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マシュマロゲーム

「ああああ~っキツかったぁ~!」

「歌には多少自信があるけど、ダンスはまだまだ慣れないわ」

「なに言ってるの! ぴっちぴちの動きだったじゃない!」

 ダンスレッスンを終えて、ジャージ姿の4人がぞろぞろとロッカールームに戻る。私はその1番最後尾でこのみちゃん、歌織ちゃん、そして莉緒ちゃんが話すのを眺めていた。

「セクシーのレッスンなら私もこのみ姉さんも大歓迎なんだけどねー」

「レッスンなんてしなくても、莉緒ちゃんもこのみさんも十分セクシーじゃない」

「歌織ちゃん……こんなに良い子に育ってお姉さん嬉しいわ……。ところで、さっきから静かじゃない」

 このみちゃんの声がこちらに向いた。私のジャージを脱ぐ手が一瞬止まる。

「ほ? 姫はいつも通りなのですよ?」

「そうかしら……」

「きっと緊張してるのよ!」

 莉緒ちゃんが私の肩をぽんぽんと叩く。

「あぁ、そうよね」

 このみちゃんが納得したように頷いた。歌織ちゃんは未だわかっていないようで考え込んでいる。

「歌織ちゃんにヒント。今日はなんの日?」

「……あぁ! まつりちゃん、緊張することないわ」

 このみちゃんのヒントで歌織ちゃんもようやくわかったらしい。まるで自分のことのような笑みを向けてくる。

「楽しみねー、まつりちゃんがプレゼントはわ・た・し! ってやるの!」

「キャーこのみ姉さんステキー!」

(可愛い……)

 歌織ちゃんの心の声が漏れ聞こえた気がしたけど、気のせいだと思うことにする。

 緊張しなくてもいい、確かにその通り。……全てつつがなく用意できていたとしたら。

「じゃ、みんな着替え終わったみたいだしそろそろ行きましょうか」

「パーティ会場に!」

「ふたりとも、子供もいるんだからアルコールはナシよ?」

 普段着に戻ったこのみちゃんたちがロッカールームを出る。さっきと同じように私はその後に続く。

「でもちょっと見てみたいわよねー、あの子が酔ったらどうなるのか。私の予想では……」

「このみさん?」

「ちょっと、だめよ姉さん! 先生の前でそういう話は」

「もう……でも、確かにこのみさんを酔い潰れさせたいとは思うけど」

「わかる~!」

「……んん?」

 3人の楽しげな会話を聞き流しながら、私は窓ガラス越しに外を眺める。

 11月11日。肌寒い外気も劇場の中までは届かず、廊下には空調のおかげで人工的に温められた空気が流れていた。だけど、むしろその空気は焦燥した心に拍車をかけるだけだった。

 窓ガラスには夕日を受ける特徴的な緑色の髪と、その下の不安に満ちた私の顔があった。こんな顔をあの子に見せるわけにはいかない。ほっぺたをこねて“徳川まつり”の自信に満ちた表情を作る。

「もう始まってるみたいね」

 控え室の扉の前まで来ると、既に楽しげな声が漏れ聞こえてきた。先に来た子たちがもうパーティを始めているのだろう。

 私はためらってしまった。私のひどい失敗のせいで、この空間に水を差してしまうのではないかと思ったから。だけど、多分行かなかったらそのほうがあの子は悲しむ。何日か前に予定が空いてるから絶対に行くと言ってしまった手前、引くことは許されない。

 覚悟を決めるしかない。このみちゃんたちに続いて私も入室した。クリーム色の髪のあの子はすぐに見つかった。

「まつりちゃんが来たわよー!」

 おそらくババ抜きをしているらしいあの子に向かってこのみちゃんが叫んだ。あの子は……朋花ちゃんは振り向いて私を認めると、ふにゃりと破顔した。

「お疲れ様です~、皆さんも……まつりさんも」

 朋花ちゃんは持っていたトランプをカメラを構えていた亜利沙ちゃんに渡して、こちらに歩いてきた。私は両手でぎゅっと朋花ちゃんの手を握った。

「お疲れ様なのです、朋花ちゃん。お誕生日、おめでとうなのです!」

「ふふっ、ありがとうございます~」

 朋花ちゃんは緩く握り返してきた。ちょっとくすぐったい。

 今日は朋花ちゃんの誕生日。

 控え室にはもう他の子たちも来ていたけれど、お菓子紹介タイムだったりパーティグッズでふざけていたり個々に色んなことをしていた。あの子たちにも朋花ちゃんを祝う心はあったんだろうけど、移ろいやすい乙女心は他のものに興味を示しちゃったみたい。

