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ねこみふ 第2部

 朝。神浜市新西区。みかづき荘。

 頭に響く電子音が鳴り響く。ベッド内の青いボーダーパジャマの女がもぞもぞと動き、手を伸ばして音の発信源である携帯端末のボタンを押した。音が鳴り止み、静寂が取り戻される。女はベッドに潜り込んだまま端末に映る時間を確認したあと、窓の外に広がる青空を眩しそうに見上げた。

 その時、にゃあ、とベッドの内側から猫の鳴き声が発せられた。女は……七海やちよは己を強いて掛け布団を剥がしながら起き上がり、昨晩一緒に寝た女の姿を見た。

 それはロシアンブルーの猫だった。銀色の毛並みは朝の陽光を反射して煌めき、細身の身体は高貴さと気高さを感じさせる。猫はブルリと震え、丸くなって目を閉じたままやちよに身体を寄せた。やちよは微笑み、その背中を優しく撫でる。

「ほら、起きる時間よ」

 猫は動かなかった。やちよは少し身体の位置をずらして離れる。すると、猫もまた身体の位置をずらし、やちよにぴったりとくっついた。やちよはもう少し離れた。猫はぴったりとくっついてきた。

「もう……」

 やちよは嬉しさの滲み出るため息を吐き、猫の下に手を回して、そのまま腕の中に抱き上げた。猫はやちよの胸元に甘えるように擦り寄り、眠たげな瞼を開いて顔を上げた。

「おはよう、みふゆ」

 やちよは猫に言った。猫は……みふゆはにゃあと鳴いた。サイドテーブルには指輪、その隣に首輪が置かれている。それぞれにはめられた青い宝石、そして紫の宝石がキラリと光った。


ねこみふ 第二部


 やちよはみふゆを腕に抱いたまま下の階のリビングに行き、絨毯の上に丁寧に下ろした。首元には既に首輪がはめられている。みふゆは眠たげな様子のまま起き上がると、歩いてこたつのほうへと向かい、コードのスイッチを前足で器用に切り替えて電源をつけ、こたつの中に潜り込んだ。

「ほら、ご飯よ」

 餌入れを持ったやちよが戻ってきて、餌入れをこたつからやや離れた場所に置いた。みふゆはこたつから顔だけ出し、やちよを見上げた。どことなく非難がましい表情をしている。

「こたつが汚れちゃうかもしれないでしょ」

 やちよはしれっと言い、洗面所に向かった。みふゆはこたつから抜け出し、餌入れの前まで歩いた。少し考える様子を見せ、餌入れの端っこを噛み、こたつまで引っ張ろうとする。絨毯との摩擦でうまくいかない、下手に動かせば中の餌や水をこぼしてしまうかもしれない。みふゆは諦めて餌入れを離し、カミハマスーパーで買ってきたのであろう猫缶を食べ始めた。

 暫くしてやちよが戻ってきた。手に食器を持っているところを見るに、知らない内に朝食の用意も済ませていたようだった。やちよがこたつに入るのを見計らって、みふゆは餌をそのままにこたつに潜り込んで、太ももの上に乗って毛づくろいを始めた。もはや日常茶飯事であり、やちよも何も言わず朝食を摂り続けた。

「ごちそうさまでした」

 やがて食べ終わり、やちよはこたつの中のみふゆの背中を撫でた。みふゆは意図を察したように太ももから降り、こたつの中心で丸くなった。やちよの脚がこたつの外に消える。みふゆは目を瞑り、じっとしたまま動かなかった。

 暫くそのまま何も起きなかった。眠気が再びぶり返してきた頃、カチリという微かな音と共に、温かいオレンジ色が消えた。みふゆは瞼を開き、こたつの外に出る。そこには着替えを済ませ、バッグを肩にかけたやちよがいた。玄関へと向かうやちよの足元を、みふゆは気品すら感じさせる歩みでついていく。

「大学行ってくるから、お留守番お願いね」

 靴を履いたやちよが振り向いた。みふゆはにゃあと鳴いた。任せろとでも言うように。やちよは屈み、みふゆの頭を撫でると、扉の向こうへと消えていった。カチャリ、と鍵が回される。みふゆはこたつに戻り、温かさの残滓をしばし味わい、グルグル駆け回って運動して、残った餌を食べきって、階段を上がってやちよの部屋に戻った。ベッドの上に飛び乗ると、窓からの柔らかな日差しが当たった。みふゆは丸くなり、少しして眠りについた。

