レゾリューション・オブ・ビトレイヤーズ #5
#1はありません 。逆に#5しかありません。
結菜さんはもうひかると一緒にバイクに乗って突然現れる謎の魔法少女枠になるしかないよねって話をしたかっただけなのに意外と長くなったの何事?
完全に深夜テンションで書いたのでなんか恥ずかしい
夕方。西の地平線に橙色が沈み、青と紺のグラデーションが自分たちの時間だと主張するように東側から追い立てる。大庭樹里は廃工場の屋上端に腰掛け、ぶらぶら足を揺らしながらその光景を眺めていた。やがて立ち上がり、無造作に飛び降りて着地。工場内に戻る。
ガキン、ガキン、と鉄同士のぶつかり合う音。数十人の同じ装いをした少女たちが、己の得物を手に組み手を行っている。来たる今夜の戦い……八雲みたまの襲撃に備えたウォーミングアップだ。その目は皆怒りに燃え、今にも戦いの地へと赴かんばかり。集団の中に、二人だけ異なる装いの者がいた。さくやとらんか。神浜内のプロミストブラッドの拠点である。樹里は少女たちからはやや離れて歩き、木箱に腰掛ける青髪の少女へと近寄った。
「お前は加わらないのか、次女」
呼びかけられた少女……アオは振り返った。その瞳から魔力の光が薄れる。
「参加してたよー? あの子たちと一緒に」
アオが指差す先、片方の少女がバランスを崩して転び、もう片方の少女が振り下ろしかけたチェーンソーを慌てて止めた。アオは「ごめんねー」と手を振る。
「自分も動かないと、いざッて時に反応できねーぞ」
「そういう危ないのは姉ちゃんが相手してくれるでしょ?」
「ウチは戦力不足だ、お前だって前に出るんだよ」
樹里がアオの乗る木箱を蹴った。「うわ」とアオが慌てて木箱から降りる。
「……らんかたちが密偵やめて戦力として加わったのはいいけど、やっぱり姉さまたちが抜けた穴を埋めるにはちょっと足りないしねえ」
「あいつはもう姉じゃない」
低く言った樹里の瞳は鋭く、目の前ではないどこかを見ていた。アオは悲しげに俯いた。
ある戦いを境に、紅晴結菜と煌里ひかるはプロミストブラッドを抜けた。「先輩の声がまた聞こえるようになった」、そう言い残して。樹里は結菜を殺さなかった。樹里にとって彼女はもはやその価値すらなかった。三姉妹は一人減り、繰り上げで樹里が長女、アオが次女となった。
以来、樹里は結菜たちの話題を出さなくなった。誰かが話題に出せば止めさせるし、機嫌の悪いときはそいつを殴る。身内に対しては甘かった結菜とは対照的に、恐怖と暴力を以て統治する龍ケ崎のやり方だ。皮肉にも、樹里が長女となってからはチーム全体の神浜への憎悪により磨きがかかっている。
「まあいいよ。準備運動不足のせいで情けねーヘマしたら死んだ後も笑ってやる」
「お気遣いありがとー」
「らんか! さくや! 樹里サマの準備運動に付き合え! まとめて来い!」
樹里がらんかたちの方向へと歩いていく。アオは息を吐き、工場の外に出た。今や夕陽は完全に沈み、空は一面の紺に覆われようとしている。アオは壁に背を預け、夜空を見上げる。
ひかるたちは今、どうしているだろう。アオは時々考える。自分たちのもとを去る瞬間の結菜の背中はひどく弱々しくて、今にも倒れてしまいそうだった。それに、そもそもこれ以上生きることを望んでいないようにも見えた。結菜が自死の道を選べば、ひかるはきっとついていくだろう。二木市のために戦い、仲間の死を背負って一時は狂った末に正気を取り戻した少女。願いで手に入れた人のために尽くし、最期まで共にあろうとする少女。
もし、二人がその道を選んだのであれば。たとえ向かう先が地獄であったとしても、せめて最期の瞬間は安らかであってほしい。アオは手を組み、どこにいるとも知れぬ神様に祈った。頬を滴が伝った。
◆◆◆◆◆
海岸沿いに敷かれた果てを見渡せぬほどに長い道路。その中途にある寂れたコンビニエンスストア。その駐車場に、一台の白い大型モーターサイクルが止まっていた。メーター部分は全面液晶になっており、緑色の「STAND BY」という文字が一定の周期で浮かび上がっている。
「大丈夫っすか? 疲れてないっすか?」
缶コーヒー牛乳を飲む少女が尋ねた。少女の小柄さはこのモーターサイクルとは明らかに不釣り合いだが、現所有者は彼女だ。
「私より自分の心配をするべきねぇ。ずっと運転詰めじゃない」
缶コーヒーを飲む少女が答えた。こちらの少女はコーヒー牛乳の少女よりも更に小柄だ。左袖が風にはためく。左腕がないのだ。
「大丈夫っす! 魔法少女っすから!」
「そうねぇ。魔法少女じゃなかったら途中できっと警察に捕まっていたわねぇ」
コーヒーの少女が缶をゴミ箱に捨て、モーターサイクルのボディを撫でた。
「そろそろ行くっすか」
「ええ。神浜ももうすぐねぇ」
「あと一時間もかからないはずっす。……本当にいいんすか」
コーヒー牛乳の少女が同様に缶を捨て、モーターサイクルに跨った。その後ろに片腕の少女が座り、前の少女の腹部に腕を回す。
「それはこっちの台詞よぉ」
「ついていくって決めてるっすから」
「……そう。私も決めたのよぉ」
「……っす。じゃあ行くっすよ!」
モーターサイクルのエンジンがかけられる。液晶の表示が変わり、「HELLO WORLD」と文字が流れた後、電子メーターが表示される。怪物の唸り声じみた音と共に、二人の少女を乗せたモーターサイクルがコンビニエンスストアの光を離れ、頼りない街灯に照らされる道路を走る……神浜へと向けて……!