「あーあー、もういい?」

 私たちの繋がった視線を遮るように、オレンジジュースがぬっと突き出された。このみちゃんが頑張ってちょうどいい高さまで持ち上げていた。確かに、いきなりふたりの世界に入っちゃうのは良くない。

 このみちゃんたちは私たちに飲み物の入ったコップを渡すと、口々に朋花ちゃんへの祝いの言葉を述べた。さっきまでふざけあっていた人たちとは思えない立派な口上がたくさん出てきて、やっぱり大人だなあとなんとなく思った。

 ……思ったんだけどなあ。

「このみ姉さんは誰のものなの!? いい加減はっきりして!」

「待って、なんで私が責められてるの?」

「もう、莉緒ちゃん。決まってるじゃない。このみさんは桜守家のものって」

「歌織ちゃんはなんで私の頭を撫でてるの? 子供扱いしてるんだったら怒るわよ?」

「私の姉さんに軽々しく触れるのは、ちょっとお姉さん感心しないなー?」

「莉緒ちゃんのものになった覚えはないんだけど」

 話題が何度も移った末、いつの間にか三人はもめていた。……なんでなのです?

 始まりは確か朋花ちゃんの惚気話だった。文化祭撮影時のまつりさんはとても優しくしてくれた、初めての焼きマシュマロを食べさせてくれた、驚いた顔が可愛い……などなど。なんで朋花ちゃんの誕生日なのに私の話をしてるんだろう。その流れから、このみちゃんがDecidedを歌ったときの思い出を語り始めた。そこで、なぜか莉緒ちゃんがキレた。

 莉緒ちゃんはこのみちゃんの頭を撫でていた手を掴み上げながらメンチを切っている。歌織ちゃんは怯みもせず真っ向から視線を受け止めてる。この三人の関係がなんとなく見えた気がしたけど、出来ることなら気付かないでいたかった。怖いのです、ぶるぶるなのです。

「ところで、まつりさん~?」

 私のすぐ横で三角関係を一緒に眺めてた朋花ちゃんが、ふと私の腕を緩く握ってきた。その目はキラキラしていた。

「聖母の誕生を祝して、何か渡しておくものはありませんか~?」

 朋花ちゃんの言葉に、落ち着き始めていた私の心臓はまた鼓動を速くし始めた。そう、これこそが気が重かった理由。

「……ごめんなさいなのです、朋花ちゃん。姫、何も用意できなかったのです……。でも必ずあげるので、待っててほしいのです」

 そう。私は誕生日プレゼントを用意することができなかった。

 ここ最近は多忙な日々が続いていて、気が付くと誕生日当日だった。「まつり姫 vs. ウミウシ」の撮影に気を取られすぎたせいで、最も大切なイベントのことを忘れていた。ここに来るまでに急いで何か買おうかとも思ったけど、そんなパッと決めたものを渡したくなくて、結局こうなってしまった。

 朋花ちゃんの期待に溢れた瞳に影が差した。それは寂しさか、悲しみか、それ以外のもっと他の感情か。この目が見たくなかったから、来たくなかった。

 朋花ちゃんが楽しみにしているのは誕生日プレゼントじゃなくて、私の誕生日プレゼントだってことはわかっていた。わかっていたからこそ、余計に辛い気持ちになる。

「そうですか~……」

 朋花ちゃんは私の腕から手を離して俯いた。三人はまだ争いを続けてる。……すごく気まずい。普段だったらなんとかして盛り上げるけど、原因が私なだけに何もできない。

 俯いた朋花ちゃんは何かを考えていたようだったけど、ふとテーブル上の何かを発見したみたいだった。朋花ちゃんは口元に笑みを浮かべて顔を上げた。

「でしたらまつりさんは、今日私を悲しませた罰として何かしなければいけませんね~」

 朋花ちゃんは何かをお菓子の袋から取り出した。それは細長くすぐ折れてしまいそうな棒状のお菓子、765プロッキー(765プロブランドのポッキーのパクリ製品)だった。

「まつりさんはポッキーゲームという遊びを知っていますか~?」

 知らなかったの? というかなんでいきなり? そう言いたくなったけど絶対に機嫌を損ねるから我慢して知らないふりをする。それよりビクッとした莉緒ちゃんのほうが気になる。

