義についても紹介しましたが、客観的事実に対する措置の不備がない限り「誤審」とは見なさないとする筆者の考え方に対し、理屈のうえでは賛同しても今一つ引っ掛かる印象を抱いた方もいらっしゃると思います。
今回はより具体的な理解を深めるため、サッカーという競技において「誤審」という印象を抱きやすい事象を取り上げ、「誤りであること」を証明するのは意外に難しいという内容で記事を綴りたいと思います。事例として比較的明確な判断が可能な「ペナルティエリア内の接触」を取り上げ、想定しうる4つの判定に対しフレームワークに基づく評価の考え方を検討します。
筆者自身としては持論の展開よりも、前後編でも述べた通り感情的要素も含めて多種多様な意見が構造化されることに重きを置いており、今回述べる見解もあくまで筆者個人の考え方を構造的に可視化したものに過ぎません。ですので、読者の皆様であればどのようにお考えになるかもぜひ頭に浮かべながら読み進めて頂ければ幸いです。
ケーススタディ ~ペナルティエリア内の接触~
まず事例として下記のケースを想定します。
・攻撃側選手Aがドリブルでボールをゴール方向へ運び、守備側GKと1vs1の状況を迎えながらも、斜め後方から守備側選手D1が追いかけている状況
・攻撃側選手Aと追走する守備側選手D1の両者がペナルティエリア内に入った瞬間、守備側選手D1が右手で攻撃側選手Aの左肩を掴むようにして動きをおさえ、直後に攻撃側選手Aがペナルティエリア内で転倒
・転倒した場所は後追いで確認すれば明確にペナルティエリア内とわかるが、瞬間の判断ではエリア内外の判断が難しい位置
・上記3選手以外に守備側選手D2が近くにいたが、攻撃側選手Aが転倒するまで常にゴールから遠い位置で追いかけていた
・攻撃側選手Aのコントロールを離れたボールはそのまま守備側GKのもとに転がり、守備側GKが難なく回収
状況設定はあまり難しく考えなくて大丈夫です。多数の人が「決定的な得点機会の阻止」に該当すると判断するレベルのシーンとして解釈頂ければと思います。
想定される判定とフレームワークの適用
このシーンに対して、審判の判定として想定しうるケースを4種類考えます。如何に「誤審」を証明するかに力点を置いていますので、少し無理な解釈もあるとは思いますがお付き合い頂ければ幸いです。
(判定1) ファウル+D1選手は退場(決定的な得点の機会の阻止&三重罰適用)+PKで再開
恐らく大多数の人がこの判定を支持すると思います。Jリーグジャッジ「リプレイ」(以下、ジャッジリプレイ)で幾度となく紹介されたDOGSOにおいて考慮される状況はすべて満たしており、またボールへのチャレンジも確認できないため、ペナルティエリア内であっても三重罰は従来通り適用されます。
フレームワークを適用すると、まず主観的判断としてファウルの有無(=相手をおさえているか否か)が問われ、同じく主観的判断として退場か否か(=DOGSOに該当するか否か)が問われることとなります。いずれも競技規則から逸脱することのない措置であるため、正しい判定と見なして問題ありません。そしてファウルの位置ですが、これはファウルが成立している場合に条件付きで問われる客観的事実となります。ペナルティエリア内という事実に基づいた措置(=PKで再開)を取っているので、此方も問題ないでしょう。結果、「正しい判定」ということになります。
ここまでの論理展開を少しまどろっこしく感じた方もいらっしゃると思いますが、一つ一つの要素を分解して解釈することは次以降の事例で役に立ちます。順を追って見ていきましょう。
(判定2) ファウル+D1選手は退場(決定的な得点の機会の阻止&三重罰適用)+直接FKで再開
判定1との違いは、ファウルの発生位置をペナルティエリアの外と認識したことで再開方法を直接FKと指示したことです。結論を言えば、この場合は明確に「誤審」と定義できます。
主観的判断は判定1と同じで、特に問題はありません。一方このケースでは、客観的事実としてファウルの位置を誤認しているため、誤認に基づいて進めた措置自体は問題ないのですが(=ルールの適用ミスではない)、そもそもの根拠が誤っていることが事実として証明できるため「誤審」扱いと見なします。
(判定3) ファウル+D1選手は警告(大きなチャンスとなる攻撃を妨害)+PKで再開
