銀行保証付私募債による「利益先食い」行為の可能性について。

2019年3月期の銀行決算の開示(決算短信)が出揃いました。

大きく報道されたところでは、投資用不動産にかかる大規模な不正融資発覚、多額の貸倒引当金繰入によって巨額赤字を計上したスルガ銀行も目立ちました。

他の地方銀行も、利ザヤの縮小とともにジワリと不良債権処理が増加するようになり、加えて株式市場全般の調整で保有株式が下落し含み益も減るなど、さらに苦境に追い込まれている様子が報道されております。

さて、著者が以前から着目している福島県に本店を置く小さめの第二地方銀行、福島銀行の2019年3月期の決算短信を眺めていると、あることに気づきました。

「満期保有目的の債券」の時価注記で、残高が約160億円しかないのに、10億円もの含み損があるとの記載がなされていたのです。そして、当期純利益を確保できたのは「私募債と保険の窓口販売による手数料収入が増えたため」との福島銀行のコメント。

これを見て、ある疑問が浮かびました。「福島銀行は、利ザヤ縮小で苦しいなか、期間損益を確保するために私募債の手数料を使って利益先食い行為をしているのではないか」、と。

本記事のレベル感:かなり難しいです。金融商品会計基準、銀行会計の仕組みについて短信を読みこなせるレベルの理解がないと、本記事に書かれている意味は理解できないものと思われます。

1.銀行保証付私募債の仕組みについて。

 この銀行保証付私募債、そんなに新しく登場した商品ではありません。かなり昔から取り扱いはされてはいます。よくある定型ものであるといえるでしょう。

しかし、マイナス金利政策下で収益確保が困難になっている地域金融機関の間で「手っ取り早く手数料を稼げる商品」として再び着目されているようです。

福島銀行が利益確保の要因として挙げている私募債の手数料とはなんでしょうか。福島銀行HPを見ますと、決算年度末当日の3月29日まで、私募債を引き受けした、とのニュースリリースが繰り返し出されています。

https://www.fukushimabank.co.jp/press/2018/img/20190329-1.pdf

ニュースリリースより引用:「福島銀行は、千代田産業有限会社様が発行する「銀行保証付私募債」を以下のとおり受託しましたので、お知らせいたします。銀行保証付私募債は、一定の財務要件などを満たした企業が発行対象となり、その元利金の支払いは銀行が全額保証いたします。」

福島銀行のような地域金融機関が取引先としている中小企業は、市場で社債を発行して不特定多数の投資家から引き受けてもらうという資金調達の形式がとれません。

社債で調達すれば、まとまった資金(リリースでは1億円)を得られ、毎月の約定弁済もなく運転資金に充てることができるので資金繰りが安定します。

そこで、中小企業の長期資金調達ニーズにこたえることができるように、「銀行保証付私募債」という形式が考案されました。ニュースリリースにありますように、「銀行保証付私募債は、一定の財務要件などを満たした企業が発行対象となり、その元利金の支払いは銀行が全額保証いたします」、と。

銀行が、元利金を保証することにより、中小企業が社債によって安定した資金を調達することを可能にしたわけですね。

中小企業は、お金を借りるわけですから金利を払います。そのほかに社債という形式をとるので銀行への事務手数料、「ほふり」(証券保管振替機構)への登録手数料、そして「銀行保証付き」の対価である保証料を一括して払わなければなりません。

その水準は、ほふりの手数料は定額ですが、手数料+保証料の合計はそれぞれの中小企業への信用力によりバラバラです。しかし、従来型の証書貸付の水準と同等程度でなければ中小企業は積極的に私募債という形式を採ろうとはしないでしょう。

仮に2%で5年間の証書貸付を借りることができる中小企業であれば、事務手数料+保証料の「出来上がり」の負担率が2%でなければ私募債を発行しようとはしないはずですね。

さて、問題は、銀行側の収益認識です。私募債引受時に一括して手数料及び保証料を受け取りしてそれを全額収益認識してしまってはいないはずですが・・保証料は5年分なので保証料まではその期の損益にはしていないはずです。単体の財務諸表をみると前受収益は増えているので繰延しているものと推測されます。

