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絶対に

アニメ版マギレコのエンディングにゲロゲロ泣きながら書きました




 深い闇の中を漂っているようでした。

 周囲に見えるものは何もなく、自分の体すらも闇の中に溶けてしまっていて。嫌な感じでしたが、何しろ意識ごと溶けてしまっているので、声を上げることも、指を動かすことすら、何もできませんでした。

 きっとワタシは死んだのでしょう。拡散した意識の一部が、そんなことを考えました。なんの感慨すら湧きません。感情を動かすための意思も力も、今のワタシにはありませんから。きっとワタシは、このまま闇の中をずっと沈み続けるのでしょう。これが、死、なんですね。

 微睡みのような絶望の中、最期の力を振り絞って、ワタシは記憶を手繰り寄せました。暖かくて、優しい、あの家を。お婆さんの、かなえさんの、ももこさんの、鶴乃さんの、メルさんの。そして、やっちゃんの笑顔があった、あのみかづき荘を。

 ああ。最期に思い出せただけで、ワタシはもう満足です。ワタシは記憶を閉じました。残っていた意識の欠片もついに溶け、ワタシは周囲の闇と完全に同一になりました。

 …………。

 …………。

 ……光。

 光が、水面から差し込んできました。

 ワタシは意識を開きました。拡散しきって消え失せていたはずの意識を。

 光は何層もの布で隔てられたかのように弱々しいものでしたが、やがて闇を蒸発させるほどに強くなっていきました。光が強まるほどに、ワタシは自分が確固たる形を取り戻すように感じました。

「――――」

 誰かの声が聞こえました。それは小さすぎて、幻聴とすら疑ってしまうほどに。ですが、絶対に忘れてはいけない声でした。

「――ゆ」

 また、声が聞こえました。悲痛な声でした。ワタシは心臓が締め付けられるように思いました。この声の主を、早く安心させてあげたい。こんなところで微睡んでいられない。ワタシは手を伸ばしました。

「み――ゆ!」

 待っていてください。今、そっちに戻ります。だから、そんな声を出さないでください。あの頃みたいに笑ってください。あの頃みたいに、呆れた声でワタシを呼んでください。


「――みふゆ!」

 やっちゃん。


 伸ばした手に熱を感じました。ワタシは重い瞼を開いて、握られた手を見ました。青いステンドグラス越しの光が、無秩序な中に明確な秩序を保ったこの空間を照らしています。ここは恐らく調整屋でしょう。ですが、ここがどこかなんて今は瑣末事でしかありません。

 ワタシは手を握り返しました。俯いていた彼女が、顔を上げてワタシを見ました。その瞼は泣き腫らしたように赤くなっています。もう、モデルさんなんだからそんなに泣いちゃだめですよ。ワタシのためにそんなに泣いてくれたんですか。ところでお饅頭はどこですか。いくつもの軽口が頭の中に浮かんでは消え、最後に残ったのは、ただ「よかった」という感情でした。感情は喉の奥からせり上がり、目から溢れ出しました。

「……ただいま。やっちゃん」

「……おかえりなさい。みふゆ」


絶対に


「今日のお勉強会はお休みでーす!」

 ワタシの家にやってきた灯花は、開口一番そう高らかに宣言しました。急にそんなことを言われても、状況についていけません。

「ええと、今日は英語をするはずでは……?」

「わたくしが気分じゃないのでやりませーん! ねむも気分じゃないみたいだし、休憩も必要だよー。それともみふゆは勉強してたい?」

「い、いえ! 休みたくて仕方がありません!」

「それはそれでどうかと思うにゃー」

 ……確かに、今のは失言だった気がしてなりません。ワタシは笑って誤魔化しました。

 マギウスの翼が壊滅してから一週間が経ちました。神浜の魔法少女への説明や、羽根たちの説得など、バタバタした事後処理は一応の収束を見せました。もっとも、今後の灯花たちの処分や、今後のワタシの進路、そして神浜を知った外の魔法少女が何を企むかなど、考えるべきことはまだ数多く残っていますが。