◆◆◆◆◆
「クッソ!」
樹里が周囲を炎で薙ぎ払う! 群がってくる魔法少女を何人か焼いたが、一人は既に跳んでいた。真上だ! 炎のチャージが間に合わず、樹里はバック転回避! 一瞬後、槍が彼女のいた地面を突き刺した。
「なんで襲撃がバレてやがった……!」
「答える必要はないわね」
槍の主、七海やちよは氷柱めいて返した。樹里は戦場を見渡しながら、苛立ちを募らせる。
調整屋の襲撃は電撃的に行われるはずだった。調整屋は戦力強化の要である、当然神浜マギアユニオンの護衛はあろうが、いても精々2、3人のはず。故に、夜のうちにしめやかに護衛共々八雲みたまを殺す……その手はずだった……!
だが、来てみれば調整屋には厳重な警備、その上襲撃を見越した待ち伏せ。不意を突くはずが、プロミストブラッドはまんまと嵌められたのだ。
「あの角の子はどうしたの? 作戦がずいぶん単調になったんじゃないかしら」
「ハッ……あいつならどこかで野垂れ死んでるだろうよ。それより自分の命の心配をしたらどうだ」
「強がりね。まともにぶつかればあなたたちが戦力で不利なんて、子供でもわかるわ」
「いいや……問題ねえよ」
樹里は獣めいて身を屈めた。口から炎の混じった息を吐く。やちよは警戒し……背中が粟立つのを感じた。
「樹里サマが全員殺す!」
足裏から炎を出しながらロケットスタート! 一瞬でやちよの目の前へ! 首を狩る鉤爪めいた指を、やちよはギリギリ上体を反らして回避、槍の横薙ぎを返す! 樹里は炎をまとった腕で弾き、更に二撃! 一発を弾くが、一発を貰ってしまう!
「くぅっ……!」
やちよは後ずさる、そこへさらなる樹里の追撃! 恐るべき速さ。ひとつ反撃をする度に、ふたつ以上の反撃が来る。やちよは防戦を強いられる! 全盛期の彼女であれば対等に渡り合えただろうが、魔力の弱まった今では……。そんな泣き言を考える暇はやちよにはない。必死に耐えつつ隙を探る。しかし!
「おせぇなァ!」
樹里の拳が痛打! 怯んだ彼女の脇腹を、全力の回し蹴りが打つ! やちよは吹き飛び、背後の魔法少女を巻き込んで地面を転がる。だが、手応えの薄さに樹里は舌打ちした。蹴りを叩き込む寸前、同じ方向に跳んで衝撃を緩和された。
「まあいい、まとめて焼いちまえば……」
……微かに、遠くから地鳴りじみた音がした。樹里の意識は一瞬だけそちらに引き寄せられたが、すぐにやちよたちに集中し直した。……樹里は、音のほうを向いた。呆然とした目で。
「……おい、なんだそりゃ……」
音はだんだんと大きくなる。発信源がこちらに迫ってきている。気付く少女が増え始め、困惑した空気が流れる。なぜか? 接近してくる音の発信源から、魔法少女反応があったからだ。それもふたつ。ヘッドライトの眩さで乗り手は見えない。だが、そんなものを確認せずとも、この反応は明らかだ。白いモーターサイクルはまっすぐ樹里を目指す! 轢殺寸前、樹里は側転回避!