 …………。

 ガチャリ、と玄関ドアの開く音と、数人の女の話し声が聞こえた。みふゆは耳をピンと立てて起き上がる。窓から見る空は既に橙色に染まっている。そんな日もあろう。みふゆはやちよの部屋から出る。リビングに入ってくるのは3人。由比鶴乃、十咎ももこ、そして七海やちよ。

「あっみふゆだー!」

 1階に降りたみふゆにいち早く気付いたのは鶴乃だった。鶴乃は両手を広げ、「こっちにおいでー!」と言いながら駆け込んでくる。みふゆはひらりと足の間をすり抜けて躱し、2人の足元へと逃げ込む。

「みふゆさんが怖がってるだろー」

 ももこが屈み、みふゆの頭を撫でた。みふゆは撫でやすいように頭を差し出す素振りすら見せる。

「なんでわたしには懐いてくれないのー!」

 鶴乃が憤慨する。やちよは2階の自室に向かいながら呆れた目で見下ろす。

「懐いてるわよ、充分ね。乱暴にされたのがトラウマになってるだけよ」

「乱暴になんてしてないよー! ただ、ちょっと可愛すぎて、わしゃわしゃーってしちゃったかもだけど!」

「それだろ……」

 ももこも呆れ顔だ。バッグを置いたやちよが降りてくる。みふゆは撫でてくる手からするりと抜け出して、やちよのほうへと向かう。にゃあとひと鳴きして、今度は玄関へ。

「お散歩ね。ももこ、鶴乃。ちょっと行ってくるわ」

「お留守番は任せて!」

「みふゆさんの留守番より信用出来なそうだ」

「何をー!」

 犬同士の争いを尻目に、みふゆはやちよを連れて外に出た。リードはしていない。着けようとすると液体のような身のこなしで躱され、その後糾弾するような瞳でじっと見てくるのだ。引っ掻いてくるわけではないし、噛み付いてくるわけでもない。ただ凝視されるのだ。それても猫に糾弾されるという罪悪感に、やちよは精神が耐えきれず折れた。

 角を曲がり、2本の十字路を直進。3本目で左へ。みふゆの先導にやちよは黙ってついていく。みふゆはたとえ見失ったとしてもやちよの匂いを辿って戻ってくるであろうほど賢い猫であり、人間によるルート誘導を必要としない。

 一本道を進んでいると、向こうの角から中年の女が現れた。その手にはリードを握っている。リードの先には犬。犬とみふゆがお互いを認識した。

「GRRRR……」

 すると、犬は唸り始めた。威嚇するように。みふゆは構わず進む。

「WOOF! WOOF!」

 数メートルほどの距離に達したとき、犬は吠え始めた。

「ごめんなさいね、可愛い猫ちゃん!」

 女がリードを強く握りながらやちよとみふゆに向かって会釈する。やちよは曖昧に微笑んで会釈を返した。みふゆはまるで相手にしていないかのように犬の横を素通りする。距離が離れた後も、犬は吠え続けていた。

「大丈夫?」

 遠吠えを背後に聞きながら、やちよはみふゆを撫でようと手を伸ばした。しかし、みふゆはその手を避け、やちよを見上げた。『この程度なんでもない』と主張するかのように。

「……そうね」

 やちよは手を引っ込めた。みふゆは踵を返し、再び歩き出そうとして……立ち止まった。みふゆは顔を上げ、鼻をフンフンと鳴らしている。やちよはその行動の意味するところに気付き、ソウルジェムを胸の近くに掲げる。彼女のソウルジェムはまだ反応していない。

 みふゆは鋭い鳴き声を上げ、一本の狭い路地へと駆け出した。やちよは走ってついていく。少しして、やちよのソウルジェムも反応を始めた。

 みふゆとやちよはほぼ同時に立ち止まった。彼女たちの目の前には異界への入り口があった。すなわち、魔女の結界である。みふゆは結界から漏れ出す呪いを、やちよよりも先にその嗅覚で捉えたのだ。

