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創作小説・私立諸越学園芸能科 第3話

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※この作品は2012年に執筆されたものです。

第3話 ネット中時代


SGM海江田、実は干されている?
日刊タイゾー 9/10

 最近、SGM128の海江田弓佳(17)の姿をメディアでめっきり見掛けない。乙ちゃんねるなどのネット上でも、「彼女はなんらかの問題を起こし干されているのだ」と噂されている。

「どうやら素行不良で、SGM運営側から謹慎を言い渡されたようですね」(芸能関係者)

 謹慎とは、どういうことだろうか。

「海江田は、先日のSGM総選挙では26位とメディア選抜常連の上位陣には劣るものの、身長170cm、未公表なものの推定86cmとされる豊満なDカップバストに、色白で黒髪ロングのお嬢様然としたルックスに男性人気が非常に高い。実際、これまでに発売されたソロ写真集やDVDは元メンバー御坂や現センター中谷に継ぐ売り上げです。運営もここで強く推して、さらなる人気アップを目論むのが普通だと思うのですが、現在は少数の雑誌グラビアで見掛けるのみ。謹慎処分とは、ちょっと不思議ですよね。よほど影でヤバい事件でも起こしていたのでしょうか」(アイドル評論家・南川春彦氏)

 ヤバい事件とは? SGMでは昨年末の御坂のスキャンダルがグループ全体を揺るがす大きな話題になっただけに聞き捨てならない。

「ゆみかす(海江田の愛称)は、良く言えばピュアで、悪く言えば天然なんです。深夜ドラマで恋人役として共演したゼニーズ事務所の俳優に本気で惚れ、一時期プライベートで熱心にメールをやり合っていたとか。昨年秋に、公式ブログでプライベートメールとされるものを誤爆してアップした事件がありましたが、その時の相手はP-We/Veの山崎翔ではないかと言われています。ただし、あまりのメールのしつこさに呆れた山崎がゆみかすを見放した(笑)ので交際に発展することはなかったようです。そういう、ちょっとイタいところもゆみかすの濃いヲタにはウケてるんで、はやく復帰してほしいものですね」(SGM結成時からのファン)

 どうも海江田は惚れっぽい性質のようだが……ヤバい写真や動画などの存在はあるのだろうか?

「男に惚れっぽいのは事実。Twitterでも、イケメン俳優と公開でまるでチャットのような赤裸々なリプライをやり合っていたことがありました。このように隙があり、ガードが非常に緩いので、逆にヤバい写真などは存在しないのではと言われています。現在のネット社会なら、実在するなら既に流出してるだろうということです。今回の謹慎処分は、トラブルを事前に予防するための運営側の教育的指導という形のようですね」(芸能関係者)

 ナイスバディを誇る海江田弓佳。旬が過ぎないうちに彼女の肢体をもっと見たいものだが……

(文責・古田暴)

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 海江田弓佳[うみえだ ゆみか]は携帯を3台所有している。そのうち1台が所属事務所から渡された仕事用のスマートフォンで、残り2台のうち片方は最新のスマートフォン。これは、主にネット閲覧に使う。そして残り1台のフィーチャーフォン。3年前に発売されたモデルで、ところどころ痛んでいて使い込まれた様子が窺える、年季の入った携帯だ。友人とのメールのやり取りなどでは、主にこれを使用している。いわゆるガラケー(ガラパゴスケータイ)と言われるフィーチャーフォンでの文字入力に慣れた弓佳にとって、タッチパネルでの操作は煩わしかったのだ。ゆえに、プライベートでは今でも、この型番落ちのガラケーを愛用している。

「またネットのニュースで嘘書かれたぁ。腹立つなぁ~」

 そう呟いたものの、弓佳のアニメのような間延びした幼い声では腹が立っているようには聞こえない。仕事が無いので 、最近は学校にはそれなりに真面目に通っているのだが、特に勉強する意欲もあるわけではなく、もっぱらスマートフォンでネットを見ながら、ガラケーで友人とメールしてダラダラ過ごすのが日課になっていた。放課後になったら、構内カフェの『アフタースクール(芸能科生徒専用)』に行って、後輩の可愛い生徒でも物色しようかな。例えば、ゼニーズ事務所所属のコとか——