「ふざけんなよ、テメェ!」
モーターサイクルの背を蹴って跳び、真上から降ってきた少女の金棒を、樹里は殴り返した! 少女は反動でクルクルと回転しつつ着地。黄色い和装じみた魔法少女衣装。中身のない左袖。額に生えた黒い角。そして……意志の強さを感じさせる金色の瞳。炎が樹里の手を流れる血を蒸発させた。
「今更、何のつもりで来やがった! 結菜!」
樹里が睨みつける中、結菜はゆっくりと立ち上がり、視線を受け止めた。目の下にあったひどい隈は消え、瞳は復讐に狂う前の光を宿している。
「あなたたちを止めに来たのよぉ、樹里」
「ひかるもいるっす!」
モーターサイクルに乗る騎士めいた魔法少女、煌里ひかるが声を上げた。アオが「ひかる、姉さま」と呟いた。
その場の誰もが結菜たちの動きを注視していた。誰も今の状況がわからず、次に取るべき行動を決めかねているためだ。
「止める……? おいおい、冗談だろ!」
樹里は嘲るように笑ったが、その口角は引きつっている。結菜は無言。
「樹里サマたちを巻き込んで、神浜を巻き込んで、今更やめろ、だと……? なァ結菜、テメェ前よりよっぽど狂ってんじゃねえのか!」
「……どうでしょうねぇ。私はまだ神浜のことも憎いし、二木だって救いたい。その気持ちは前と変わってない。全ての責任を負ってソウルジェムを砕いたほうが良かった……そうも思う。だけどねぇ」
結菜は目を閉じた。そして開き、樹里を深く見据えた。
「憎まず、嫉まず、利己的にならず。何よりも誰かのためであり、世の平和と心の安寧を願い続ける。そのために戻ってくる必要があった」
「……ハ、ハ、ハハ! ハッハハハハハ!」
樹里は笑った。笑いながら仰け反り、全身に炎を循環させた。瞳が赤く輝き、呼吸の炎がより強まる。
「わかんねえな。なんにもわかんねえ。完全におかしくなっちまったみてえだな、姉さん。……おかげで、わかりやすくなったこともある」
「ええ。単純な話よぉ、樹里」
二人の視線が交差した。樹里は牙を剥き出し、ドロリと圧縮された炎を放った! 結菜は横に跳んで回避! 「危ないっす!」射線上のひかるが慌ててモーターサイクルを走らせ、炎を間一髪回避! 鉄をも溶かすまでに圧縮されたその炎を喰らえば、モーターサイクルもただでは済まなかっただろう。
「今度こそ! 殺してやるよ! 樹里サマの炎で! 塵も残さず!」
結菜は回り込み、金棒を繰り出す! 樹里は赤熱する左腕で防ぐ! 炎が触れた先から棘が溶けてゆくため、刺さることはない。樹里は右腕で掴みかかる! 結菜は顔を反らし、ギリギリのところで手を避ける! 後ろ回し蹴りをしつつ距離を取る!
「私はあなたを殺すつもりはないわぁ」
「なら樹里サマが姉さんを殺して終わりだなァ!」
樹里が捨て身めいて猛攻を仕掛ける! 先程やちよを押した速攻の戦術だ! 結菜は金棒で炎の拳を対処するが、やはりガードを潜り抜ける!
「片腕でどうにかできると思ってんのかよ! アンタがいなくなってからも、樹里サマは強くなってんだ!」
「……ッ!」
結菜の目が光った。炎の拳が金棒を殴った。樹里の脇腹を焼かれるような痛みが襲った。樹里は歯を食いしばる。対象変更。金棒のダメージの行き先を変えたか。
「関係、ねえなァ!」
樹里は足払いを繰り出す! 結菜は避けられず、身体が宙に浮く! 樹里は弓を引き絞るかのように拳を構えた。金棒を殴るとダメージが返ってくるのなら、それ以上のダメージを本体に与えればいい。樹里の理論は力任せであり、かつ、正解だ……!
だが、樹里は拳を繰り出さず、後ろに跳んだ。槍が彼女のいた場所を通り過ぎ、青い魔力の残像を残した。結菜は転んだ状態から立ち上がる。樹里を挟み込むように、槍を投擲した魔法少女……七海やちよが着地した。樹里越しに結菜とやちよは剣呑な視線を交わすが、少なくとも今は争っている場合ではないと両者とも理解していた。樹里は身体をわななかせ、全身を巡る炎を吐き出しながら叫んだ。
「あぁ、まとめてかかってこい! 結菜も、馬も、神浜の魔法少女も! まとめて焼き尽くしてやるよ!」
レゾリューション・オブ・ビトレイヤーズ #5終わり #6に続く
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