相手の太ももに10分顔を挟まないと出られない部屋

すらん
というわけで書きました。本当は1000字程度の超軽い感じで書くつもりだったのにこんなに長くなってキレました。


　わたしは壁に刻まれた魔女のものらしき文字を前に、唖然として立ち尽くしていた。来ている服は魔法少女になっているときのもの。わたしから少し離れた場所には、同じく魔法少女姿のやちよ。床の上に座ってこっちを無言で眺めてる。

　見渡す限りの打ちっぱなしのコンクリート壁。天井も同じように一面コンクリートの灰色で、まったく外が見えなくて息苦しさを感じさせる。床だけはなぜかつきたてのお餅みたいに真っ白で柔らかい。人を監禁するための部屋にしては、床のセンスがよくわからない。それに、出口と思われる扉もない。このアンバランスさは、確かに魔女のものなのかもしれない。

　そして、何より壁の文字。わたしはなぜかその文字を読むことができた。隠れた才能が開花したのか、この空間内でだけ起きていることなのか。そんなのは別にどっちでもよかった。そんなことよりも、書いてある内容のほうがよっぽど問題だった。


相手の太ももに10分顔を挟まないと出られない部屋


「鶴乃」

　やちよが立ち上がって、こっちにツカツカと歩いてきた。その表情はなんというか……決意に満ちた感じのもの。いや、なんの決意を固めたの？　この部屋とか、あとあの文字は何？　わたしは困惑して、やちよと壁の文字を交互に見るしかできない。やちよはわたしを床に押し倒して、自分も覆い被さってきた。床はベッドみたいにわたしを受け入れた。ベッドみたいにっていうか、これ本当にベッドな気がする。すっごく大きな。

「するわよ」

　する。何を。多分壁の文字のことを。……10分間、相手の太ももに顔を挟む。……え、いや、ちょっと。

　今からわたし、好きな人に、そんなことを、するかされるか、するの？

「ちょ、ちょっとやちよ待って！　待って待って待って！」

　わたしはやちよの顔を押して遠ざけた。「何よ」とやちよは不服そうに上体を起こす。わたしのお腹辺りにしっかりと乗っかって、マウントポジションは崩さないまま。

「何よじゃなくて！　やちよはどうしてこの状況を受け入れてるのさ！」

「だって、そうしないと出られないし……」

「出られるかもしれないじゃん！」

「いいえ、無理よ。ここはそういう結界だから。私はかつて同じような結界にみふゆと捕らわれたわ。ここに来るまで忘れていたけど……」

　やちよは過去を思い出すように遠い目をした。

「その時も、太ももに顔を挟まないと出られなかったの？」

　恐る恐る聞いてみる。やちよとみふゆが昔そういう関係だったのは知ってるし、そこを気にしても仕方ないのはわかってるけど……。

　やちよは首を横に振った。内心安堵しながら、「じゃあ何をしたの？」と尋ねる。やちよは目を閉じ、暫く押し黙った。

「さあ、するわよ」

「待って待って待って待って！」

　明らかに話逸らした！　そんなに言えないようなことしたの！？　わたしはじたばたと暴れて、押さえつけにくるやちよに抵抗した。

「イヤイヤ言わないの。あれが見えるでしょう」

　やちよは壁を指差す。この部屋の目的が記された魔女文字の横、そこにも少し小さな魔女文字が彫られていた。その魔女文字は1秒ごとに形を変えている。多分、時計？

「私が目覚めたとき、あれは80分を示していた。あなたが起きてから動き始めて、今は75分。時間がないのよ」

「あと75分もあるじゃん！」

「捉え方の問題ね」

「なんで今日そんなに強引なの！？」

「だって恥ずかしいじゃない」

　やちよは照れに頬を赤らめたりすることもなく、しれっとした表情だった。

「考えてもみなさい。人を自分の太ももに挟むなんて恥ずかしいじゃない」

「当たり前だよ！」

「だから先手を取ろうとしてるだけよ。わかった？」

「わかったけどわかんない！」

「わがままね……」

　やちよはため息を吐いた。なんでそんな自分が被害者みたいな態度が取れるの。

「じゃあ選ばせてあげる」

　やちよはわたしの上から退いた。意外だった。てっきりこのまま押し切られるものだと思っていたから。……もしそうなっても、やちよししょーのすることだからとか考えて、結局受け入れてたんだろうなあ。わたし、やちよに弱いなあ。

