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創作小説・作文  文芸鑑賞 綴方教室①


 もものせっく

         3年2組 寺田まさ子

  今日、学校に行ったら、担任の小林先生がこうふん気味に言いました。
「時は今、エッセイ戦国時代! エッセイがバズれば、本になって印税でもうけることができるんだ。この学校はびんぼう人の子どもばかりだけど、エッセイでいっかく千金のあめりかんどりーむを実現できるんだよ! さあ、みんな、作文王めざして頑張ろうじゃないか! 作文王になって札たばの海を渡ろう!」
 顔をまっ赤にしてしゃべる小林先生のつばがとんできて、教室のいちばんまえに座る赤木くんの顔はたいそう嫌そうでした。わたしのとなりの田中くんは「あいつばっかじゃねえの」と、ゴキブリを見るときのような顔で言いました。しゅういを見回すと、みんながみんな、かんべんしてくれよ、といった顔をしていました。わたしはおなかがすいていたので、はやく給食の時間がくればいいと思っていました。
 そんなみんなの様子もかまわずに、小林先生は続けて言います。
「というわけで、今からみんなに作文を書いてもらう! 作文はね、君たちの生活の中にあった、面白いこと、感動したことなどを思うがままに、あるがままに書いてくれたらよい。読書感想文より、よっぽど簡単だよ。すごい作文ができたら、ドラマ化、映画化するかもしれない! 君たちのびんぼう生活を、橋本環奈が演じてくれるかもしれないんだ!」
 そう言いながら、先生は作文用紙をみんなに配り始めました。
 わたしの前の席の加藤くんは「橋本環奈だったら、じっさい、いじめられてもこうふんしちゃうなあ。「使えねえカス野郎が!あんたはあたしの足の裏でも舐めな!」と言われたら、おれは喜んで舐めるよ! はあ、ぺろぺろぺろ」と、わけのわからないことを言っていました。
 わたしは作文用紙を前にしても、なにを書けばいいのか、さっぱりわからず、時間だけがすぎていきました。悩んでいるわたしの耳には、加藤くんの「ぺろぺろぺろ」という舌なめずりの声がえんえんときこえてきたので、わたしはしんそこキモいと思ってしまいました。そうこうしてるうちにチャイムの音がなり、作文の時間がおわってしまいました。まわりのみんなは、先生のもとに作文を提出してるけど、わたしはまだなにもかけていない。どうしよう、こまったな。
「ん、どうした、寺田はまだ作文が書けていないのか?しょうがないなあ、宿題にしてあげるから、明日までに書いてきておいで。書いてこないと、先生の知り合いのガチロリの人に寺田を紹介しちゃうからな! って、これ冗談だけどな! さいきんはコンプアライアンスやらきびしいから! うっそぴょーん! はっはっは」
 まったく笑えない冗談でしたが、とにかく、明日までに作文を書かないと、先生になにをされるかわかりません。
 今日の給食では、デザート代わりにさくらもちが出ました。葉っぱごとまるごとたいらげるわたしを見て、まわりのみんなは「食い意地がはってる!」とばかにしてきましたが、さくらもちの葉っぱは食べても大丈夫な葉っぱなんだよと教えてあげました。「まじかよ」とみんなは信じていませんでしたが、田中くんは「ドラクエにも薬草とかあるから、そんなかんじかもな」と言ってくれました。田中くんは良いやつです。顔も悪くないです。すると、南雲さんが言いました。「もうすぐひな祭りだけど、別の言い方で「桃のせっく」って言うらしいわよ」南雲さんは、この辺じゃちょっとお金持ちの女の子で、まだ3年生なのに髪はブリーチをしてさらさらの茶色です。田中くんに頭の良いところを見せつけたかったのでしょう。しかし、田中くんはとくにきょうみが無さそうでした。代わりに松本くんが「ホモの絶句?」と、とぼけたことを言い、南雲さんを困らせ、それを見て田中くんは大笑いしていました。

 そうして学校がおわり、わたしは家に帰ってきました。まだ夕方にもならないというのに、おとうさんが家にいました。仕事がないのです。お父さんは個人じぎょう主で、なんでも屋というか修理屋さんみたいなことをしていましたが、この不況なご時世に、お客は全然とれません。しかたがないので、家でぼーっとしているのです。
「お父さん、おなかすいたよ。なにかないの?」
「なーんも、ねえよ! おめえは給食があるからいいじゃねえか」
 そだちざかりのわたしが給食だけでは足りるはずがありません。グーと、おなかがなりました。カップラーメンでも、ないだろうかと台所を探しましたが、ほんとうになにもありません。うちはほんとうにびんぼうなのです。
「あれ、お母さんはどうしたの?」
 お父さんがまともに働かないので、お母さんがたまにパートで働きに出ているのですが、今日は休みだったはずです。
「ゆきは、、、しらねえよ! おれはっ!」
 お父さんはぶっきらぼうに、すこしかなしそうに吐き捨てました。お母さんの名前は、ゆきと呼ぶのです。