しかし事務手数料は一括収益認識なので、その分、私募債を引受した年度に収益としているでしょう。

これが、私募債による手数料稼ぎの仕組みです。

続いて、一般的な資金調達の仕組みである証書貸付を説明いたします。ここはわかっている、という方は飛ばしてもらってもだいじょうぶです。

通常、銀行が取引先(借り手)の資金需要に応えようとする際、長期の運転資金であれば、貸出金(証書貸付)という法形式をとることが多いと思われます。

証書貸付であれば、100百万円を一括して貸付け、これを期間5年60回にわたって元金均等で利息を加えて返済していくことが通常です。貸付を行うに当たっては、担保調査などの実費負担を賄う程度の手数料を受領することはありますが、通常は貸付けの対価は「利息」として毎月、借り手から銀行へ支払うことが商慣習として成立しています。

銀行は、5年間で貸し付けて利息を得ているという経済的利益を5年間にわたって元金+利息の回収とともに得ていき、それを銀行が作成する財務諸表に計上して短信・有価証券報告書として開示することになります。

経済的実体と、財務諸表の開示はおおむね正確に対応しているものと考えられるわけです。

2.会計基準の規律密度の粗さへの挑戦?

 私募債、市場で投資家に対して分売されるわけではありません。銀行が全額を引き受けて、満期まで保有し続けることになるわけです。上場企業が発行する社債のように(店頭で)自由に投資家間で転売されていくわけではないのです。

そのため、会計上、私募債は「満期保有目的の債券」として区分されます。

問題は、手数料と保証料を控除した分だけ、利払いとしてもらえる私募債の約定利息が低くなってしまっているのではないかと。

先の例示として2%で「出来上がり」の私募債を組成したとし、手数料と保証料で1.5%を認識したとすると、約定利息は2%-1.5%=0.5%。

私募債の約定利息が同程度の信用力のある理論的な調達金利(2%)より低くなってしまうので、時価が簿価より低いものとして判定されてしまい、満期保有目的の債券の開示として10億もの含み損を計上してしまっていることになっているようです。

他の地方銀行の開示をみると、これほど多額の含み損を抱えている先は見当たりません。どうやら、「先食い」のレベルが、合理的に説明できるレベルよりも大きいのではないか、と。事務手数料として認識できる水準よりも多いのでないいか?ということですね。

私募債を発行する中小企業と銀行の間で、どの程度を事務手数料とし、どの程度を金利として支払うかは、契約自由の原則というものがありますから公序良俗に反しない限り、無効な契約となることはありません。

2%という仮の数字ですが、これは暴利でもなんでもなく、その企業が証書貸付で同水準の金利で借りられるのであれば、そのうち1%を「事務手数料」という法形式で受領しようとも、私的自治の範囲ですから、無効な契約にはならないということになるわけですね。

しかし、適切な損益計算をして外部の投資家等へ開示することを求められている財務会計の世界では、私法上の契約形式にかかわらず、経済的実態に沿った期間損益認識をしなければなりません。

事務手数料として一時の収益として計上できるのは、本来は、銀行が私募債を引き受けるために契約書を作成したり、登録事務を行ったり、記帳処理を行ったりする役務提供の対価に見合ったものでなければならないのです。

利益先食いをするために、20万円程度の対価しかかからないのに、100万円を手数料です!として期間損益として認識するのは、会計上の表示としては不適切であるといえるでしょう。

法形式を操作して、利益先食いや損失先送りを行おうとする行為に対して会計基準も無策なわけではなく、デリバティブを組み込んだ仕組み債券や仕組みローンについては一定の基準を設けて時価評価を強制するなどしていますが、銀行保証付私募債について、これを「引き直し」するための特別な会計基準はありません。