「先日、莉緒さんに教えてもらいましたが、仲の良い人と更に仲を深めたいときにこの遊びをするそうです~」

 なるほど、朋花ちゃんを汚したのは莉緒ちゃんのようだった。歌織ちゃんは申し訳なさそうに手を合わせてきたけど、このみちゃんはわざとらしくそっぽを向いている。多分グル。後日どうしてあげようかな。

「そして今日は11月11日。知っていましたか~? 1、すなわち棒が並んでいることから、今日をポッキーの日と呼ぶようです~」

「お菓子業界の戦略よね」

「そういうこと言わないの」

 このみちゃんが莉緒ちゃんを小突いた。ちょっと強めだった。

「奇しくも私の誕生日と同じ日……運命的ですね~」

 そうかなあ。

「聖母への誕生日プレゼントを忘れた罪深いまつりさん? 私とポッキーゲームで戦って、そちらが勝ったら許してあげましょう~」

 朋花ちゃんはとても楽しそうだった。ついでに周りの三人も……歌織ちゃん含めて……楽しそうだった。周りの子たちの注意がこっちに向いていないのだけは幸いだった。

 拒否する理由はいくらでもあった。悪い大人たちに騙されてる、よりによって外でポッキーゲームしようとしちゃだめ、姫は焼きマシュマロしか食べられない……他にも色々。

 だけど、

「わかったのです。でも、姫は勝っちゃうのですよ?」

 プレゼントを忘れた罪悪感と、子供じみた負けず嫌いがこんなところで出て、

「いいでしょう~。その鼻を折って謙虚さというものを学んでもらいましょうか~」

 戦うことになっちゃった。反省なのです。

「ルールを説明します。765プロッキーを折ったらその時点で折ったほうの負け、折らなければ勝ちです。ただし唇より内側で折れることはノーカウントとします。相手に触れる行為、試合放棄は反則とみなします。……これでいいでしょうか?」

「そうねぇ、私の頭を撫でながらじゃなかったら完璧だったわね」

「こうしてないと落ち着かなくて……」

「このみ姉さん、あとで私も撫でるんだからね」

「あなたたち本当に後で怒るからね?」

「では、用意!」

 歌織ちゃんの合図に合わせて、私はチョコが付いてないほう、朋花ちゃんはチョコが付いてるほうを咥えた。……この時点でけっこう距離が近い。朋花ちゃんはすごく楽しそう。楽しそうならまあいいか、とは残念ながらならなかったけど。

 早くも後悔し始めたけど、とにかく反則せずに勝てばいい。私はポケットに手を忍ばせる。

「始め!」

 その声と共に、私はポケットからスマートフォンを取り出して朋花ちゃんの耳元に触れないようにかざした。

『はいほー!』

 スマートフォンから声が響いた。朋花ちゃんは驚いて顔を離した。ポキリ。765プロッキーが折れた。

「…………」

 沈黙に包まれた。向こうでウンババスゴロクを遊んでる子たちの声が聞こえる。私は折れた765プロッキーを完食して、唖然としている朋花ちゃんににっこりと笑いかけた。

「姫がうぃなー! なのです」

「「んなわけないでしょ!!!」」

 このみちゃんと莉緒ちゃんにお尻を叩かれた。かなり強めだった。

「そんな方法で勝って嬉しいの!?」

「反則はしてないのですー!」

「第一ポッキーゲームってそういうものじゃないでしょ!」

「勝てばいいのです!」

「このっ……!」

「このみさん、莉緒ちゃん」

 冷たい声が私たちの炎を消し去った。私たちは恐る恐るそちらを向いた。笑みを浮かべる歌織ちゃん。あれは、怒っているときの笑み。

「子どもたちがいるところで、不健全なことを推奨するのは良くないわよね?」

「「……はい……」」

 このみちゃんと莉緒ちゃんがすっかり意気消沈してる。先生に叱られるっていうのはやっぱり効くらしい。でも気付いてほしい、便乗して楽しそうにしてた歌織ちゃんに二人を叱る資格はないってことに。