 だいぶ暗くなった頃に、お母さんが帰ってきました。
「おかえりー。食べ物、買ってきたよ」
 両手いっぱいに買い物袋をぶら下げて、にこにこと笑っています。お母さんは、ばりばりに化粧をしていて、近づくと香水の匂いがぷーんとします。ディオールのクリスチャンの匂いです。
「まさこには、さくらもちを買ってきたよ! 桃のせっくみたいだからね」
 そうして、割引シールの付いたさくらもちセットをわたしに向かって放り投げるのでした。さくらもちは給食のとき食べたけど、おなかがすいたわたしはかまわずくらいつきました。夢中になって、むしゃむしゃ食べていると、それまでだまっていたお父さんが、ぷるぷるとふるえはじました。そうして、顔を真っ赤にして
「ゆきーー!! おめえ、おめえ、とうとうやりやがったなー!!」
「やりやがったもなにも、あんたが働かないんだからしょうがないじゃないのさ。パパ活、一回で3万ももらえるんだから、ありがたいと思いなさんな」
 きゃば嬢みたいな赤い服を着て、赤いチークに、赤いルージュの全身赤コーデのお母さんと、怒りでからだ中真っ赤にしたお父さんの言い争いが始まりました。言い争いは、いつもの事ですが、今日はとくにお父さんは怒っています。
「おまえ、小学生の子どもがいる身で、一線を超えやがってーーっ! おれは、おれは、くそーーっ!」
 ばちーん! というはげしい音が、家の中に鳴りひびきました。お父さんが、お母さんのほほに平手打ちをかましたのです。どめすていっくばいおれんすのはじまりです。
「ふん、かいしょう無しがっ! くやしかったら、いっちょまえに稼いでみてごらんよ!」
 お母さんも、激しい回しげりをお父さんにくらわしました。「さいたまの女豹、ゆき」と昔はおそれられたのが、お母さんです。お父さんの平手打ちごときには、全くびびりません。
「やったなこらっ!」
「ヘタレがいきがるんじゃないよっ!」
 ばちーん!!
 びたーん!!
 お父さんとお母さんが殴ったりけったりする音が日付けが変わるころまで続きました。
「あんただって寝取られシチュにこうふんしてるんだろう? まさこが生まれる前、あたしが、、、」
「なんだと!? いやなこと思い出させやがって! このあばずれ女がっ!!」
 ぐしゃーーん!!
 どかーーん!!
 お父さんとお母さんがあきもせずに殴りあっているので、わたしはお母さんが買ってきた半額弁当などをまんぞくするまで食べることができました。おなかがいっぱいになり、もう夜もおそくなったので、わたしは自分のふとんの中に入り、寝ることにしました。けんかするほど仲がいい、とどこかで聞いたことがありますし、お父さんとお母さんはあれで大丈夫なのです。
 わたしがひつじを数えはじめたころにも、まだまだお父さんとお母さんの元気な声はきこえてきます。
「おれだって、やるときはやるんだぞ! もものせっくとか言ってたな、どうだ! もものせっくすだー!!」
「あっ、あーーっ!! あんた、なかなかやるじゃないのさ!! もっと激しいのちょうだいよ! もっと! もっとよ!」

 そのあと、ふしぎにお父さんとお母さんの声は聞こえなくなり、かわりにずいぶんと長いあいだぐらぐらと地震がつづいたのです。もしかしたらお父さんとお母さんは地震が怖かったのかもしれません。あんなにはげしいけんかをしていたふたりにも怖いものがあるかと思うと、わたしはなんだかおかしくなってしまいました。

 朝になり、ちゅんちゅんと、家の周りの小鳥たちが鳴く声が聴こえてきたので、わたしは目をさましました。ふとんから出てみると、ふたり寄り添ってすやすやと眠る、お父さんとお母さんのすがたが目にはいりました。やっぱり、ふたりは仲良しなのです。

 学校のじゅんびをしなくちゃと思ったところで、わたしは作文の宿題のことを思い出しました。
「思うがまま、あるがままに書いてくれたらよい」
 そう小林先生は言っていたっけ、と思いつつ、わたしはえんぴつを持ち、作文用紙にむかいました。
 昨日からのことを思い出しながら、一文字一文字、作文用紙に字を書いていると、お父さんたちの寝ごとがきこえてきました。

「……むにゃむにゃ……まさこがひとりでさびしそうだからな……弟をつくってやらないと……」
「……すやすや……あんたにしては……いいかんがえじゃないか……すやすや」

 もものせっく、またの名をひな祭りと言います。わたしの家は、南雲さんとちがってびんぼうだからひな人形はかざれないけど、それでも元気なお父さんとお母さんがいるから幸せです。もしかしたら来年の今ごろは家族が増えているのかもと思うと、楽しみです。


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 このわけのわからない創作物は、昭和初期に発刊され一大ムーブメントを起こした『綴方教室』のオマージュとして執筆しました。文芸鑑賞『綴方教室』シリーズ第一回目として、今回のオマージュ(というかパロディ?)小説。第二回は、『綴方教室』そのものの解説、第三回には、この『綴方教室』を元ネタにした太宰治の小説『千代女』紹介の全三回のシリーズになる予定です。

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