精子の個人間取引がネットで増加。精子がほしいとき、どうする?Goする?
それぞれの事情から、いま精子を必要とするとき、どのように精子を入手するのかは個々人が決めることである。
しかし第三者から「正規ルート」で精子を入手できる人はかなり限られている。
例えば子どものいる家庭を築きたいとき、男性パートナーが無精子症の場合や、性的マイノリティ、選択的シングルマザーである場合、第三者から精子提供を受けて出産する方法がある。
ところが、「正規ルート」での精子提供、つまり医療機関で提供精子を用いた人工授精(AID)によって妊娠する方法は、法的に婚姻していることが証明できる無精子症の夫婦だけを対象にしている。
それ以外の夫婦や性的マイノリティ、選択的シングルマザーなどは、基本的には精子の個人間取引によって妊娠する方法しか選択肢がない。
また、正規ルートで精子提供ができる医療機関は、元々全国に12施設しかなかったが、生まれた子どもが精子提供者(精子ドナー)の情報の開示や認知を求めて訴えた場合、子どもへの扶養義務が精子ドナーに生じる可能性を否定できないという懸念によって精子ドナーが減少し、患者の新規受け入れを停止している医療機関もある。
また、そもそも医療機関でのAIDは費用も高く、手続きも面倒で、期間も長い。
こうした背景から、ネット(SNS含む)などでの精子の個人間取引が増えている。
ところが、個人間取引は、精子の扱いによっては衛生面や安全性などが担保されていなかったり、犯罪性を帯びている場合もあり、精子取引でのトラブルも発生している。
こうしたなか、精子提供ができる医療機関で精子ドナーが減少している状況を改善するために、日本国内初となる民間の精子バンク「みらい生命研究所」の運用が始まる。
しかし精子バンク「みらい生命研究所」が提供するのは医療機関だけであり、個人への精子提供は行っていない。
したがって、子どものいる家庭を築きたい人の多くにとっては、引き続き「非正規ルート」での精子提供しか選択肢がない。
本当に子どもをほしい人が子どもを産む手段を柔軟に提供するにはどうすればいいか?
精子の個人間取引に行政はどこまで立ち入るべきか?
精子の個人間取引がネットで増加
子どものいる家庭を築く手段には多くの選択肢がある。
例えば第三者から精子提供を受けて出産する方法がある。
この場合、
(1)医療機関で提供精子を用いた人工授精(AID)によって妊娠する方法(正規ルートでの精子提供)
(2)精子の個人間取引を行い妊娠する方法(非正規ルートでの精子提供)
がある。
しかし正規ルートでの精子提供を受けられるのは、法的に婚姻していることが証明できる「無精子症」の夫婦のみであり、それ以外の夫婦や性的マイノリティ、選択的シングルマザーなどが第三者から精子提供を受けて出産する場合、非正規ルートでの精子提供しか選択肢がない。
また、医療機関で「公式」な精子提供を受けるための治療費も多額であり、治療期間も長く、手続きも多い。
こうしたことから、精子の個人間取引が増えている。
どんなときに第三者から精子提供を受けるか
以下の状況で子どもがほしい場合に、第三者(精子ドナー)からの精子提供が選択肢になる。
・不妊に悩む夫婦(特に男性側に原因)
・性的マイノリティ(レズビアン、無性愛者など)
・選択的シングルマザー(未婚のまま母親になる)
など。選択的シングルマザーというのは、結婚をせずに出産することを選んだ女性で、友人や知人男性の協力を得て、結婚も認知も求めないという条件のもとで妊活することが多い。
第三者から精子提供を受けるときの選択肢
(1)正規ルートでの精子提供
日本産科婦人科学会が作っているガイドライン(PDF)に従って医療機関で、AIDによって妊娠をはかる方法。
■提供のしくみ
・登録されている医療機関に行って人工授精の治療(子宮腔内に精子を注入する治療)を受ける。
・提供精子を用いた人工授精の実施は全国で12施設登録されている(「2020年度倫理委員会 登録・調査小委員会報告(2019年分の体外受精・胚移植等の臨床実施成績および2021年7月における登録施設名)別表2(PDF)」)。
■提供ルール
・提供を受けるのは日本の戸籍により法的に婚姻していることが証明できる夫婦のみ。
・原則として夫の精子が無い場合、つまり「無精子症」。
・精子ドナーは心身とも健康で、感染症がなく自己の知る限り遺伝性疾患がなく、匿名。
など。
※これらは日本産科婦人科学会が作っているガイドライン(PDF)による。
■提供方法
・女性側の排卵の時期に合わせて提供者の精子を、医師が子宮腔内に注入する。
・精子の雑菌などを取り除くために洗浄しさらに濃縮してから子宮内に注入する。
・感染の危険性を考慮し、一定期間凍結保存した精子を用いる(ドナーの感染症が後から発覚する場合もあるため)。
■デメリットやリスク
・対象が限られる。日本の戸籍により法的に婚姻していることが証明できる夫婦しか提供を受けることができない。
・何回も医療機関に通う必要がある。
・手続きが複雑である。
・治療費が高い。妊娠するまでの費用は数十万円以上にもなる。
(2)非規ルートでの精子提供
精子の個人間取引を行う。
■提供のしくみ
・友人知人から提供を受けるケースや、精子ドナーと提供希望者をつなぐマッチングサイトやSNSなど、インターネットによるケースがある。
・精子ドナーはプロフィールを掲載。希望者が条件に合う精子ドナーを選び、直接連絡を取り合って提供方法を決める。
・精子ドナーの多くは無償やボランティアの個人。
■提供ルール
定められているルールはなく、マッチングサイトは独自ルールを設定しているものがある。
・精子ドナーは心身ともに健康で、性病などの罹患なく性病検査の診断書が提出できること。