 歌織ちゃんの割と本気めな説教を他人事のように聞いてると、手が握られた感触があった。

「少し席を外しますね~」

「ええ、いってらっしゃい」

 それと同時に、こちらの意思なんて関係なく朋花ちゃんの腕が私をドアに向かって引っ張っていった。突然の展開に私は目を白黒させるだけで何もできなかった。

 控え室を出てドアが閉じる直前、歌織ちゃんがこちらにウィンクした。その意味を解釈する前に、ドアに遮られて歌織ちゃんは見えなくなった。

 私は朋花ちゃんに手を引かれるまま廊下を歩いていた。目的地があるのか、単に放浪しているのかはわからない。一歩ごとにお団子が揺れているのを眺めながら感情を推察しようとするけれど、顔が見えないから難しい。

「もしポッキーゲームで二人とも負けなかった場合、何が起こるか知っていますか~?」

 朋花ちゃんは歩きながら不意に問いかけてきた。質問の真意はなんだろう。私は慎重に言葉を返す。

「二人の唇がくっついて、キスしちゃうのです」

「正解ですね~。では先ほど私が期待していたのは、なんでしょうか~?」

 急に立ち止まった朋花ちゃんはこちらを振り向いた。身長差のせいかそれともわざとか、上目遣いで見てくる。

「朋花ちゃんは人に見られて喜ぶ子だったのです?」

「不正解ですね~。ですが、まつりさんがそう答える理由もわかります。ですから」

 朋花ちゃんは人差し指を横にかざした。そこには指紋認証のロックがあった。ついさっきまでいたロッカールーム。今は誰もいないようだった。

「二人きりで、ポッキーゲームを楽しみましょうか~」

 朋花ちゃんは内側から後ろ手に鍵を閉めて、私の背中をロッカーに押し付けた。迷いのない流れるような動きだった。灰色の冷たさが私の背中を走った。

「でも朋花ちゃん、ポッキーがないのです」

 言いながらさりげなく背中をロッカーから離そうとするけれど、朋花ちゃんはそれを許してくれない。いつもの朋花ちゃんよりも更に積極的。……結構本気で怒らせちゃったのかも?

「ポッキーならここにありますよ〜」

 朋花ちゃんはいつの間にか手に持っていたものを私の目の前にかざした。それはポッキーではなかった。ああ、でも、あの狂おしい白さ! 柔らかそうなフォルムは!

「ああ、間違えましたね〜。マシュマロなら、ここにありますよ〜」

 朋花ちゃんの薄い笑みは悪意に満ちていた。実は私がマシュマロを……なことは朋花ちゃんは知ってるどころか、それをネタに何度もいじってきたくらいだった。逃げないと絶対大変なことになる。でも前からの圧力で背中が離せない!

「ですから、私たちが楽しむのはポッキーゲームではなく、マシュマロゲームということになりますね〜。歌織さんが教えてくれました〜」

 歌織ちゃんはそのうちお城の地下室に連れて行く。

「でもマシュマロだと勝敗が決められないのです。ポッキーは折れたほうの負け……マシュマロではどうやって決めるのです?」

「そうですね〜」

 朋花ちゃんは袋の封を切って、マシュマロをひとつ摘んで私の唇に押し当ててきた。その独特の柔らかさと特有の匂いに顔をしかめそうになる。朋花ちゃんは私の様子に満足そうにして、押し当ててきたマシュマロを自身の口に入れた。

「完全に口の中に入ってしまったら負け、ということにしましょうか〜。落としてしまったら……引き分けにしましょう〜」

「……わかったのです」

 どの道、朋花ちゃんは私をここから逃がすつもりはないはず。プレゼントを忘れちゃった件もあるから、できるだけ願い事には応えてあげないと。受けるしかない。それに、負けなければいいだけ。

 朋花ちゃんはマシュマロを咥えて突き出してきた。私もそのマシュマロを唇で挟んだけれど、やっぱり近い。もう少しで唇同士が触れ合う距離なんだから当たり前なんだけど。近くで見ると更に美少女だなあ、なんていう現実逃避にも似た思考が浮かぶ。

 朋花ちゃんは二回瞬きした。ゲーム開始の合図。私は唇にぐっと力をこめた。とにかく口の中への侵入を許しちゃだめ。そのまま朋花ちゃんの口の中に押しこもうとするけど、当然同じようにしてくる。二つ(四つ?)の唇に潰されたマシュマロが形を変えて、接近した距離が掠める事故を何度も起こす。

 その状態が暫く続いた頃、私はふと思った。

 これ、決着つくの?