「さすがね、みふゆ」

 やちよは掌を上に向けた。そこに乗せられたソウルジェムが光り、意思を持った水のように彼女の全身を包む。一瞬後、彼女の身体は青い魔法少女服に包まれていた。やちよはみふゆを見下ろす。ぐっ、とみふゆは身体を丸めた。その身体が光に包まれ、猫型の光と化した。そして、光の背中がぱっくりと裂け、そこからやちよと同じ背丈ほどの人間の女が現れる。女は何も身に着けていない。足元の猫型の光が拡散し、女の身体を覆い、灰色の魔法少女服を作り出す。その女の髪は猫とよく似た銀色であり、耳のあった場所が寝癖めいてピンと跳ねている。

「にゃあ!」

 女はやちよに向かって鳴いた。然り、この魔法少女はロシアンブルーのみふゆと同一存在である。変化(へんげ)魔法を使う猫の魔法少女だ。

◆◆◆◆◆

 魔女の結界の中は、倒壊した犬小屋の残骸、何の動物のものかわからぬ骨、側面から棘の飛び出す禍々しきフリスビーなどで煩雑としていた。襲ってくる使い魔もまた目や手足の腐り落ちたゾンビ犬めいた容貌。十中八九、犬に関連した魔女と見て間違いない。

「気味の悪い動物園ね」「にゃ」

 魔法少女たちはそれぞれの獲物で使い魔を殺して進む。彼女たちにとってこの程度の使い魔は、じゃれついてくる子犬と大した違いはない。10分もかからず、結界最深部に突入する。

 彼女たちの想像通り、魔女もまた犬の姿をしていた。使い魔と違うのは、魔女は五体満足であり、大型犬ほどの大きさがあり、全身に呪いの霧をまとっている点だ。魔女は二人を視認し、超自然の波長の唸り声を上げた。

「いつも通り、後ろからお願いね」

「にゃあ」

 みふゆは頷いた。やちよはハルバード構え、魔女を中心に円を描くようにジリジリと接近する。やがて近接戦闘距離になったとき……魔女が動いた!

「VV00F! VV00F!」

 魔女はジグザグに動きながらやちよに接近する。疾い! やちよはハルバードを下から上へ振り上げる! 魔女の身体は真っ二つに切り裂かれる……否!

「っ……!?」

 やちよの脇腹に3本の裂傷が刻まれたが、浅い。直前に身体を反らし、致命傷を回避したのだ。やちよは回し蹴りを繰り出す。魔女はすぐさま跳び離れ、ハルバードの届かない距離へ。

 やちよは脇腹を押さえて止血しながら考える。先程切り裂いたと思ったのは、魔女の残像だった。速度と身にまとう呪いによって分身を可能にしているのだろう。まるで鶴乃に撫でられそうになったときのみふゆのすばしっこさだ。

 敵が分身するならどうすれば良いか。簡単なことだ。やちよはみふゆにテレパシーを送った。了承の鳴き声が返ってきた。やちよは再びじりじりと近づく。魔女は唸りながら待ち構える。……やちよの姿が、ブレた。

 魔女は目を瞬く。やちよの姿は時間が経つほどにブレを増し、今や二人の人間にすら見えた。魔女は怯えるように後ずさった。

 その瞬間を待っていたかのように、二人のやちよが光めいた速度で魔女へ向かって跳んだ。魔女は一瞬の迷いの末、一方のやちよへと右前脚の爪を振り上げた! やちよの身体が紫の雲めいて切り裂かれる。手応えは、ない。魔女の右前脚はハルバードによって失われ、遠くへと飛んでドサリと落ち、呪いと化して消えた。

 魔女が振り向いたときには、既にやちよは再び二人。一方のやちよのハルバード突きを躱し、もう一方の蹴りを胴体に食らう。後者が本体だ。魔女が後ろに跳んで体勢を立て直したときには、巧妙に動くやちよの本体はわからなくなっている。そして、思考を許さぬとでも言うようにやちよは決断的に接近してくる!

