「はぁ……失敗しました」「何が失敗なワケ?」「あっ」
時系列は鶴乃たちが洗脳されてからウワサになるまでの間です
2018/6/9 みふゆからアリナへの呼称ミス修正(アリナさん→アリナ)
ワタシは入り口を見ました。そこにいるのはこのアトリエの所有者、アリナ・グレイ。アリナは訝しむようにワタシを睨みつけています。
「い、いやですね。気のせいじゃないですか?」
アリナの表情は険しいままです。ワタシは自覚できるくらい空々しい笑みを作りながら、こめかみに冷や汗が流れるのを感じました。
マギウスの意思で実行した計画。上層部が成功だと思っているのにワタシが私情で失敗だったと思っていると露見したら、マギウスの翼内部を深く知りすぎたワタシは地位どころか命さえ危うくなるでしょう。
どうすればこの状況を切り抜けられるのでしょう? そもそもどうしてあんな独り言を言ってしまったのでしょう? なんでこんな状況に……! ワタシは自分自身を呪いながら、思考を加速させました。
◆
ワタシは悲しんでいました。現在のマギウスの翼のやり方に。魔法少女の解放……その理念はとても素晴らしいもののはずなのに、マギウスの御三方はその過激な手段に欠片も疑問を抱いていません。
ですが、それについて文句を言うことはできませんでした。どれだけ抵抗しようと最期は必ず絶望を迎える魔法少女の人生を、綺麗事で終わらせることなく変えられるのは、マギウスの翼だけです。それに、その組織に所属している時点で、ワタシも同罪です。
……それでも、先日の御三方(その場にいたのは二人だけでしたが)の言動は目に余るものでした。よりによって、鶴乃さんに人殺しをさせようだなんて。
ワタシは洗脳される前の鶴乃さんをよく知っています。やっちゃんといた時間に比べれば遥かに短いものですが、それでも同じチームに所属して、仲間として戦っていたんですから。だからこそ自信を持って言えます。鶴乃さんが人殺しなんてできるはずがないって。もしできたとしても……その後の人生、ずっと後悔し続けて希望を抱くことなんてなくなってしまうでしょう。
今、ワタシはアトリエでアリナを待っています。フールガールさん(かりんさん、というご友人のことらしいです)がしつこいから少し遅れる、とのことでした。部屋の中には所狭しと作品が置かれていますが……その全てがワタシのような常人には理解し難いものです。
アリナ……彼女がマギウスのトップに立っている理由を、正直ワタシはわかりかねています。魔法少女の救済なんて、一見まったく興味がなさそうに思えます。狂気とも思える芸術への執着の裏で、彼女もまた救いを求めているのでしょうか。そんな人が、果たして鶴乃さんに人殺しを命じ、ウワサにする計画を立てたりするでしょうか。
「鶴乃さん……」
ワタシは無意識に呻きました。元はといえば、ワタシが洗脳してしまったせいで鶴乃さんは自分の意志を取り上げられて、マギウスの翼の命令ならなんでも聞くようになってしまったんです。アリナに責任を求めるのはお門違いなんでしょう。
それでも、せめて普通にお話ができるくらいの自我は残しておいてほしかったです。それさえ可能なら……。
「やっちゃんの最近の話も聞けたのに……」
ワタシはため息をつきました。ワタシに慢性的に起きている問題、それは「やっちゃん不足」でした。
ワタシがマギウスの翼に入るまでは、やっちゃん不足になることなんてありませんでした。なぜならいつも隣にはやっちゃんがいたからです。会えなくて寂しい日があっても、一週間以内には必ず会うことができました。
なのに今では不用意な接触は許されず、それどころかいろはさんにワタシのポジションを奪われている始末。同居していることを考えると、もしかしたらワタシよりも近くにいるのではないでしょうか。どうしてワタシはあの時同居していなかったのでしょう……そうすればもっと傍に……いえ、やめておきましょう。
ともかく、ワタシはやっちゃん不足でした。周りにはやっちゃんについて語れる人はおらず、そもそも今は敵なので裏切りを疑われてしまいます。それに……時々、とても不本意ですが、重い女という評価が耳に入るので、それを助長するような行為はできませんでした。