「私の太ももに顔を挟むか。私の顔を太ももに挟むか。あなたが決めていいわ」

　なんだか、究極の選択を迫られてる気がする。

　身体を起こしながら考える。まず、わたしの太ももに、やちよの顔を挟む。やちよが10分間、私の脚の間で呼吸している。……むり、むりむりむり！

　じゃあ、やちよの太ももに、わたしの顔を挟む？　10分間じっとして、やちよの太ももの間で、両頬に触れる熱とかなんて全然気になりませんよって顔をして、呼吸を乱さずにいないといけない？　……そっちもむり！

「まだ決まらないの？」

　やちよが訝しむようにわたしを覗き込む。そろそろ痺れを切らして、また押し倒して来るかも。わたしは残り時間を見た。70分。他の脱出方法を探そうっていう提案は、さっきやちよに否定されたばかり。それに、かつてやちよとみふゆで探しても見つからなかったってことは、わたしたちでまた探しても同じ結果になる可能性が高い。やっぱり、どっちかを選ばなくちゃいけない。恥ずかしさを耐えるか、興奮を耐えるか。

　それにしても、どうしてやちよはあんなに余裕そうなんだろう。わたしばっかり慌ててる。どっちになっても恥ずかしくないのかな。……わたしのこと、なんとも思ってないからなのかな。

「……うん。決めた。やちよの太ももに、わたしの顔を挟む」

「そう。師匠に恥ずかしい思いをさせたいわけね」

　こういうときだけ自分のことをししょーって言うのはずるいと思う。

「ほら、早く横になって！」

「はいはい」

　やちよは布団みたいな床の上に右側を下に寝転がって、右脚の内ももを差し出してきた。スリットがはだけて、左脚がほとんど丸見えになる。床に負けないくらい白い肌。もうちょっとで脚の付け根まで見えてしまいそう。

　わ、わ。心臓がドキドキする。ここから抜け出すために仕方ないのに、まるでいけないことをしてる気分になってくる。いや、多分いけないことではあるんだけど、でもこれは仕方なくて。仕方ないけど、いけないことをしてる気がして。

　思考がループしてる気がする、このままじゃいつまで経ってもこの部屋から出られない。わたしは覚悟を決めてやちよの太ももの上に足を乗せた。やちよのお腹が視界に広がる。魔法少女服の生地薄いなぁ、こんな近くまで寄ると奥まで透けちゃいそう。

「ちょっと、こっち向くの！？」

　その時、やちよの慌てた声が聞こえた。わたし何か間違えた！？

「あっち向けばいいじゃない！」

　あ、そ、そっか！

　なんだかとんでもない間違いをしちゃった気がする。わたしは反対側を向きながら、顔の熱さを自覚する。やちよの左足が、躊躇うようにゆっくりと、わたしの顔に乗せられた。わたしの顔はやちよの太ももに挟まれた。

　視界の端で、魔女文字のタイマーがひとつ新しく現れた。多分10分を計るためのものだと思う。あのタイマーがゼロを示すまで、わたしはこうしてないといけないんだ。

「重くない？」

「う、ううん！」

　正直に言えば、いくらやちよほど細くてもやっぱりそれなりに重い。でも、そんなのは些細な問題でしかない。顔に触れる熱とか、後ろから香ってくるやちよの匂いとかのほうが、よっぽど問題。心臓が破裂しそうだったし、ちょっと幸せを感じてるわたし自身がすっごく嫌になった。ヘンタイにはなりたくない。

「あと10分、お互いに頑張りましょう」

「う、ん」

　声が上擦らないように、慎重に返事をする。でもやちよには見抜かれてたみたいで、クスクスと笑う声が聞こえた。

「緊張しすぎよ。私のほうが恥ずかしいのよ？」

「そ、そうだけど！」

　わたしが緊張してるのは、まあ恥ずかしいからなのもあるけど、それだけじゃなくって！　……というか、さっきからすっごく余裕そうなのに、本当にやちよは恥ずかしいのかな。

　無駄に集中して、周囲に気を払ってみる。すると、それらしき証拠はすぐに見つかった。証拠は顔の両脇にあった。やちよの太ももは、うっすら汗をかいてしっとりとしていた。ふんふんと匂いを嗅いでみると、確かにちょっと汗っぽい匂いもする。