「どうした~。なんか、あったん?」

 ——などと考えていたら、元ゼニーズ所属のクラスメート・杜田守男が話し掛けてきた。

「あのねぇ、またネットのニュースに嘘書かれちゃったあー」

「ふーん、そっか。どーせタイゾーだろ? あすこ、ネットのテキトーなネタ拾って記事デッチ上げるとこだから、あんま気にすることないぜ?」

 同性からは間違いなく敬遠されるであろう、思いっきり媚びて甘えた声で杜田の問いに答えるも、 返ってきたリアクションは平静そのもの。爽やかな笑顔で弓佳を励ました杜田は、そのまま飄々[ひょうひょう]と自分の席に戻っていった。まもなく、朝のHRが始まる。

「Hey! Say! Shock!てカンジ……」

 惚れっぽいと巷で言われる弓佳ではあるが、さすがに杜田が自分に対してさほど気がないことは理解できた。弓佳渾身の媚び媚び攻撃には、大抵の男たちが動揺するからである。 それを、意に介することもなく華麗にスルーしたのである。既に契約解除されたとはいえ、ゼニーズトップの人気を誇った男にはかなわないと感じた。

「もしかして、ネットに書かれたとおり杜田くんてホモなんじゃ……あそこの事務所の社長がガチだって聞くし、杉田くんも微レ存?」

微レ存……「微粒子レベルで存在する」の略。乙ちゃんねるのゲイが集まる板やスレにて多用される用語。

 もちろん、ソースはタイゾーてネタになった記事である。



「おはよう諸君! 朝のHRを始めるぞ!」

 教室の扉を豪快に開け、担任の南野が入ってきた。日体大を卒業した、いかにもな体育会系熱血教師で、クラスからは浮いている。

「さあ、出席を取るぞー。みんな元気よく答えてくれよな!」

 開けたままの扉を閉めることもなく、点呼を始めた。

「相澤! ……いない! 秋山! ……いない! 池田!」

「へーい」

「おお! いたか! おまえのコントなかなか面白いな!」

 出席率が低い芸能科だからか、南野は登校してきた生徒に対してわざわざコメントを付ける。弓佳は、自分にもこれをやられると思うとうんざりしてきていた。

「海江田! 海江田! 海江田! ……おかしいなぁ、俺の目には海江田らしき生徒が席に座ってるのが見えるのだが」

 うんざりしながらスマホを眺めてるうちに、自分の番が来ていた。

「はーい。すみませーん。あんまり名字で呼ばれることないんで、気付きませんでしたー」

 媚びたリアクションで、男子生徒受けを狙ってみた。出席しているのは、二桁にも満たない数だったが、概ねニヤニヤした表情をしているのを見ると弓佳の試みは成功のようだ。後方から、とげとげしい鋭い視線のようなものを感じるが、あそこに座っていたのは誰だろう? 確か女子生徒だと思ったが……考えているうちに、妙な事態になっていた。

「センセセンセ、海江田は名前のほうで呼んで欲しいてゆうてんすわ! こら、ある意味海江田の告白ちゃいますか!? センセ、センセの長い冬に春が来るチャンスが来ましたで!」

 現役高校生お笑いコンビ・ホルモンバランスの池田が弓佳をダシに使いネタを始めていたのだった。

「名前で呼んでくれだと! 先生、さすがに照れるな~。ゆ、弓佳! お前の写真集なかなか良かったぞ!」

 濃い顔を真っ赤にして、さらに暑苦しくなった南野だった。

「うわセンセ! 自分のクラスの生徒に欲情しとるわ! あのえろい水着姿がぎょうさん載っとる写真集がよかったゆうとります! 実用性充分とも、絶賛しとります! 完全に欲情しとります! こら教師失格すわ! このオッサン、始業式の挨拶で『自分は聖職者を目指す』とかゆうとったのに、これじゃ『生殖者』ですわ! 弓佳ちゃん、これどう思いまっか? 完全に変態ですよ!?」

