ひか結菜ロッキーゲーム
煌里ひかるの「ひかるが結菜さんを手に入れたんすよ」って態度がめちゃくちゃ好きなんですよね
『買い物してから結菜さんの家行くっす!』
ひかるとコンビニの前で別れたのがついさっき。私も一緒に買うと言ったのに、なぜか『先に帰っててほしいっす!』と頑なだった。理由はわからなかったけれど、やる気を出しているひかるに水を差すのも忍びなかったから、一人すごすごと帰ってきた。どんなアイスを買ってくるだろう。ひかるは私以上に私の好みを知っているから、よっぽどのハズレは買ってこないはず。
椅子に腰掛けて目を閉じる。脳裏に浮かぶのは学園の改革案、最近虎屋町に現れた炎を操る魔法少女、隣町のデパートで開催されるアイスフェア、そしてひかる。
今のひかるは、きっと100パーセントが私で構成されていると言っても過言ではない。想いを受け止めてからは120パーセントくらいになったかもしれない。以前の空っぽだった彼女に目をつけて、私のために働くことを生き甲斐にさせるよう狙った面も確かにあったが、とはいえここまで想われると罪悪感も湧いてくる。当然、嬉しくないわけじゃない。それでも、ただでさえ魔法少女は明日には物言わぬ死体と成り果ててもおかしくない存在。私が死ねば、きっとひかるも死ぬ。そうならないために、私がどうにかできればとは思うけれど……。
下の階から話し声と、階段を上がってくる足音が聞こえた。ひかるが来たのだろう。どんなアイスを買ってきただろう。シェアできるものだと良いのだけど。期待に微かに胸が躍る。
「結菜さん! お邪魔するっす!」
部屋の扉を開けて、ひかるが敬礼するようなポーズを取った。満面の笑みは、勢い良く尻尾を振る犬を想起させる。本人にそれを言うと『ひかるは馬っす!』と謎の拘りを見せてくるから、時々しか言わない。
「いらっしゃい、ひかるぅ」
ひかるの手にはレジ袋が握られていて、内側には赤い箱が透けて見える。箱入りアイスにしては、一本しか入らなそうなくらい小さい。しかし見覚えはあったような気がする。あんなアイスあっただろうか。
ひかるが私の視線に気付いたのか、袋を掲げながらこちらに持ってくる。そして、中身を取り出した。
箱は、アイスのものではなかったけれど、確かによく見覚えのあるものだった。
それは、ロッキーの箱だった。
「結菜さん! ロッキーゲームするっす!」
ひかるは目を輝かせて言った。……私の目は、きっとその反対に、死んだようになっていただろう。
「……ひかるぅ」
声を絞り出す。私は予想以上にショックを受けていた。アイスが食べられず……その上ひかるに裏切られた……その二つの失望によって。
「どうして、ロッキーを買ってきたのかしらぁ」
「したかったからっす!」
単純明快。それで納得できるとでも。更なる説明を求めて睨みつけると、ひかるは意外そうにきょとんとした。ひかるぅ……。
「だって、今日11月11日っすよ? ロッキーの日っす」
言われて思い出す。確かに今日は、製菓会社の陰謀渦巻く日。そしてひかるは、どうやらまんまと乗せられたらしい。
「こういうイベントは楽しまないと損っすよ!」
一理ある。そう、ひかるの言葉にも、確かに一理ある。私はひかるの想いを受け止めたのだから、ロッキーゲームをしても、その先に進んでも、なんら問題はない。……ない、のだけれど。
「嫌よぉ。一人でしてなさい」
私は突き放すように告げた。さっきまで、ひかるがどんなアイスを買ってきてくれるのか、私は心待ちにしていた。それに今思えば、私をコンビニに連れて行かなかったのは、絶対反対されるとわかっていたからに違いない。こんなにもひどい裏切りはない。私には怒る大義名分があった。
「嫌っす! 結菜さんとするっす!」