判定2は比較的簡単に「誤審」の証明ができましたが、ここからが本題です。判定3では、他の守備側選手D2がカバーに間に合うと判断し、DOGSOにおいて考慮される状況の一つ「守備側競技者の位置と数」に照らし合わせて「決定的な得点の機会」ではなく「大きなチャンスとなる攻撃」と見なしたため、警告扱いとなりました。
・・・いやいやD2間に合わないでしょう、という意見が大多数だと思います(実際事例を挙げている筆者自身も無理な解釈だと思っています)。アセスメントの現場で主審がこのような見解を述べた時、アセッサーや委員会が当該主審に対して下す評価は想像に難くないです。
ただし「誤審」であることの証明となると少し話は変わります。ジャッジリプレイをご覧になった方であればいくつかの事例で心当たりがあるかもしれませんが、DOGSOにおいて考慮される状況はすべて定性判断であり、明確な物理的基準や数値基準は記述されていません。例えば、主審が「D2は極めて俊足だから一般的なケースと同じように考える必要はない」と主張すれば、異なる見解をぶつけることはできても「誤審」と断ずるには根拠を欠くことになります。
結論としては、判定1同様に客観的事実の認識に誤りはなく、主観的判断においても「誤審」という証明はできないため、判定内容は異なりますが判定3も「正しい判定」ということになります。このフレームワークでは「異なる意見を述べること」と、「誤審を証明すること」は別問題として捉えています。
(判定4) ノーファウル(GKがボールを保持した後もプレー続行)
判定3をお読みいただいた方であれば察しているかと思いますが、判定1とは大きく異なるこの判定4も「正しい判定」ということになります。
判定4では主観的判断としてファウルの有無を問われることになりますが、この局面において主審は選手同士の接触は認めつつ、競技規則上の「相手競技者をおさえる」には該当せず、転倒そのものはあくまで偶発的事象という解釈をしています。
相手競技者を躓かせたりチャージしたりする場合においては、主審がノーファウルのシグナルを示しているの見かけることも多いでしょう。今回例に挙げたホールディングでこのケースはなかなかないのですが、それでも主審が「相手競技者をおさえていない」と判断すればファウルの成立要件を満たさなくなります。結果、懲戒罰や再開方法は論点とは成り得ないため、何れの措置を取らなかったことが「正しい判定」になるわけです。
なおこのケースでは事象を単純化するために取り上げませんでしたが、選手Aが意図的に転倒したしてシミュレーションの判定を下す場合も考えられます。これも考え方としては主観的判断に基づきますから、「誤審」の証明は極めて難しくなるでしょう。
まとめ
以上、明らかに支持できる1つの判定(判定1)と、支持し難いが「誤審」と証明できるか否かは分岐する3つの判定(判定2,3,4)を取り上げ、サッカーという競技において「誤審」と断ずることは容易でないことを示してきました。ここまで述べてきた筆者自身、特に判定3,4の評価については強い違和感を覚えていますが、再三申し上げている通り「異なる意見を述べること」と「誤審を証明すること」は分けて考えるのが、このフレームワークの基本方針となります。
もし、判定3や判定4のケースを「誤審」として評価するためには、前編・後編で紹介したフレームワークを組み替える必要があります。フレームワークというより制度設計の一般論となりますが、局所的に基準や論点を変更する場合は、その変更によって他の部分に不整合をもたらさないかを考慮しなければならず、恐らくは難しいだろうと筆者自身は考えます。
ただし、これは筆者が紹介したフレームワークと基準に基づく考え方以外の思考や意見表明を否定するものではありません。前編・後編及び本記事の冒頭でも既に申し上げた通り、サッカーにおいて感情的要素を多分に含んだ意見表明は自然なことと考えていますし、すべての意見表明が議論や合意形成を目的としているわけでないことも念頭に置いたほうが良いでしょう(特にSNSのように表明された意見に対して不特定多数がアクセスできる環境では)。その中で、仮に議論や合意形成を目的としたコミュニケーションの機会があれば、筆者としては具体的な意見のレベルではなく考え方のレベルで突合せをしてみたいと思うと同時に、より納得感の得やすいフレームワークができれば、喜んでそちらに乗っかりたいと考えています。
本記事を通じて、競技規則的側面から見るサッカーの構造的理解についてお役に立つことができれば幸いです。
以上