 ポッキーゲームの勝敗は「折ったら負け」というわかりやすい基準があったし、その気になれば(反則スレスレで)勝つ方法はいくらでもあった。でも、マシュマロゲームは相手の口にマシュマロを押し込まないと勝てない。さっきみたいにびっくりさせようにもきっと二度は通じない。……どうしよう。

 この時、私は決着の付け方ばかり考えていて、目の前のマシュマロから気が逸れていた。そんな隙を晒して、朋花ちゃんが見逃してくれるはずがないのに。

「っ!?」

 唇の端に湿った柔らかい何かが触れたのを感じた。私は驚いて唇にこめた力を緩めてしまった。朋花ちゃんの舌に押されたマシュマロは、やすやすと私の口の中に飛び込んできた。

「ふふっ、私の勝ちですね〜」

 朋花ちゃんは私を見下ろしながら楽しそうに言った。私はこみ上げてくる悔しさを堪えながらマシュマロを食べる。噛む度、綿を歯ですり潰すような食感が全身に鳥肌を作る。苦心して飲み込むと、途端に脳が全身の疲れを認識し始めた。まさか一個でこんなにやられるなんて。

「偉いですよ〜、まつりさん」

 私の頭を朋花ちゃんの手が優しく撫でてきた。普段の意趣返しのつもりなのだろう。私はその手首を掴んで抗議する。

「さっきのは反則なのです! 無効試合なのです!」

「あら、不服ですか〜? うっかり舌がほんの少し当たってしまっただけじゃないですか〜。ポッキーゲームよりも距離が近いんです、寛容になるべきですね〜」

「むぐぐ……!」

 反論できない。確かに舌が触れる前にも唇が何度も掠めていたから、今更何をと言われてしまえばなんでもないですと言う他ない。

「わかったのです。第二ゲームを始めるのです」

「まつりさんも乗り気になってくれたみたいですね〜」

 朋花ちゃんは二個目のマシュマロを咥えた。私もその反対側を咥える。

 絶対後悔させてあげる。攻めは朋花ちゃんじゃなくて私だから。

 朋花ちゃんの二回瞬き。私は即座にマシュマロを押し込みにいく。長期戦になると匂いにさえ苛まれるこちらのほうが不利。短期決戦を挑むしかない。

 朋花ちゃんは余裕の表情をしていた。勝つことを確信しているかのような。違う、それだけじゃない。直感が伝えてくる。何か、裏が。

 次の瞬間、朋花ちゃんの手が私の頬に触れた。指先は後頭部のほうにも回っていて、これは――

「ん、んんっ!?」

 ぬるく湿った柔らかなものが唇の隙間から侵入してくる。それは歯の裏側を撫でてくる。力で、快楽で、こじ開けてくる。頭を後ろに逃がすことも出来ない。手が無理矢理引き寄せてくる。

 マシュマロは遅れて口内に入ってきた。マシュマロ“ではない”柔らかなものは最後に私の舌をひと撫でして外へと戻って行った。

「いまのっ、反則っ」

「口の中にものを入れながら喋ってはいけませんよ〜?」

 朋花ちゃんは二本の指で私の唇を挟んできた。私は涙が出そうになるのをなんとか押し留めながらマシュマロを噛んで、喉の奥に飲み込む。

「身体に触れるのは、反則なのです!」

「反則? いつそんなルールが決められたんですか〜? これはポッキーゲームではありませんよ〜?」

 理解できないとでも言いたげに朋花ちゃんは首を傾げた。私は朋花ちゃんの狙いを理解したような気がした。いつもみたいな私が主導権を握る流れじゃない、一方的に蹂躙する流れをこそ望んでいるから、朋花ちゃんはマシュマロを。

「さあ、あまり長く出ていると怪しまれてしまいます。三回目を始めますよ〜」

「まっ、て、朋花ちゃ……!」

 私の声なんて耳に入っていないみたいに、朋花ちゃんはマシュマロを唇を押し付けてきた。振り払うこともできた、……普段なら。でも今の私はマシュマロに弱らされた上、服の中にまで忍び込んでくる冷たい指に“夜”を思い出して、力が抜けきっていた。できることといえば、頭を後ろに逃がそうとすることだけだった。それもロッカーに阻まれて、十分にはできない。