「ちょっと」

　突然降ってきた刺すような声に、びくりと肩が跳ねる。

「今匂い嗅いでなかった？」

「な、ない！　してない！」

　バレたらもうやちよと顔合わせられない。みかづき荘にも行けなくなるかも。それどころか、ももこに知れたら学校にも行けないし、フェリシアに知れたら万々歳にすらいられない……わたしの居場所がなくなっちゃう！

　わたしはブンブンと首を振ろうとした。「ちょっと、動かないで！」とやちよが脚の力を強くする。痛い、すごく痛い、頭蓋骨割れちゃうから！　バチバチとやちよの太ももを叩くと、脚の力を緩めてくれた。この姿勢、変なことしたらわたしの命も危ないんだなあ。ちょっと落ち着いた頭でそんなことを思った。

　…………。

　3分が経った。

　今のわたしの眼前には広大な宇宙が広がっていた。星々の光を眺めている内に、わたしの自我も拡散していく。拡散した自我はそれぞれが光の粒となって、新たな星になっていく……。

「鶴乃？」

「はいっっ！！」

　やちよの声に、意識は一気に現実に戻ってきた。視界に広がる光景は代わり映えしない灰色の壁と、白い床と、やちよの太もも。

「なんだか正気を失ってたように見えたんだけど……大丈夫？」

「大丈夫です！」

「大丈夫じゃなさそうね」

　やちよの呆れたような声が聞こえる。正気なのは本当だったし、むしろ正気を保つためにしてたことなのに。やちよの太ももの感触から意識を逸らして、広大な宇宙と一体化することで、こんな状況なんてなんにも気にならなくする作戦。でも、やちよが不安になるなら、やめておこうかな。

　…………。

　5分が経った。

「いい加減慣れてきたわね」

「えっ！？」

　やちよの言葉に驚愕する。わたしなんてまだ全然慣れてないし、ドキドキして仕方ないのに。

「だって、太ももの間に異物があるだけじゃない」

　異物扱いされた。

「それに、もし相手が知らない人だったら、少なからず警戒はするけど……鶴乃だもの」

　やちよの声は優しかった。わたしのことを信頼してくれてる。嬉しい反面、ちょっとだけ不満にも思う。だって、わたしがなんにもしないと思ってる。多分、わたしが煩悶してる理由を、単に恥ずかしいからだと思ってる。やちよだから、こんなになってるのに。

「……ふん！」

「きゃっ！？」

　私はやちよの太ももに息を吹きかけた。建前はちょっとした悪戯心。本音は全然気付いてくれない憂さ晴らし。

「何するの！」

「いたい！」

　やちよのげんこつが脳天に落とされる。もうちょっと優しくしてくれてもいいんだよ、ししょー。

　…………。

　8分が経った。

「あと2分ね」

「うん」

　あと2分。あと少しでこの拷問みたいな時間も終わる。やちよししょーとはもっと、こんなヘンタイっぽい感じじゃなくて、健全にくっつきたい。

　……でも、多分この部屋から出たら、こんなことできる機会二度と来ないだろうなあ。もし同じ部屋に閉じ込められたとしても、今度は出る条件が違うかもしれないし。今だけなんだ、こんなことできるの。

　そう考えると、段々この太ももの感触から離れるのが惜しくなってきた。……こんなの、完全にヘンタイじゃん！　だめだめ！　わたしは健全に最強を目指すんだから！　……この状況自体は完全に不健全だけど。

『大丈夫だよ、今だけなんだから。我慢するのは良くないってみんなに言われたの、覚えてるでしょ』

　頭の中で悪魔が囁いてくる。確かに我慢しなくていいって言われたけど、あれはみんなに頼っていいってことで、ヘンタイになってもいいって意味じゃないから！　というかみんなとの大切な記憶をこんなことに使わないで！

『ずっと我慢するの？　ここにはみふゆもいろはちゃんもいないんだよ？』

　……いない、けど。やちよに対する裏切りはしたくない。

『気付かれなければ大丈夫だよ。それに、気付かれてもやちよならきっと許してくれる。やちよは優しいもん。もっと気楽になろうよ』

　…………。

　そう、かも。糸が限界まで張り詰めて、それを一気に切られてウワサになっちゃったんだから。ここで健全であろうとする糸をピンと張ったら、いつか切れた時に反動で大変なことになっちゃうかもしれない。ここでちょっとだけ緩めて、ちょっとだけヘンタイになったほうが、いいのかも。