 やちよはなぜ分身しているのか。それはみふゆの魔法によるものである。みふゆの使用できる魔法は人間になる変化魔法だけではない。敵の目をくらませ、欺く魔法……幻惑魔法をも使うことができる。魔女は幻惑にかけられており、それゆえにやちよがまるで分身しているかのように誤認してしまうのだ。しかし無敵の戦法ではない。鋭い魔女ならば即座に見抜き、魔力パターンの違いを感じて対応してくる。

「次で終わりよ」

 ゆえにやちよは決着を急ぐ! 魔女は迫り来る二人のやちよを見据える。カラクリにはまだ気付いていないが、時間の問題だ。一方のやちよはハルバードを引き絞り、思い切り突き出した!

 魔女は地面に伏せるようにして躱す! そこへもう一方のやちよのハルバード横薙ぎ! 魔女は瞬間的に跳び上がる! 空中は圧倒的に不利だが、やちよも攻撃の終わりの直後である。攻撃を受けたとしても致命傷は防げるはず……。

 魔女の胴体をハルバードが貫いた。ハルバードを持つのは、二人のやちよのどちらでもないやちよ……三人目のやちよだった。魔女は呪いの血を吐きながらやちよを見下ろした。やちよは青く光る瞳で睨み返した。そこには紫色の光も微かに灯っているように見えた。魔女は畏れを抱きながら爆発四散した。

 結界が崩壊する。魔女の体内から放り出されたグリーフシードは放物線を描いて飛んでいった。みふゆは小さくジャンプしてキャッチすると、見せびらかすようにしながらやちよに向かって駆け出した。

「にゃ!」

 みふゆはグリーフシードと差し出した。獲物を自慢する猫のように。やちよはグリーフシードを受け取ってみふゆの頭を撫でた。

「よしよし。頑張ったわね」「にゃあ!」

 みふゆはやちよの手に頬を擦り付ける。やちよはもう一方の手でグリーフシードをみふゆのソウルジェムに押し当てて浄化した。ひとしきり人の姿で甘えて満足したのか、みふゆは猫の姿に戻った。

「やちよさん!」「ししょー!」

 その時、彼女たちのいる路地裏に声が響いた。その方向を見やれば、ももこと鶴乃が慌てた様子で駆け寄ってくる。結界に入る前、念の為連絡を入れておいたのだ。

「魔女は!?」

 ももこがやちよに尋ね、鶴乃はソウルジェムを取り出して必死に反応を確認しようとしている。

「残念。もう倒したわ」

「えぇっ、もう? アタシら戸締まりしてすぐに駆けつけたつもりだったんだけど……」

 バッドタイミングかぁ、とももこは呟いた。みふゆは誇らしげに彼女たちを見上げている。鶴乃はソウルジェムを指輪状に戻しながらそれに気付いた。

「おー、みふゆも頑張ってくれたんだねー!」

 鶴乃は屈んでその頭を撫でようとした。しかし、みふゆはひらりとそれを避けてやちよの足元へと逃げた。鶴乃がわなわなと震える。

「もー……もおー!」

「道のりは長そうね」

 やちよたちはクスクスと笑った。鶴乃は少しして立ち上がり、おもむろにやちよの頭に手を伸ばした。

「仕方ないから、やちよ撫でる!」

 鶴乃はやちよの頭を撫でた。「ちょっと……!」とやちよは困った表情をするが、案外満更でもなさそうだった。さしたる抵抗もないので、「いいこいいこー!」と鶴乃の手つきも過激になっていく。みふゆは目を細め、ジャンプしてやちよの身体を駆け上がる。