「それじゃ、みかづき荘に行くから早く準備済ませてねー」

「みかづき荘、……ですよね」

「うん? お姉さまとういに会うんだからそうだよ。みふゆの大好きな七海やちよだっているよ。わたくしはあんまり好きじゃないけど」

 散々計画を邪魔された恨みや、そもそも性格的にも合わないところがあるのでしょう。灯花は苦々しい表情をしていました。

「まあ、それは別にいいんだけど……どうかした?」

「……いえ。やっちゃんはワタシのお饅頭をちゃんと用意してくれているかな、と思いまして」

「…………」

「その普通にドン引きした顔は傷付くのでやめてください……用意してきますね」

 ワタシは英語の参考書を手に寝室へと向かいました。正直、特に用意するものなんてありません。強いて言えば……感情を表に出さないため、表情を取り繕う用意くらいでしょうか。


◆◆◆◆◆


 灯花の車に乗って(お付きの運転手さんが運転していました。ウチにもそこまではいませんでした。お金持ちってすごいです)、ワタシたちはみかづき荘に到着しました。外からでも微かに笑い声が聞こえてきます。

「ねむたちもう着いてるかにゃー」

 灯花は特にインターフォンも押さず、玄関ドアを開けて中に入りました。鍵は大体いつも開いているので、みんな慣れてくるといちいちインターフォンは押さなくなりますが、灯花は二回目から既に押していませんでした。道徳的に何か注意しておくべきかとも考えましたが、論破されてしまうような気がしたので、そのままにしてあります。

 ワタシも中に入ると、安心する匂いがお出迎えしてくれました。実家よりもよほど安心できる匂い。自然と顔が緩むのを感じました。

「なーんか古臭い匂いするよねー」

 ……灯花には少々不評のようでしたが。

 リビングまでは十歩もかかりません。灯花はさっさと行ってしまいました。ワタシもそちらに向かおうとして、……やけに足が重く感じられました。なぜ? ……理由はわかりきっています。だからこそ悟られるわけにはいきません。一瞬だけ自然な笑顔の練習をして、リビングに足を踏み入れます。

「みふゆー!」「ぐふっ!」

 大型犬じみた質量がお腹に突進してきました。踏ん張ってなんとか倒れるのを堪え、大型犬さんの頭を撫でます。

「お邪魔します、鶴乃さん」「いらっしゃいみふゆー! ふんふん! ふんふんふん!」

 鶴乃さんは鼻息荒く、ワタシを抱きしめて離しませんでした。どうしましょうか、引き剥がすのも可哀想ですし。

「こら、鶴乃」

 その時、鶴乃さんは首根っこを掴まれて、呆気なくワタシから引き剥がされました。どきり、と心臓が強く脈打ちました。悟られないよう注意しながら、ワタシは助けてくれた人を見ました。

「ありがとうございます、やっちゃん」

「みふゆをまたみかづき荘で見られて嬉しいんですって、このわんちゃんは」

 やっちゃんは鶴乃さんの頭を乱暴に撫でました。扱い方が本当に飼い主じみています。

「嬉しいに決まってるよ! やちよだってそうでしょ?」

 鶴乃さんは撫でられながらやっちゃんを見ました。やっちゃんは鶴乃さんから手を離しました。

「またお茶とかお饅頭をたかられるのね、って思うわ」

 やっちゃんはワタシたちに背を向けて、キッチンのほうに戻っていきました。鶴乃さんはその背中に唇を尖らせます。

「ししょーはまた照れ隠ししてるー」

「いいじゃないですか。やっちゃんらしくて」

「うーん」

 鶴乃さんは首を傾げ、ワタシを見ました。そしてぱちくりと瞬きしました。

「どうかしました?」

「うーん……わかんない」

 鶴乃さんは首を傾げたまま、みんなのいるテーブルのほうに向かっていきました。本当にどうしたんでしょう。

 テーブルの周りでは、灯花とねむとういさんがひとつのタブレット端末を覗き込んで真剣な表情を、その反対側でもフェリシアさんがスマートフォンを覗き込んで真剣な表情をしていました。直接話しかけるのが躊躇われるほどの気迫に、隣でフェリシアさんを見守っていたさなさんに尋ねます。

「あの、フェリシアさんは何を……?」

「ゲームのイベントみたいです……。最近できてなくて、完走報酬も逃しそうらしくて……」

 完走報酬。なるほど。……念の為言っておくと、これはワタシだけが特別機械に弱いわけではありません。水名は名家の者が多く、すなわち習い事や勉強、家の仕事のお手伝いなどで遊んでいる暇がない者も多いんです。だから、完走報酬が何かわからなくても、それはワタシが特別というわけではありません。