 朋花ちゃんの指が直接おへそを押してくる。下半身に言いようのない電気が走る。私は漏らした声と共に唇の力を緩めてしまう。マシュマロと朋花ちゃんの舌は障子を破るくらい簡単に入ってきた。

 今度はすぐには出て行ってくれなかった。朋花ちゃんの舌はマシュマロを頬の内側や下顎に押し付けてきたり、私の舌と絡み合ったりした。好きなものと嫌いなものが同居する感覚に、私は耐え切れなくなってロッカーを背にずるずるとへたり込んだ。目の縁から溢れてしまった涙が頬を伝った。

「まつりさん、プレゼントを忘れたと伝えられた時、私は本当に悲しかったんですよ〜?」

 朋花ちゃんは指で私の涙を拭って、それを更に舌で舐めて「しょっぱいですね〜」と笑った。

「でも……ふふっ。まつりさんの泣き顔は心が痛みますが、とても愛しい気持ちになりますね〜。他の人に見せてはいけませんよ〜?」

 朋花ちゃんの指はおへそからするすると上がると背中に回って、ホックを慣れた手つきで外した。

「私を悲しませた分……それ以上に楽しませてくださいね〜、まつりさん。まだこんなにたくさん残ってるんですから〜」

 新しいマシュマロが唇に押し付けられた。快楽を伝えてくる指先がブラの内側に入り込んできた。

     ◆

「今日は私が聖母としてこの世に生を受けてから、一番楽しい誕生日でした〜」

「……はい。姫も朋花ちゃんに負けないくらい、と〜っても楽しかったのです」

「もう、困りましたね〜。まつりさんも楽しんでくれないと、意味がないんですよ〜?」

 ベッドの中で朋花ちゃんはもぞもぞと動いて私の背中に抱きついてきた。肌寒い季節にちょうど良い体温が背中を覆う。

 あの後、朋花ちゃんは本当に袋からマシュマロが無くなるまでそれを続けた。私は口の中に残る甘さと気持ち悪さと、全身を漂う疲れと気持ちよさをおくびにも出さないようにしながら、朋花ちゃんと一緒に控え室に戻った。大人三人組がニヤついていたのが頭に来たので、後日全員地下室行きを決めた。

 最初から泊まるつもりだったみたいで、パーティが終わった後朋花ちゃんは私の家まで付いてきた。と言っても帰ってきた時間も遅かったから、一緒にお風呂に入って一緒に歯磨きして、一緒にベッドに入るくらいしかできなかったけれど。日付はまだ変わってない。

「楽しかったのですよ? 焼きマシュマロではありませんが、それでも大好きなマシュマロをあんなにたくさん食べられたのです。とーっても感謝してるのです」

「ふふっ」

 背中から笑い声が聞こえてきた。訝しんでいると、お腹に回された手の力が少しだけ強くなった。

「16歳の私と同じように、19歳のまつりさんもまだまだ子供ですね〜」

 共通点を見つけた(再確認した?)朋花ちゃんの声はとても嬉しそうだった。朋花ちゃんが楽しそうなのはこっちも嬉しいけど、やっぱり今日はいいようにされっぱなしで少し不服だった。

「朋花ちゃん」

「なんですか〜?」

「姫、まだまだ朋花ちゃんのことを祝い足りないのです」

「まつりさんにしては殊勝な心がけですね〜」

「だから」

 私は身体を反転させて、更に馬乗りになった。髪を下ろした朋花ちゃんは目をぱちくりとさせた。私は顔を近付けてキスをした。マシュマロがなくても、朋花ちゃんの唇の柔らかさだけで十分だった。指と指を、舌と舌を絡ませ合う。

 たっぷり一分ほどして私は唇を離す。周りが暗くても朋花ちゃんの瞳にしっかりと期待の熱がこもっていることがわかった。

「今から、もっと朋花ちゃんのことを“お祝い”してあげるのです」

「ふふっ……それは楽しみですね〜。誕生日が終わるまで……いえ、終わっても、私をまつりさんで満たしてくださいね〜?」

 朋花ちゃんの誕生祭は、まだ終わらない。

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