いい気持ちになるのは簡単なこと
「す~さん」
ん?
「す~さん」
呼ぶ声がする。
しかし、眠い。
さっき寝付いたばっかりだ。
「す~さん、早寝だな。
まだ8時半だよ、飲もうよ。」
今寝たとこなんだよ。だりいな。
その声は、
久我さんか。
眠い。
勝手に家に来んなよ。
・・・
やっ!
いやいやいや、
〈よく来たね!
どうやって来たの!?〉
「武蔵野線でさ、府中で乗り換えて。
あすこ、ずいぶん駅離れてんだね、俺、知らなかった。時間かかったよ。」
一気に目が醒める。
どうやって、って、そういう意味じゃなかったんだけど。
〈じゃあ、調布からバス?〉
「えっ、調布からも来られんの?
前につつじヶ丘からバスって言ってたからさ。」
〈ああ、まあ、そのほうが本数は多いんだけど、
府中側から来たんなら、調布からのバスも増えたし、便利かな。〉
「ビール買って来たよ。」
〈え、あ、ありがとう。〉
「悪いね、もう寝てると思わなかった。」
〈朝5時前に起きるからさ。なんなら4時とか3時半とか。
なんかツマミ作ろうか。〉
「俺はツマミ無しで飲めるよ。」
〈柿の種が有るよ。わさび味だけど。〉
「いやこないださ、昼は飲めないって、す~さん言ってたじゃん?
だから俺、夜ならいいかなって、で、す~さんちだったらさ、
寝たくなったら寝ちゃえばいいじゃん。いや大丈夫、俺は帰るよ。」
帰るってどこにだよ。
あんたの帰る所はもう天国なんだよ。
〈去年漬けた梅酒が有るよ、飲んでみてよ。
日本酒で割るとうめえんだ。〉
「す~さん、部屋きったねえなあ。
片付けられないお…んだ。」
〈全部必要なんだよ。〉
「俺はもう5年くらい前からさ、
集めてたTシャツも全部捨てたし、
自転車のフレームやホイールも引き取ってもらったし。
身軽だよ。そうなっていくよ。」
発作が起きたら自分で入院準備して救急車呼んだりさ、
いつも始末のいい男だよね。
「段々執着が無くなるんだよ。時が来るんですよ。」
そう、時が来たんだよね。
〈会いに来てくれたのは嬉しいけどさ、
やっぱり一緒には飲めないよ。〉
いつまでもここにいてはいけないだろう。
「そうか。
そうだよね。」
〈待ってよ、なんか歌うよ。歌わせてよ。
聴いていってよ。
何がいいかな。〉
「行けって言ったり待てって言ったり、勝手だな。
なんでも、す~さんの得意なのでいいよ。
いつも口ずさんでるようなのがいいな。」
〈じゃあちょっと新しいけど。
新しいつったって1990年頃かな。
団塊の世代の久我さんにしてみりゃ新しいでしょ?〉
Timbuck3 の 'Sinful life' なら歌詞が口をついて出る。
久我さんは英会話の勉強もしているから、
日本語詞を作っていないけどこの歌の歌詞なら分かるはずだ。
Marley was a Rasta
Moses was a Jew
Jesus was an outlaw
Just like me and you
Let love be our religion
Until this life is through
The next best thing to heaven
Is a sinful life with you
あれ? ’この命が終わるまで' なんて言っちゃったな?
No promise of paradise
Just a sinful life with you
あれれ? '天国に行けるとも限らない' なんて言っちゃったな?
曲選び間違ったくせえぞ?
「あははは、す~さん、冗談キツいな。
そうだな、従わなくちゃな。」
行かないでくれ。
本当はずっと飲み続けていたいよ。
今までに無いくらい飲むからさ。
〈ミーアンドボビーマッギーにしよう。五郎さんの詩で〉
「そんなら俺も歌える。乾杯だ。」
自由っていうのは失うものが
何も無いことさ
いい気持ちになるのは簡単なこと
ボビーがブルース歌えば
それだけで俺たちゃご機嫌
ラララ―ラララ―ラー
ララーラ―ラララ―ラー
ララーラ―ラララ―ラ俺とボビー・マギー
ラララ―ラララ―ラー
ララーラ―ラララ―ラー
ララーラ―ラ―ラララーラ俺とボビー・マギー
〈久我さんは、今、自由なの?〉
「そうだな、どこへでも行けるしね。
ほら、歩けるんだよ、俺。
滑舌だっていいしさ。」
〈生きてるってだけで不自由なのかな?〉
「す~さん、急がなくていいんだよ。
もっと歌ってよ。俺、す~さんのライブが見たくて来たんだから。」
〈ありがとう、ありがとう。ありがとう。〉
※※※
毎月一日は法螺話を書いています。
今日は、8月26日に他界した友人、久我一午氏との再会を書きました。
また明日、弔辞を書きます。