しかし、鶴乃さんとやっちゃんについて語るのであれば、それは敵情視察なので文句を言われる筋合いはありません。完璧な計画というほかありません。惜しむらくは、鶴乃さんがそれどころではないということですが。
ああ、もし鶴乃さんをやっちゃん大好きという感じに洗脳していれば。今頃やっちゃんトークで盛り上がっていたのでしょう。あわよくば洗脳されていないのを装ってみかづき荘から誘拐してきてくれたかもしれません。もう輝きと後悔しか思い出せません。ああ……どうして……。こんなことなら鶴乃さんはやっちゃん大好きって感じに洗脳しておけば……。
「はぁ……失敗しました」
「何が失敗なワケ?」
「あっ」
◆
…………。
「まあ、別にいいんですケド」
アリナはワタシから視線を外しました。ワタシはこっそり安堵の息を吐きました。こんなことで裏切りと判断されてマギウスの翼を追放されてはたまりません。ただでさえ、灯花とねむからは疑りの視線を向けられているというのに。
「それで、今日はどんなポーズを取ればいいんですか?」
「んー……」
アリナは何も言わず定位置の椅子に座ると、案外普通の見た目をしたバッグの中から雑誌を取り出して読み始めました。意外でした。アート以外のものを優先したところもそうですが、あまり雑誌のような世俗のものには興味を持っていない印象でしたから。
「何を読んでいるんですか?」
ワタシはそう言って近付こうとしました。すると、アリナがこちらを見ました。その視線は、射抜くように鋭いものでした。そこから動くなと言うかのように。ワタシは咄嗟に足を止めました。
「別に。フールガールに勧められたから仕方なく読んでるだけなんですケド」
アリナは一瞬だけ読んでいるページをこちらに向けました。油断すれば見逃してしまいそうなほど一瞬でしたが、ワタシの目にそれは焼き付きました。見間違えるはずがありません。そのページに写っていたのは、やっちゃんでした。
「っ……!」
ワタシは駆け出しそうになるのをすんでのところでこらえました。アリナの探るような視線は依然としてこちらを向いていたからです。
「どうかしたワケ?」
「……いえ。かりんさんと仲が良いんですね」
「あっちが勝手に絡んできてるだけなんですケド。ほんとメーワク。あのベテランとみふゆのほうがよっぽどだヨネ」
「昔の話です」
かりんさんの話を出して話題を逸らそうとしましたが、あえなく失敗しました。ワタシとやっちゃんの仲が良いのは当然です。トラップだと気付かずに思わず頷きそうになりました。
それにしても、重要なのはやっちゃんの写真です。恐らくあれは夏の装いを先取り、といったものでしょうか。薄着でした。薄着だったんです! やっちゃんのスレンダーで完璧な肢体の輪郭が、惜しげもなく晒されていたんです! 魔法少女衣装も薄着ではありますが、それとこれとは違う趣なんです!
あれほど魅力的なやっちゃんの写真が載った雑誌です。今すぐ買いに行かなければ売り切れてしまうかもしれません。ですが、ここから動くわけにはいきませんでした。アリナはアートの邪魔をされることを嫌います。急用を思い出したと言って今日のアートの時間をナシにすれば、しばらくアリナは機嫌を損ねるでしょう。かと言って、その雑誌を見せて欲しいと頼むこともできません。対価として先ほどの失敗発言を掘り下げられるに決まっています。
ワタシが今できることは、ただこうして耐えるだけ……。大丈夫です。アートが終わるまで待って、ダッシュで雑誌を買いに行けばいいだけです。雑誌名も表紙も何月号かも覚えました。しかしあんなに可愛いやっちゃんを表紙に持ってこないのは編集者のセンスがおかしいとしか思えません。
「ふーん。七海やちよのインタビュー……」
「インタビュー?」
「今年の夏どうしたいかとか、その美貌をどう保ってるのかとか聞かれてるだけ。普通に興味ないヨネ」
「……そう、ですね」
ワタシは声を絞り出しました。興味ないはずがありません。やっちゃんの美貌を保つ秘訣なんて、そんなの特にないって答えるに決まっています。ですが、答えがわかりきっていても、ワタシは答えが知りたいんです! やっちゃんが夏に何をしたいか。何をしたいんですかやっちゃん!