・精子ドナーは遺伝病等の子供への影響があるとみなされる病気がないこと。
・精子提供後の相手へのコンタクトをしないこと。
など。
■提供方法
・シリンジ法: 精子ドナーから渡された精子を、シリンジ(針のない注射器のようなもの)を使って、女性自身が腟内に注入する方法。
・タイミングを合わせる方法: 妊娠しやすい最適な日時に精子ドナーと性交渉を持つ方法。
なお、「タイミング法」という用語は、妊娠しやすい最適な日時に性交渉を持つタイミングを、医師が指導することで妊娠を目指す方法のことであり、ここでいう、医師によらずに「タイミングを合わせる方法」とは異なる。
■デメリットやリスク
・提供に合意した精子ドナーから精子を受け取るとき、本当にその人のものかどうか証明できない。
・妻が夫の同意なく精子ドナー(第三者)から提供を受けて出産した場合、生まれた子と夫、精子ドナーの関係や権利義務など不明な点が多い。
・感染症や遺伝疾患などの懸念がぬぐえない。
精子の個人間取引でのトラブル
精子の個人間取引が増えたことで、扱いによっては衛生面や安全性などが担保されていなかったり、犯罪性を帯びている場合もあり、精子取引でのトラブルも発生している。
2021年12月、SNSで知り合った男性から性交渉によって精子提供を受け、子を出産した東京都内の30代の既婚女性が、男性が国籍や学歴を偽ったことで精神的苦痛を受けたとして、約3億3,000万円の損害賠償を求め、東京地裁に提訴した。
女性は、この男性は京都大学卒の独身の日本国籍であると信じていたが、実際は地方国立大学卒業の既婚者である中国籍の男性であったというものだとされている。
生まれた子どもは現在、児童福祉施設に預けられているという。
この事案に対してはネット上でさまざまな意見が述べられている。
AIDを手がける医療機関の減少
精子ドナーが少なくなっており、精子の確保が難しいことから、AIDによって妊娠する方法を手がける医療機関は減ってきている。
元々全国に12施設しかなかったが、生まれた子どもが精子提供者(精子ドナー)の情報の開示や認知を求めて訴えた場合、裁判所から開示を命じられる可能性があり、子どもへの扶養義務が精子ドナーに生じる可能性を否定できないという懸念によって、精子ドナーが減少し、国内全体のAIDの半数を占めていた慶應義塾大学病院など、患者の新規受け入れを停止している医療機関もある。
こうした動きは、海外で子どもが遺伝上の親の情報(出自)を知る権利を認める国がある状況を踏まえてのことでもある。
精子バンク
このような状況から、日本国内初となる民間の精子バンク「みらい生命研究所」の運用が始まる。
しかし、この精子バンクが提供するのは医療機関であり、個人への精子提供は行っていない。
※ただし、外国の精子バンクでは個人への精子提供を行っているものがあり、日本国内からでも利用できる。
したがって、夫婦であっても事情によって夫の精子を望まない場合や提供されない場合、また、性的マイノリティや選択的シングルマザーなど、子どものいる家庭を築きたい人の多くにとっては、引き続き非正規ルートでの精子提供しか選択肢がない。
※ただし、日本産科婦人科学会が作っているガイドラインに従わず、法律婚の夫婦以外にもAIDを行う医療機関もある。
法的な親子関係
国会議員が自ら発議した法律(議員立法)によって、人工授精により出生した子の親子関係に関する民法の規律の特例(特例法)が定められている。
2000年12月に「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」が成立し、生殖補助医療に「人工授精」も含まれるとしたうえで、以下のように定めている(「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律の成立について」法務省)。
・妻が、夫の同意を得て、夫以外の男性の精子を用いた生殖補助医療により懐胎した子については、夫は、その子が嫡出であることを否認することができない。
つまりこれは、あくまでも正規ルートでの精子提供を受けられる、法的に婚姻していることが証明できる「無精子症」の夫婦の場合の特例法であり、それ以外の夫婦や性的マイノリティ、選択的シングルマザーなどが第三者から精子提供を受けて出産する場合の法的な親子関係については規定がない。
こうしたことから、法制度の議論を進めたことを「長年手つかずであった不妊治療関連法制の第一歩」と評価する声が多い一方で、日本弁護士連合会からは「意義に乏しい」とも評価されている(「「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(案)」に対する会長声明」2020年11月)。
ただし、この特例法の附則で、以下に関してはおおむね2年を目途に検討し、その結果に基づいて法制上の措置等が講ぜられるものとするとされている。
1. 生殖補助医療およびその提供に関する規制のあり方
2. 生殖補助医療に用いられる精子、卵子または胚の提供またはあっせんに関する規制のあり方
3. 生殖補助医療の提供を受けた者、精子または卵子の提供者および生殖補助医療により生まれた子に関する情報の保存・管理、開示等に関する制度のあり方(いわゆる「出自を知る権利」)
上述の「精子の個人間取引でのトラブル」は、まさに、「2. 生殖補助医療に用いられる精子、卵子または胚の提供またはあっせんに関する規制のあり方」が法律によって定められていないなかで起きている。
本当に子どもをほしい人が子どもを産む手段を柔軟に提供するにはどうすればいいか?
精子の個人間取引に行政はどこまで立ち入るべきか?
選択肢の中で一番急ぐべきだと思うものを一択で答えてほしい。