 ところで、さっき喋ったことでワタシは喉の渇きを自覚しました。お茶が欲しくて仕方がありません。キッチンのほうを見やると、やっちゃんといろはさんが洗い物をしていました。二人とも、楽しそうに笑みを浮かべています。邪魔するのは気が引けますね。自分で取りに行きましょう。絶好の言い訳を見つけられたことに安堵しながら、ワタシはキッチンに向かいました。

「やっちゃん、お茶頂いていいですか」

 冷蔵庫に手をかけながら、ワタシはそう尋ねました。やっちゃんは談笑を中断してこちらを振り向きます。

「あぁ、ならちょっと待ってて……ってそれでいいのね。別にいいわよ」

「ありがとうございます」

 ワタシは冷蔵庫を開けました。みかづき荘居住者の好みが反映されているのか、お菓子だったりジュースが多くて、記憶とはやや様子が異なっていました。ペットボトルのお茶をマグに入れて、ペットボトルをしまい直し、リビングに戻ります。やっちゃんはいろはさんとの談笑を再開していました。

「灯花たちは何を話し合っているんですか?」

 先程からずっと難しい顔をしている三人に話しかけます。ういさんは半ば目を回していて、話し合いに参加できているのか怪しく思いますが。

「万年桜のウワサをこの世界に留める方法」

「あの子は比較的僕たちに存在が近いし、不可能ではないはずなんだ。ただ、今のままじゃできても桜の下から動けないし、結構な大改変が必要になりそうでね」

「えっとね、わたしもそこまではわかったんですけど、理論の部分がすっごく難しくて……」

 灯花とねむはういさんを見て、頭を撫でました。「え、えっ!? いきなり何!?」とういさんが慌てました。微笑ましい光景ですが、どうやらワタシには力になれない領域の話のようです。そうですね、完走報酬について学ぶことにでもしましょう。ワタシはフェリシアさんの隣にクッションを引き寄せて座りました。フェリシアさんは集中しており、スマートフォンから目を離しませんでした。

 ふと、視線を感じました。視線は鶴乃さんの方向からでした。そちらを見ると、鶴乃さんはこちらを見ておらず、さなさんに絡みに行くところでした。……いえ。ワタシが気付かないほど素早く、目を逸らしたのかもしれません。考えすぎという可能性もありますが。ワタシは余計なことを考えることをやめ、フェリシアさんのスマートフォンを覗き込みました。……見た感じ、牧場を増やすゲームでしょうか。


◆◆◆◆◆


「みふゆの家は北養区なんだから、乗っていけばいいのに。ねむ送るより回り道じゃないし」

「大丈夫です。それにちょっとは動かないと、身体がなまっちゃいます」

「確かにまた太っちゃうかもねー。じゃねー」

 灯花とねむは手を振りました。二人を乗せた車はゆっくりと動き出し、角を曲がって消えていきました。……もう少し、歯に衣を着せてくれても良いのではないでしょうか。まだダイエットにマギウスの計画を利用したことを恨まれているんでしょうか。でもあの時は……ワタシだって必死で……。

 新西駅への道をとぼとぼと歩きます。空は夜が来る直前のような水色でした。家に着く頃には真っ黒に染まっているでしょうか。少し寂しい気持ちに襲われましたが、あまり他人と話す気にもなれません。今日は勉強するよりも疲れました。みかづき荘にいて、あんなに落ち着かない気分で過ごすことになるなんて。ため息が口から漏れました。

「みふゆ!」「きゃあっ!?」

 上から鶴乃さんが降ってきて、目の前に着地しました。心の準備なんて何もできているはずがなくて、ワタシは情けなく悲鳴を上げてしまいました。

「な、なんですか……!?」

 心臓がバクバク鳴っています。多分今ので寿命が縮みました。……あまり笑えない魔法少女ジョークでしたね。

 鶴乃さんはワタシをじっと見ました。その真剣な瞳に、忘れ物を届けてくれたとか、そういうのじゃないことはすぐにわかりました。正直、あまり話したい気分ではありませんでしたが、逃がしてくれる雰囲気もありません。ワタシたちは薄暗い路地に入りました。

