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初夏の健康ランドで

 もう基本的に暑い。
 しかし雨が降ればちょい寒くなり、が、そんな日でも地上のことなんて知らんぬとばかりに、冷風を浴びせてくるメトロの扇風機。そんな温度のアップダウンのためか、先日、風邪をひいてしまった。小学生のときは、1日休んで寝ていれば、翌朝、ダッシュで登校できたが、今では完治までに時間がかかる。けっきょく、1週間ぐらい、鼻がグズグズしていた。


 やはり労働者たるや、体が資本なんだなあと思い、健康ランドに行くことにした。その日は、いつもの入浴に加え、垢すりをすることにした。「しっかり湯に浸かり、肌をふやかしてくださいネ」と受付嬢。その教えを守り、待ち時間の間ずっと湯船に浸かっていた。すっかり熱気でのぼせ、指が干しぶどうのようにふやけてきたあたりで、(((16時からの垢すりのお客様あ~)))という館内アナウンスが入る。
 おお、わたしだ。いったん脱衣場まで戻り、受付嬢から渡された紙トランクスを穿いてから、垢すり部屋へと向かった。


 部屋のドアを開けると、おばさんが立っていた。
 そのおばさんは、西田敏行に似ていた。西田敏行は男性なわけだが、歳をとるとある種のおじさんは、おばさんに近くなっていく傾向がある(また「やる気・元気・いわき」の政治家の井脇ノブ子のような逆のパターンもある)。
 で、その西田のおばさんは、勢い良く「垢すりのお客さん?はじめて?はいじゃあ、まずは、うつ伏せえ~(「どんだけえ~」と同じ調子で)」とまくし立ててきた。わたしは聞こえた指示どおり、施術台に横たわると、「はい、それは、仰向けえ~」と注意されてしまった。そう、わたしは、ときたま「うつ伏せ」と「仰向け」を混同してしまうことがあり(そういう人、結構いるいるのでは?)、このときも逆をやってしまったのだ。

 反転して正しい姿勢になると、おばさんはいきなりわたしの紙トランクスの腿の側面部をビリリと破り出し、手際よくグルっと巻いてそれを尻の割れ目に食い込ませてきた。Tバッグ状態にしたのだ。わたしが「あはっ……」となっていると、こんどはグローブ状の垢すりを装着し、背中を激しくスクラッチし出した。これがDJのときのレコードの気持ちか。わたしは思わずキュキュキューと叫びそうになった。


 それが10分続いたあと、こんどこそ、仰向けになれと言われた。
 態勢を変えるとき、おばさんが「ほらっ、アカっ、見て御覧なさいっ」と言うので、自分の肩を見ると、消しゴムのカスのようなものが無数についていた。気持ち悪ぅ~とまじまじ見ていると、おばさんは「お兄さんね、さっきまでこんなんくっつけて歩いてたんだよお」と何だかヘコむこと言い、わたしをグイと押し仰向けにし、また紙トランクスを破いていった。こんどは、ハイレグスタイルになり、わたしはまるでタッチの南ちゃんのような気分になった。
 また10分ほどスクラッチされ、最後には石鹸をつけてマッサージをしてもらい、垢すりは終了した。おばさんは「じゃ、しっかり湯船に浸かってくださいネ」と言って、垢すり部屋のドアを閉めていった。


 全身がヒリヒリしていて、おそるおそる入湯したのだが、肌の余計なものが落ちたせいか、湯の熱さが体のなかにダイレクトに伝わり気持ちがよい。
 湯船のなかで、周りの音が遠くなるほど恍惚としていたが、さっきから何やら館内アナウンスが同じことを繰り返していることに気が付く。
 (((○番ロッカーご利用のお客様、脱衣場までお越しください)))
 手に巻いたカギを見てみると、それは自分が使用しているロッカーである。

 急いで脱衣場まで行くと、係員と、顔が地味なチャラ系男子がわたしのロッカーの前で待っていた。わたしを見ると、係員が「すいません!この方が館内でメガネを無くされたみたいで……この使っていたロッカーを確認させてもらって良いですか?」と言う。メガネ? そんなものあったか……とロッカーを開けて見てみると、やっぱり無い。
 「あえぇ?」とチャラ系男子。「じゃあオレ、どおしちゃったかなあ?トイレも見たっしょ、車のなかも見たっしょ……あえぇ……?」。係員も一緒に困り、「マッサージ室もご覧になりましたよねえ……ほかはどこか可能性ありますかね……?」。
 しばらく、この2人はロッカーの前であーだこーだやっていたのだが、わたしはどのタイミングで去っていいものか判らず、1人だけフルチン状態でそれを見る形となっていた。ようやくそれに気付いた係員が「あ、ご協力ありがとうございました!」と言い、解放されたが、その間にすっかり湯冷めしてしまった。
 体を気遣い、健康ランドに行ったにも関わらず、またもや温度のアップダウンに晒されてしまったわけである。もはや、温度のアップダウンのない、クソ暑いだけの真夏が待ち遠しい今日この頃である。うぐぐ。


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