アロマセラピーとは② 歴史のお話
さて。今日のアロマのお話。古代から中世まで。
アロマセラピーの歴史です。日本にアロマが入って来たのは1980年頃ですのでまだ40年ちょっとくらい。
新しいもののように捉えられている方もいらっしゃるかもしれませんが、芳香(香り)植物を
人類が何かの意味を持って使用しだしたのは古くは古代エジプト時代にもさかのぼります。
古代
古代エジプトでは神に祈りを捧げる儀式の際に芳香成分を持つ植物(樹皮や樹脂)を火にくべて焚き
その煙と共に祈りを神に届け、また空気を清める事をしていました。
私達日本人も参拝の際に「常香炉(じょうこうろ)」と呼ばれる香炉に供えられた線香の煙を参拝者の身体に
かける事で身体を清める行為をしますよね。
私の子供の頃は頭にかけて頭がよくなるように。(笑)
とか身体の悪いところに煙をかけると治りがよくなる。という風におしえられましたが。。。
日本へは、中国から伝えられたこの文化。世界の様々なところで香りのする煙が私達や、疫病・悪いものを
清めてくれるという文化・思想が共通していた事には驚きを隠せません。
香水や香りを意味する「PERFUME」の語源はラテン語で「PER・ペル(~を通して)」と「FUMEM・フムム(煙)」を合わせたものが語源です。
古代エジプト時代には、死者長い時間をかけてまた元の身体に魂が戻ってくると考えられていた為(当時は真剣だったのも不思議)
その死後の肉体に、魂が戻ってきた際にできるだけいい状態でいる為に大切に保存されていました。
学校で習いましたね♡
それがミイラとして知られているアレです。その際にも芳香植物は使われていました。
内臓を取り出しそこに芳香植物を詰め更にミルラ(没薬)と呼ばれるもの等を包帯に浸し、
その包帯を身体に巻いていたという記録が残っています。
ミルラは現在でも抗菌作用や抗酸化作用が高い精油として活用されています。
驚きですよね。経験からくる作用を理解していたのか
言い伝えなのか、何なのかまではわかりませんが、そうやって意味のある植物として使われていたことに
セラピストとしてはわくわくしてしまいます。
また、エジプトの女王としてとても有名なクレオパトラ。
彼女はとても美しかった事で有名ですが同時に香り使いの名人としても知られています。
現代では美人という見かけで男性を魅了したというより話術や聡明さ等も魅力の1つだったのでは
と言われており彼女が愛したと言われるバラやムスクの香りといった女性らしい優雅な優しい香りも
また彼女の魅力の1つであったのでは?と考えたりもします。
どう考えてもお風呂に毎日のように入ったり、またシャンプーやボディソープなどのなかった時代に、
このような芳香を利用する女性は男性を魅了しますよね。
現在でも、強い香水の香りの女性より清潔感のある香りや、その人のキャラや雰囲気に合った香りの
フレグランスをつけている人は同姓ながら素敵だと思いますし、その人の印象として深く残ります。
その後香油は古代エジプトからギリシャ、ローマへ伝わり宗教色の濃かった使い方から、
化粧品や香料として幅広い使い方をされるようになり広がります。
ローマの皇帝ネロもバラの愛好家として有名で衣食住の全てにおいてバラを多用していたと伝えられています。
中世
西欧における香料使用は帝国の滅亡とともに、一旦落ち着きます。
10世紀頃、錬金術の発展したイスラム文化の中で「水蒸気蒸留法」が確立されました。
またその後にアルコールの抽出も可能になりました。この事が香水文化の発展に大きく影響を及ぼします。
まとめ
・香り文化は古代エジプト時代宗教儀式に使われたのが最初
・エジプトではミイラ作り等に使用された
・その後貴族などを中心に花の香りが生活の中に取り入れられるようになる
・中世になり水蒸気蒸留法が確立された事でのちの香水文化の発展に繋がる
次回は現代までの歴史を。お休みなさい。。。
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