「追いかけてきちゃってごめんね。でも、気になって」

「いえ。何が気になったんですか?」

 ワタシは嘯きました。思い過ごしの可能性もまだありましたから。

「やちよとさ、まだ仲直りしてないの?」

 ですが、どうやら思い過ごしでもありませんでした。鶴乃さんはまっすぐ見つめてきます。ワタシは耐えられなくて目を背けました。

「しましたよ。今日だって仲良く話していたじゃないですか」

「してないよ。二人とも、お互いの目を一回も見なかった」

 ……どうしてこう、鶴乃さんは鋭いんでしょうか。ワタシがまだみかづき荘チームの一員だった頃からの知り合いだから、こういうことにも気付きやすいんでしょうか。

「それに、みふゆがわざわざ自分でお茶を持ってきたり、冷蔵庫を開けるのに許可を求めるなんてありえない」

 ……それは言いすぎだと思いますよ。

「まだ気まずいの? それとも、やちよのこと嫌いになったの?」

「嫌いになんて、なれませんよ」

 思わず、自嘲するような笑いが漏れました。

「ワタシがやっちゃんを裏切った後も。裏切りを知った後も。やっちゃんはワタシを憎まず、見捨てず、戻ってきてほしいと言い続けてくれました。自分勝手に苦しめたのは、ワタシなのに。鶴乃さんだってわかっているでしょう」

 鶴乃さんは微かに表情を歪めました。そう、鶴乃さんは何も考えない人じゃありません。やっちゃんが一番つらい時期に、何も言わずいなくなったワタシに対して、何も思わなかったはずがありません。それでもこうして心配してくれるのは、鶴乃さんが本当に優しい子だからでしょう。

「でも……やちよはきっと、こんなの望んでない。きっと昔みたいに……」

「やっちゃんは昔みたいに笑っていましたよ。皆さんに囲まれて。そこに、ワタシは必要ない。それでいいじゃないですか」

 ワタシは踵を返しました。話は終わりです。ワタシの意志は伝わったことでしょう。やっちゃんが幸せなら、それでいいんです。

「みふゆの弱虫!」

 鶴乃さんの声が後ろから聞こえてきました。そんなこと、ワタシが一番よく知っていますよ。それでやっちゃんを傷付けたんですから。

 路地を出て新西駅へと向かいます。けれど、電車に乗って北養駅に着くのをじっと待っていられる気がしなくて、変身して魔法少女の脚力で屋根を飛び渡りました。止まると余計な思考が浮かんできそうで、ワタシは必死に身体を動かし続けました。

 …………。

 家に着くと、ワタシは服も着替えず寝室に向かい、ベッドにうつ伏せに身を投げ出しました。習い事はどうしたとか詰問されない分、こういうときは一人暮らしで良かったと思います。

『みふゆの弱虫!』

 鶴乃さんの言葉が頭の中でリピートされます。そんなことわかっています。でも、仕方ないじゃないですか。怖いんです。やっちゃんに嫌われるのが。

 ワタシが昔のように甘えたら、やっちゃんは優しいから応えてくれるでしょう。それはいつまで? いつかやっちゃんの優しさを使い果たしてしまったら、そう思うと何もできなくなりました。結局、ワタシはどこまでも自分勝手なんです。やっちゃんはもう十分幸せそうだからとか、ワタシがいなくても大丈夫そうだからとか、そういうのは全部言い訳でしかありません。ただ、ワタシがやっちゃんに嫌われたくないだけなんです。たとえそれがやっちゃんを傷付けているとしても、それ以上に修復のできない傷を自分から付けたくないだけなんです。

「ごめんなさい、やっちゃん……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 涙が溢れ出てきました。自分への情けなさと後悔と怒りと絶望と寂しさと、その他様々な負の感情に、心はぐちゃぐちゃでした。どうせこのまま泣いていても、誰も咎める人はいません。ワタシは大声を上げて泣きました。


◆◆◆◆◆


 窓から差し込む日差しに、ワタシの意識は眠りからゆっくりと浮上しました。最後の記憶を掘り起こします。あのまま泣き疲れて眠ってしまったのでしょうか。身体が怠いです。特に風邪を引いたわけでもなさそうですが、精神に引きずられてしまっているのでしょう。灯花には申し訳ありませんが、今日も一日休ませてもらえるよう頼んでみましょうか。勉強をする気力も、人と話す気力もありません。

 うつ伏せの状態から苦心して身を起こしました。すると、視界の端に見覚えのないものが映りました。黒地に白い水玉模様のスカートと……脚? 回らない頭で考えながら、視線を上にずらします。

「おはよう。ひどい顔してるわね」

 そこにいたのは、やっちゃんでした。

 ……え? どうして、やっちゃんがここに? まだ夢の中でしょうか。それとも知らない間に幻惑魔法を使ったのでしょうか。自分の頬をつねってみると、痛みはこの光景が現実だと無慈悲に伝えてくれました。