「わたしぃ、変態の人と筋肉ムキムキの人は苦手なんですー。ごめんなさい」

 弓佳の、わりと率直な感想であった。

「センセ、残念! 速攻でフラれおったーっ! 変態で暑苦しい筋肉バカは嫌いなんやと!」

「ちょっと、池田くん。わたし、バカとかウザったいとかは別に言ってないしぃ」

 これも、わりと素直な意見であったが、教室中がどっと湧いた。

「弓佳さん、あなた内心の声出てますから! センセが変態で筋肉バカで、それがーウザい! 実にウザい! と思っとったゆうことっすから!」

「あー。はははは」

「弓佳さん苦笑い! いや~女のひとは怖いですね! センセも、安易に生徒に手を出してはあきまへんなー」

 突然のアドリブコントにもオチが付いた。散々イジり倒され涙目の南野であったが、その表情はどこか嬉しそうであった。形はどうあれ、生徒との触れ合いを重視する教師。それが南野であった。



「……衛藤! ……いない! 神沢! ……いない! 久米田! ……いない!」

 相変わらず欠席者は多い。みんな忙しいんだな、と弓佳は思う。自分なりに与えられた仕事は一生懸命やってきたつもりだったが、マネージャーや運営スタッフからは怒られてばかりのうえに、しまいには謹慎を言い渡されてしまった。杜田や池田のような、いかにも芸能人らしいオーラを持った人間を見てると、自分には才能がないのではないかとも思い始めていた。

「五反田! ……いない! 桜井! ……いない!」

「そうだぁ~」

 悩んだときは、いつも優しい声で励ましてくれる「あの人」にメールしてみよう。悩み事なら、いくつかある。弓佳は、スマホでTwitterのタイムラインを眺めながら、ガラケーのメール機能を立ち上げる。

「悩み事いち、かきかき」

 Twitterを眺めながら、器用に携帯をタイプし文字入力していく弓佳。唐突に顔の左半分が歪む。

「また来てるよ~。このひと」

 スマホの画面には、Twitterで弓佳をフォロワーしているユーザーたちのアカウントが表示されていた。その中のひとりが、弓佳にリプライを返している。

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cyo_fun__yumikas @nico_nico_yumikassss 最近、テレビでなかなか見掛けないので僕は心配です。ネットでは、男とデキてるのがバレて干されてるんじゃないかと言われていますが、僕はゆみかすが潔癖だと信じています!ゆみかすは僕たちファンの恋人ですよね!
3分前
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nico_nico_yumikassss 学校なう。もうすぐテストなんだー。テストってウザいよねえ(涙)なくなっちゃえーと思うけど、ないと単位取れないし……あっ、だれかにノート借りないとなのだ(^_^;)
5分前 cyo_fun__yumikasがリツイート 768人がリツイート
アップ返信・詳細

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「cyo_fun__yumikas」

 「弓佳の超ファン」という意味なのたろうか? 謹慎を言い渡されて以来、執拗に弓佳に対して同内容のツイートをリプライし続けているアカウントである。なんだか薄気味悪いと思った弓佳は、マネージャーに対して「cyo_fun__yumikas」をアクセス禁止などの処分をしてほしいと要望を出したものの、「誹謗中傷的な内容がツイートに含まれていない以上、それは無理」と突っぱねられてしまった。

「だって、このひと絶対ストーカーだって! あっ、それも「あの人」に相談しよう。悩み事に、かきかきと」

 頼りになる「あの人」なら、なんだって解決してくれるに違いない。あとは、3つ目の悩み事だが、これは「あの人」に頼むのは不可能なお願いだった。

「……杉田! ……杉田! いないのか? おかしいな、あの杉田が欠席だなんて! あの入学以来、無遅刻無欠席を貫く杉田が無断欠席なんて考えられない! きっと通学電車が人身事故かなんかで、遅れているんだ! うん、そうに違いない。杉田は保留! ……瀬戸! いない!」

 第3の悩み事は、クラスメートでないと解決することができない。

 なんだかよくわからないが、南野が絶大な信頼を寄せている「杉田」というクラスメート。

 顔も思い出せない彼こそが、適任者なのでないかと弓佳は思うのだった。

第4話に続く。

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