　わたしは目を閉じて、まず両側の感触に集中した。やちよの太ももは心配になるくらい細いけど、日々トレーニングしてるから、しっかり筋肉がついてる。わたしは強くなるためなら筋肉で太くなってもいいけど、やちよはモデルだから細いほうがいいらしい。心配になっちゃうから、もうちょっと全体的に太くなってほしいんだけどな。食べても太らない体質らしいから、万々歳フルコースも全然効果なかったけど。

　次に、匂いを嗅いだ。さっきみたいにバレないように、もっと慎重に。……ちょっと汗ばんでたり、いつものやちよの匂いがするくらいで、至って普通だった。これならいつも抱きついてるときのほうが匂いあるし、ふざけてやちよの首筋に鼻を埋めたときのほうがもっとある。……っていうことは、もしかしてわたし、普段からヘンタイっぽいことしてるってこと？

　違う、そんなわけない。理論が飛躍してる。落ち着かないと。普段のは単にふざけてるだけで、全然ヘンタイっぽいことをしようとか、そういうのは考えてないわけで。だからなんにも問題ないはず！　……でも、首筋に鼻を埋めて、匂いを嗅いだのも事実。やっぱりわたし、意識してなかっただけで、既にヘンタイだったの？　やちよにはどう思われてたんだろう。内心相変わらずヘンタイねとか思われてたりした？　もう目合わせられない！

「や……やちよ……」

「どうかした？　あら、あと10秒」

「やちよししょーは……わたしがヘンタイでも、今までと変わらずししょーでいてくれる……？」

　やちよの困惑が伝わってくる。いきなりこんなこと聞かれたら、そうなるのが自然だと思う。でもわたしにとっては死活問題。

　やちよが何かを答える前に、視界の端の時間表記がゼロになった。天井いっぱいに「OMEDETO!」と魔女文字が浮かび上がって、部屋全体が白く染まっていく。待って、まだやちよの答え聞いてない……ししょー……。


◆◆◆◆◆


　目を覚ますと、わたしはベッドの上にいた。

　考えてみれば……というか、考えてみなくても当たり前。わたしは昨夜みかづき荘に泊まって、やちよの部屋で一緒に寝たんだから。

　なんだろう、すごい変な夢を見てた気がする。なんていうか……なんかしないと出られない部屋……なんかってなんだったっけ……？　あとやちよもいて……何かしたような……。

「んん……」

　隣でもぞもぞと動く気配がした。見れば、やちよが目を覚ますところだった。

「……つるの？」

「おはよ、ししょー！」

「……おはよう……相変わらず、朝から頭に響くわね……」

　やちよは起き上がったけど、俯いたまま動かなかった。何かを考え込んでいるみたい。

「どうかしたの？」

「夢を見てた気がして……鶴乃がいたような気がするのよ」

「あーっ！　わたしの夢にもししょー出てきた！」

「もうちょっと声抑えて……」

　やちよが頭を押さえた。やちよは別に低血圧ってわけじゃないけど、起き抜けにわたしのテンションは辛いらしい。

　でも、テンション上がらずにはいられない。だって、わたしの夢にやちよが出てきて、やちよの夢にもわたしが出てきた。それってなんだかすっごく、運命って感じがする！

「やちよー！」

　居ても立ってもいられなくなって、わたしはやちよに抱きついた。やちよはもう諦めたのか、わたしにされるがままだった。やちよのパジャマは裾が長いから、太ももは見えない。……太もも？　なんでそんなこと考えたんだろう。

「あぁ……ひとつ言おうとしてたこと思い出したわ」

「なになに？」

　わたしはちょっとだけ身体を離した。やちよはわたしの目を見て、言った。

「あなたがどうでも、私はあなたのししょーよ。……なんでこんなこと言おうと思ったのかしら」

「…………！　やっちよししょー！」

　わたしは勢いのままに更に密着する。ほっぺたをめちゃくちゃに擦り付ける。体温が、匂いが伝わってくる。もっと感じたいな。

　……あれ、なんか。さっきといい、今といい。変な思考ばっかり浮かんでくる。これじゃまるで、わたし。

　ヘンタイみたい。

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