「鍵は里見さんから借りたわ。すごい渋られたけど。あそこまで嫌わなくてもいいと思うんだけどね」

 やっちゃんは掌で鍵を転がしました。違います。ワタシが知りたいのは、そんなことじゃなくて。

「昨日、鶴乃に怒られたわ。ちゃんと仲直りしろって」

 やっちゃんは鍵を机に置いて、ベッドに腰を下ろしました。ワタシはやっちゃんから目を逸らせませんでした。

「怒られた、っていうより……爆発させちゃったって感じね。鶴乃はあれで溜め込むタイプだから。あの子にはまた謝らないとね。……ねぇ、みふゆ」

 やっちゃんはワタシの目を見て、恐れるように目を伏せて……またワタシを見ました。

「あなたは、本当に私のことを嫌いになってないのよね?」

「なりませんよ」

 ワタシは被せるように即座に返事をしました。それだけは絶対に誤解をされたくありませんでした。

「そう。……よかった」

 やっちゃんが俯きました。その声は安堵と共に震えていました。目の当たりにすることで、ワタシがどれだけやっちゃんを不安にさせていたか、傷付けていたかをより強く思い知らされました。

「ごめんなさい」

 謝罪が口を衝いて出ました。嫌われるかもしれないだとか、もうそんなことを気にする余裕はありませんでした。

「ワタシは、嫌われたくなかったんです。いえ、もしかしたら、既に嫌われているかもしれないと、その可能性から目を逸らしていたんです。やっちゃんを傷付けて、苦しめてしまったことに、向き合えなかったんです」

「……本当よ」

 やっちゃんがワタシを抱きしめました。少し力をこめたら折れてしまいそうなその身体は、震えていました。

「つらかった……苦しかった……! メルが、いなくなって……いつか、魔女になるかもしれなくて……そんなときに、あなたまでいなくなって……!」

「……ごめんなさい」

 ワタシはやっちゃんを抱きしめ返しました。昨日枯れるほどたくさん泣いたはずなのに、ワタシの目からは再び涙が零れ落ちていました。

「生きてるって信じたくて……でも、あなたの遺書を読んで、本当にこれが遺書になっちゃうんだって……そう考えるのを、止められなくて……!」

「……ごめんなさい」

「また会えて、生きてるって知って……! 敵同士なのはつらかったけど、それ以上に、あなたが生きてたのが嬉しくて……!」

「……ごめん、なさい」

「また、遺書を交換して……。私が載ってる雑誌の感想を言って……。私の誕生日にケーキを作って……。もう……もう、いなくならないで……!」

「……はい……はいっ……!」


 ワタシとやっちゃんは、抱き合ったままずっと泣いていました。お互いに一生分は泣いたと思います。やがて、どちらからともなく泣き止んで、真っ赤になった目を見て笑い合いました。お饅頭が無くて泣いてるのかしらとか、泣く撮影の帰りですかとか、そんなことを言い合ったような気がします。その後、改めてお互いに謝りました。やっちゃんはワタシに強さを押し付けたこと、ワタシは弱さでやっちゃんを傷付けたことを。

 ちょうど便箋がありましたから、ワタシたちは遺書を書きました。今年はワタシがいなくなっていたので、送り合うことができませんでしたから。目の前で読まれるのは恥ずかしかったので、家に帰ってから読むようにという取り決めを交わしました。

 色々なことを話した後、鶴乃さんに謝らないとと言って、やっちゃんは帰ろうとしました。ですが、ワタシも鶴乃さんには謝らないといけませんでしたから、それなら一緒に謝ろうということで、お風呂に入ったり歯を磨いたりが終わるまで待っていてもらいました。やっちゃんが持ってきた鍵はワタシが預かって、次に灯花に会った時に返すことにしました。

 みかづき荘に向かう道を、ワタシたちは並んで歩きました。間にはもう壁はなく、ワタシたちはちゃんとお互いの目を見て話すことができました。やっちゃんの笑顔を、ワタシは久しぶりに見たような気がしました。

 絶対、という言葉はきっと叶えられないことが多いでしょうし、だからこそ軽はずみに使うものではありませんが。それでも、ワタシはもうやっちゃんを絶対に悲しませない、傷付けない。いつか、魔法少女としての使命を終えるときが来るまで、絶対に。そう強く誓いました。

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