ひかるは何故か逆ギレして、ロッキーの箱を開けて中身を取り出した。私に忠誠こそ誓っているけれど、『ひかるが願いで結菜さんを手に入れたんすよ!』という自信があるから、こういうときに強引だ。私に嫌われるかも、と恐れられた試しが全く無い。もっとも、豹変して虎屋町の仲間を無差別に殺し始めるとかでもしない限り、嫌いになることはないだろうけど。
「口開けるっす!」
片手で私の頬を挟み込んでくる。さすがに興奮しすぎているように思う。時々こういうテンションで"求めて"くることもあるから、いつも通りといえばそう。
『私を納得させてみなさい』
口を開けるとその隙にロッキーをねじ込まれそうだったから、テレパシーで凄む。
「ひかるがしたいからって言ったじゃないっすか!」
効果はなかった。『結菜さんはひかるとしたくないっすか?』みたいな殊勝な態度を全く見せてこない辺りは、とても良いと思う。他の子にはちゃんと気を使えるのに、私に対しては我が強くなる(強すぎる)というのは、ちょっと面白くて悪い気分じゃない。
『……わかったから、手を離しなさい』
諦めて、テレパシーでそう降参する。ひかるは「っす!」と輝くような笑みを浮かべて、手を離してくれた。ずっと掴まれて赤くなっているであろう頬を擦りながら、「私がチョコの側よぉ」と意味もなくせめてもの抵抗をしてみせる。
「元からそのつもりっすよ」
改めてひかるがロッキーを口の前に差し出してくる。ひかるにとってロッキーは私とじゃれ合うための道具であって、チョコだのクッキーだのは拘らないのだろう。私はロッキーの端を咥えた。ひかるがもう片方の端を咥える。アイスが食べられなかった分、ロッキーとひかるで埋め合わせてもらおう。
特に合図もなく、私たちはどちらからともなく食べ始めた。私とひかるのペースは同じくらいだった。てっきり、早くキスしたがって物凄いペースで来るものだと思っていたから、少し拍子抜けする。私に少しでも多くロッキーを食べてもらおう、とかを考えているのだろうか。ありがたいけれど、同時に余計なお世話でもある。
私たちのどちらにも、特に今さら躊躇いもなかったので、すぐに私たちの唇は触れ合った。ふと、私は思い立って、ひかるの唇を割って舌を潜り込ませた。見開かれた瞳に、多少の満足感を覚える。舌に触れると、跳ねて奥に縮こまる。口の中のチョコ成分をさらって離れると、微かに茶色がかった糸が引いたのが見えた。あまり良い気分じゃない。
「どうしたんすか、いきなり……」
ひかるはまだ驚いているようだった。どうしても何も、決まっている。
「アイスが食べられなかった分、ひかるの分のチョコも頂いたのよぉ」
嘘ではない。本当のうちの一つ。ひかるは唇に手を当てて、やがて確信を持ったように頷いた。
「結菜さんに積極的に来てもらうには、こうすればいいんすね」
……それはどうかしら。している途中にいきなり甘いものを食べ始められたら、たとえアイスだったとしても、さすがに面食らってそれどころではなくなってしまうと思う。
「それより、ロッキーはまだいっぱい余ってるっす! まだまだやるっすよ! あと今日は泊まるっす!」
「突然ね。明日は平日よぉ?」
「親に連絡は済ませたっす!」
そういう問題ではなかったけれど、こうなったひかるは聞こうとしないから、早々に諦めた。13歳の馬の突進力は恐ろしい。
その後、ロッキーは二人で全て平らげた。遅い時間に食べてしまったせいで、夕食が少し苦しかった。お風呂勉強歯磨きその他色々を済ませてベッドに横になると、ひかるは当然のように激しく求めてきた。ロッキーゲームをしていたときから、ずっと興奮を我慢していたらしい。時と場所を選べるのは、とても偉いと思う。……私の身体をもっと気遣ってくれたなら、もっと偉いのだけど。