「みふゆ!?」
アリナの慌てた声に、ワタシの意識は現実に戻りました。アリナはワタシの手を取りました。手のひらには赤色が滲んでいました。無意識の内に手を強く握り、爪が食い込んでしまったようです。
「みふゆのパーフェクトな身体は、ちょっとした傷が付くだけでも大きな損失なワケ! 気をつけてほしいんですケド!」
アリナはワタシの両手に不慣れな治癒魔法をかけました。ワタシは微笑んで感謝の意を示しました。
「ありがとうございます、アリナ。気をつけますね」
「そうして。……ところで」
アリナがこちらを見上げました。……凍るような目で。
「何を考えてたワケ?」
ワタシは背筋が粟立つのを感じました。見透かされているのでしょうか。いえ、そんなはずはありません。やっちゃんからも「みふゆって考えてること結構わかりやすいわよね」って評判でしたから。……あれ? ……きっと幼馴染だからでしょう。
「そうですね……魔法少女の真実を知りながら、未だに呑気にモデルを続けていると思うと……少し、許せなくて」
「ふーん……」
実際にはモデルを続けていることに対しては何も思っていません。それどころかやっちゃんの強さに感嘆しているくらいです。やっちゃんが出ている雑誌は必ず買うくらいには。写真集とか出さないんでしょうか。
「ま、いいや」
アリナは踵を返すと、定位置に戻りました。そして椅子に乗せた雑誌を無造作に放り捨てました。ワタシは何も反応しないように努力しました。
「……あ、違う」
ふと、アリナは思い直したように雑誌を拾い上げて、やっちゃんのページを開きました。そして、そのページをワタシに向けました。
「ちょうどいいカラ、今日のポーズはこれ!」
そのページのやっちゃんが取っていたのは、手を後ろで組んだ清楚で可愛いやっちゃんにぴったりなポーズでした。ワタシが同じポーズを取ったとして、この写真の魅力の3割も出せないでしょう。とはいえ、オーダーに逆らうわけにはいきません。ワタシは可能な限りやっちゃんと似たポーズを作りました。アリナは狂喜乱舞、といった様子でデッサンを始めます。
「アハッ、サイッコー! やっぱり七海やちよの貧相なカラダより、みふゆのカラダのほうが100倍映えるってワケ!」
「……ありがとうございます」
そんなわけありません!! やっちゃんのほうが10000倍映えます!!! と言うわけには当然いかず、ワタシはただ黙ってそのポーズを取り続けました。
その責め苦が終わったのは数時間経った後でした。アリナはブラッシュアップをしたいらしく、ワタシは一人でアトリエを出ました。そして、すぐに書店に走りました。魔法少女の脚力を使うことを厭わずに。こういう時だけは魔法少女になってよかったと思います。一番良かったのはやっちゃんと幼馴染になれたことですが。
書店に入ると、目当ての雑誌はすぐに見つかりました。ワタシは周囲の人達に高揚を気取られないよう、あくまで偶然定期購読している雑誌があったからという振る舞いで、雑誌に手を伸ばしました。
すると、同時に手を伸ばしたらしき人と指をぶつけてしまいました。
「「あっ、ごめんなさい!」」
反射的に手を引くタイミング、果ては謝罪すら同時でした。相手の声には聞き覚えがありました。あまり聞きたくない声でした。どうか予想が外れていてほしいと願いながらそちらを見やれば、薄い桃色の長髪が目に入りました。願いは叶いませんでした。向こうもこちらに気付いたようで、目を見開いていました。
「みふゆさん……!」
「……いろはさん」
ワタシの受難はもう少し続きそうでした。早くやっちゃんを静かに見させてください。
pixiv版→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9635784
Photo by Ian Espinosa on Unsplash
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