「いッ!?」

 鶴乃は手を引っ込めた。その指にはごく薄い歯型が刻まれている。

「あーあ、みふゆさんのこと怒らせたな」

 ももこがからかった。みふゆはやちよの肩に乗って素知らぬ顔をしている。

「ううーっ……じゃあももこ!」

「アタシは間に合ってる、よっ!」

 ももこは鶴乃の手を躱した。鶴乃はむきになって追いかける。やちよは少しその様子を眺め、くすりと笑って肩の上を見た。

「帰りましょうか」

 みふゆは同意するようににゃあと鳴いたが、疲れたのか動こうとしなかった。やちよは肩の上に銀のロシアンブルーを乗せ、ももこや鶴乃と共に帰路に着いた。

◆◆◆◆◆

「あなたはローンを払えませんでした。あなたは組織の内外の魔法少女に狙われ、その命を落としてしまいました。ももこ、キャラロストね」

「あーっ! もう!」

「残念だね、ももこ!」

「ダイス運がいいからって調子に乗って……!」

「6、4、5! ももこは? なんだったっけ?」

「2、1、2だよ! あー腹立つ態度!」

 やちよはサイコロや魔法少女TRPGの紙を片付けながら時計を見た。11時。

「結構遅くなっちゃったわね。そろそろ寝ましょうか」

「うん! まんじりともせず夜を過ごすももこ……」「明日泣かす……!」

 ももこたちは立ち上がり、「おやすみ!」「おやすみー」と口々に言って2階の部屋に向かった。今日はお泊まりの日であるため、彼女たちはみかづき荘で寝るのだ。やちよはみふゆのほうを振り向き、手招きした。みふゆは爪を研ぐのをやめてそちらに歩いた。やちよは腕を回して抱え上げ、寝室へと向かう。みふゆも特に抵抗はしない。生物の反応をロストした照明や暖房器具が、背後で一斉にスリープモードへ移行した。

 寝室の扉を閉めると、みふゆは腕の中からひょいと飛び降りた。その全身が光り、人型のみふゆが現れる。

「ほんの少しとはいえ、変身の度に魔力使ってるのよ? 変化魔法なら尚更でしょうに」

 やちよは呆れたように言った。みふゆは「にゃ」と聞き流すように短い返事をし、やちよのベッドに潜り込んだ。もぞもぞと動いて振り向き、「にゃあ」と急かす。

「はいはい」

 やちよはやや狭くなったベッドに潜り込んだ。途端にみふゆは背中に腕を回し、脚を絡めて密着度を上げてくる。やちよは慣れた様子で受け入れ、子供をあやすようにみふゆの背中を優しく叩く。猫の耳めいた髪がぴこぴこと動いた。

「こんなところ、ももこたちに見られたら一週間は口を聞いてくれないわね」

 不意にももこたちが扉を開けて部屋に入ってくる瞬間を、やちよは想像した。ももこはやちよを引っ叩いてみふゆを引き剥がすかもしれない(ももこは変な方向に純粋なところがある)。鶴乃は……意外と自分も一緒に寝ると言ってくるかもしれない(鶴乃は純粋に純粋だ)。もしかなえだったら……いろはだったら……。

 考えている内にやちよの瞼は重くなっていった。腕の中の感覚が猫一匹分ほどに小さくなる。眠りに落ちたことでみふゆの変身が解けたのだろう。最後に「おやすみ」と呟き、やちよもまた眠りについた。


ねこみふ 第2部終わり 第3部に続く



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第3部 予告


 そのロシアンブルーは優しいブリーダーの下、大切に育てられてきた。正しく躾けられ、正しく甘やかされたその猫は、時々ブリーダーの仕事の邪魔して悪戯したりしながら、楽しく過ごしてきた。

「イイじゃない! この子にするわ!」

 ブリーダーはあくまでブリーダー。猫を育て、値段をつけて売るのが仕事である。それでもブリーダーもそのロシアンブルーと離れたくなかったのか、他のロシアンブルーの2倍近い値段をつけていた。

「私達にはこのくらいの値段のペットじゃないと釣り合わないねぇ!」

 値段がついているということは、その値段を出せる客が現れれば、それは買われてしまう。

「ええと……お客様、確かにこの子も良い子ですが、他の子たちもとても良い子で……」

「何よ、いいからほら、お金出すからさっさとお会計!」

 もちろん、客を信用できないと判断すれば、ブリーダーは拒否することもできる。しかし、全てのブリーダーが客に楯突く勇気を持っているわけではない。

 斯くして、そのロシアンブルーは……みふゆは買われていった。これは果たして悲劇だったのだろうか。それとも……塞翁が馬……先に待つ幸福のための試練だったのだろうか。今の彼女たちにはわからない。去り行くみふゆたちの背中に、ブリーダーはただ祈るしかできない……。


年内公開予定

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