もし11話の鶴乃をそのままやちよが甘やかしていたら

まだこの頃って鶴乃はさなのこと「さなちゃん」呼びしてましたよね……?記憶が……



「それって、マギウスの柊ねむ、のことですか?」

「ねむちゃんを知ってるの!?」

 いろはちゃんが身を乗り出した。妹のういちゃんに繋がる話になると、いろはちゃんはいつもよりも積極的になる。それだけういちゃんのことが大切で、早く見つけたいっていう、ある種の必死さのようなものが伝わってくる。わたしもいろはちゃんのために何かしてあげなきゃ、そんな身の引き締まる思いになる。

 なる、んだけど。

 特にこの状況とは関係なく。

 わたしは今、やちよに甘えたくて仕方がなかった。

「すみません、私もちょっと聞いただけで……」

「どこで聞いたの?」

 わたしのすぐ左にはやちよが座ってて(しかも正座)、二人が話すのを真剣に聞いてる。部屋全体の空気も勢いで甘えられる感じでもない。

 だけど、それでも甘えたくて仕方がなかった。

 最近またやちよの近くにいられるようになったのが嬉しいからか、この発作は時々起きた。その経験から、耐えてもあんまりいいことないことも学んでいた。だから、ちょっとだけ。あんまり場の空気を壊さないように、ちょっとだけ。

 わたしは身体を寄せて、やちよの腕に緩く抱きついた。やちよは横目でこっちを見た。だけど、身を反らして逃げるような素振りを見せる……ことはなく、その目が微笑むように細まった。抱きついていないほうのやちよの手が、わたしの手に重ねられる。あんなに家事したり戦ったりしてるのに傷ひとつないすべすべの指。わたしはその指の一本一本を確認するように擦り、絡め合わせた。やちよのほうからも絡めてきて、幸せな気持ちがこみ上げてくる。口元が緩んでるのが自分でもわかった。

 ふと、刺すような視線を感じた。そちらに意識を戻すと、いろはちゃんはねむちゃんのことを尋ねてる最中だった。気のせいかな。

「ねむちゃんはマギウスに協力させられてるの?」

「捕まっちゃってるってことかな……」

 やちよの指の腹を爪でくすぐりながら言う。

「もし本当なら聞き捨てならないわね……」

 やちよは特に振りほどいたりせず、絡め合わせた指の力を嗜めるようにちょっとだけ強くして、やり返すようにわたしの指の腹をくすぐってきた。余計に甘えたい気持ちが湧き上がってきて、やちよの肩に頭を預ける。やちよの匂いが強くなる。鼻を埋めると、それだけで陶酔するような心地だった。

「……もしかしたら、ういも一緒に捕まってるのかも」

 いろはちゃんは辛そうな表情だった。回されたやちよの右手がわたしの頭を優しく撫でるのを感じて、フリーになったやちよの左手をわたしの両手で揉んだり絡めたりしながら、わたしはいろはちゃんの気持ちを思って苦しくなった。

「……あの」

 いろはちゃんがこっちを見た。その表情は……これ、結構、怒ってるかも。

「今ういの話してるので、イチャイチャするのは後にしてもらえませんか?」

 氷をぶつけてきたかのような声だった。心胆を寒からしめる、っていうのはこういうのを言うんだね。わたしとやちよは、ただ「はい……」と返事をするしかできなかった。そして顔を見合わせて、怒られちゃったねと言葉には出さずに笑った。「あの」とまた氷の声が聞こえた。

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