会計基準の規律密度は、相当程度に粗いのです。

会計監査の仕組みはありますが、適切な期間損益認識ルールを定めてこれを守るのは企業側に依存している部分が大きいのも事実です。

福島銀行がどの程度の手数料の「前倒し」をしているのかは、短信や有価証券報告書からは断言できません。

しかし、満期保有目的の債券の含み損の大きさから、相当程度チャレンジングな会計処理をしているのではないか?という疑問を抱いております。

もう一つ加えるなら、満期保有目的の債券の含み損は時価注記のみであり、組み込みデリバティブの時価評価の区分処理のように損益処理されるわけでもなく、その他有価証券の含み損のように純資産直入されて貸借対照表で開示されることもありません。

満期保有目的の債券の注記と、損益と、定性的なコメントを組み合わせて読まないとわからないのです。

会計基準の隙間に挑戦している行為ではないかという疑念がぬぐえません・・

3.持続可能性への疑義と将来への責任について。

私募債による「利益先食い」的な手数料稼ぎ、一時的なことにすぎません。利益を前倒しした結果、貸借対照表には市場金利より著しく低い金利の社債が5年間にわたり残ることになります。

社債という形式はとってはいますが、市場で買い手がつくはずもありませんから、このまま満期まで塩漬けになることは間違いありません。

満期保有目的の債券、最後は100円の額面が100円で償還されるので会計上の損失が利益剰余金を食ってしまうことはないのですが・・5年間にわたり低採算・不稼働な資産を抱え込み、その間ずっと利払い、元金償還の事務負担は残り続けてしまうのです。

最大の問題点は、このような私募債を利用した取引がいつまでも続けられるはずがないという簡単な事実です。

いつかは、福島銀行の取引先で私募債を発行できるような先は尽きてしまいます。こんな持続可能性が乏しい行為を行わざるを得ない地方銀行の現状、著者として解決案は持ち合わせておりません。

しかし銀行経営者には将来を考える責任があるのではないでしょうか。

今だけ、利益を確保できればいい、そんなのは持続できません。

ただ、現場で苦しい取引を進めている人々の苦しみを思うものです。

こちらも合わせてどうぞ。

本記事は、福島銀行が開示している決算短信、有価証券報告書等を読んで推測した仮定であり、いっさいの内部情報は含みません。

また、意見にわたる部分は筆者の個人的な見解であり、正確性を保証するものではなく上場有価証券の売買、保有継続など投資助言を目的とするものでないことをあらかじめお断りしておきます。

4.オマケ。利益先食い行為に対する税務について。

オマケで、私募債の利益先食い行為に対する税務について補足しておこうと思います。

経済的実質を重視する会計とは異なり、法人税法では課税関係の安定をはかるために私法関係準拠主義といって、契約の法形式に従って課税所得計算がなされるのが原則です。

役務手数料の対価と金利の配分割合がいくらが適正なのか、税務職員や裁判官が見積もりするのは非常に困難です。

なので、2%の「出来上がり」を極端に0.1%を金利、1.9%を手数料としてもこれを税務職員が「租税回避行為だ」として否認するのはなかなか難しいものと考えられます。

なので、課税の公平、法的安定性が求められる法人税法の世界では、契約された私法関係に従って課税が行われることになります。

銀行側では、利益前倒しなので益金が先にくるので、特に文句は言われませんが、中小企業側で多額の手数料を前倒しで損金にした場合、何か言われるかもしれませんが、これを正面から否認するのはなかなか困難ではないかと。

唯一考えられるとすれば法人税132条の同族会社の行為計算否認規定を使うしかありませんが、利害関係のない銀行との第三者間契約なので、これを行為計算否認規定で潰すのは難しいのではないかと。

一説に、この銀行保証付私募債を「一時に手数料を計上できるから節税になりますよ」と売り込んでいた銀行もあるようです。

ここから先は個人的な意見ですが、これは課税制度の隙間を突いた行為で、公共性が求められる銀行がやっていいものではないと考えます。

税務署が否認できる(課税できる)ことではありませんが、節税スキームとして組織的に売り込みしていたとすれば、金融庁から指摘される不適切な営業行為にあたるとも個人的には感じられます。


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すらたろう
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