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物語り 愛と涙と星のきらめき 8
遮光カーテンを開けると、眩しい朝の陽光が一瞬の迷いもなく部屋の中になだれ込んできた。
ガラス戸越しの庭に盛りを過ぎようとしていた花みずきが、昨夜の慈雨に再び勢いづいて白い花姿を楚々と輝かせている。
久しぶりに殉難のひとかけらも感じないで済んだ爽やかな朝の目覚めだった。毎夜眠りに落ちるまで、施設で暮らす妹のことを思わない日はなかったから…。
梨花はその存在を確かめるかのように妹の部屋を覗きに行った。
加奈は、ローズピンクの肌掛けを頭まですっぽり被ってベットに横たわっている。まだ寝ているのかもしれないし目覚めの余韻を味わっているのかもしれない。
軋まないようそっとドアを閉めた。閉めた瞬間、見慣れたはずの室内の景色がどこか違って目に映るのを何故かしらと思いつつ、かっての暮らしの色彩が徐々に蘇っているのだと実感しはじめた。
家を出て学校にたどり着くまでの間、梨花はずっと気にかけていた。 昨日のこと、美波はどう受け止めているのかしら——
道路の石ころばかりを見ながら俯いて歩いているうち、校門の手前にある階段に突き当たって、ようやく前方の景色を確認した。
二十段ほどの石段を見上げてから大きく一呼吸すると、周囲の目も気にせず一段抜かしで息を弾ませて駆け上がった。
さざめく集団の中に美波を見つけて駆け寄ると、おはよう—の挨拶のあとで梨花は申し訳なさそうに言った。
「昨日は無理に誘ってごめんね。予定があったんでしょう?」
「ううん、今日に変更したから大丈夫。こっちこそ手作りのケーキ美味しかったよ」
お互い核心に触れず当たり障りのない受け答えだった。
しかし当の美波は心の中で、秘密を明らかにした梨花の勇気を賞賛し、彼女から自分に与えられた信頼を重く受け止めていたのだった。
「加奈は今日の夕方施設に戻るの。母と一緒に送っていくつもりよ。あの子ったらね、あなたの事大好きだって」
「ほんと?——だったら「ミス白百合」と「ミス髙木学園」で盛り上がったせいかも。ちょっとした勘違いもあったけどね」美波は楽しそうに笑う。
そんなやり取りがあったなんて……加奈を交えて三人で大いにお喋りはしたけれど。
——家族以外の人と交流ができれば病は必ず治癒する。
メイ先生の言葉が真実なら…いえ真実に決まっている…佳奈はすでに充分な健康を取り戻しているのではないかしら。
梨花は昨夜の食卓での様子を思い出してそう確信する一方、現実でない寒さを訴える加奈の様子は、未だもしかしたら…の領域にあるのかも知れないとも思うのだった。
「ねえ、伝えといてくれる?私も加奈ちゃんのこと大好きだって。また会いたいって」
靴箱の前で屈みながら見上げる美波の巻毛が、今朝は風に吹かれたようにあちこち踊っている。
勇気を出して真実を伝えて良かった……私は真実と引き換えにかけがえの無い親友を得たのだ。
お互い長い時が過ぎたような気がしていたが全ては昨日の出来事だったのだ。
梨花にとっては、もしかしての希望に支えられながら杞憂は一夜に洗われ、美波にとっては凝り(こごり)滞った感情が朝の散歩で一気に霧散していた。
帰宅ラッシュを避ける為、慌ただしく用件を済ませて帰りの電車に飛び乗った。
申し込みの手続きひとつで、もう音大の受験に合格した気分の私。おまじないをかけられたように心が軽くなった。
扉の隅っこにもたれながら渡された資料や教材を眺めているうち、電車の揺れにシンクロして猛烈な睡魔が襲ってきた。
すーっと意識が遠のくと同時に上半身がガクンと痙攣して、抱きかかえていた一切のものが腕から弾き出され乗客の足下や床に散乱してしまった。
——そんなぁ、次の駅で下車なのに。しかも、もう直ぐ着く頃なのに……
心の中で叫んでいる間に若者の手がさっと伸びて、床に散乱した紙片を片っ端から拾い集めてくれた。
有難うと言いかけて顔を見た途端、私は思わず飛び上がった。
入学早々、ひと悶着あったあの渡り廊下の先輩、門脇裕(ゆたか)じゃない?……そう、紛れもなく彼だった。
——なんでまた、同じ電車の同じ車両に乗ってるのよ。しかもこんな近距離に。
お礼もそこそこに開いたドアからホームに降りたち、改札へ降る階段のほうへ足早に向かった。
「睡眠不足のときって、よくあるんだよね。舟漕いでて突然体がびっくん、て」
裕はニヤッと笑いながら長いコンパスで私を追い越して行った。
因縁の彼にまたもや失態を目撃されてしまった。
ーつづくー
💐見出し画像はフォトギャラリーからhananosuさんの作品を使用させて頂きました
有難うございました。