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52「MとRの物語(Aルート)」第三章 14節 起承転結の後にくるもの

芸術とは、滅びの美学。
だとしたら、小説という形式もまた、滅ぶ運命なのか。
そうは思いたくないのだけれど。

(目次はこちら)

「MとRの物語(Aルート)」第三章 14節 起承転結の後にくるもの

 昼休み。手作りのサンドイッチを食べた後、Rは図書室に向かった。文芸部の男子が、ぶすっとした表情でRを見ている。

「おいR、言ったろ? その席は危険だって」

「大丈夫。女の子の霊はもうあの世にいったから」

「え?」

男子はきょとんとしている。Rは構わず、窓際の席に座り、PCの電源を入れた。

「昨日の俺の話、信用してくれなかったのかな? からかってるわけじゃないんだけどな」
「うん、わかってるよ」

 Mさん、この男子に、どう言えば納得してるれるかな?

 うーん……。

Mが困っている。そうなのだ、結局人は、自分の目で見たもの、自分の手で触れたものしか信じない。何の根拠もなく信じろ、というのは無理なのだ。人間とはなんて疑い深い生き物なのだろうと、Rは思った。男子に向けて、開かれ初めていたRの心がまた閉じはじめた。男子はそんなRの心の変化を感じとった。男子は言った。

「わかった。もう心配ないんだな。信じるよ。でももしおかしなものが見えたら言ってくれ。
絶対だぞ」

「うん。わかったよ、約束する」Rは右手でいいねのサインを作って微笑んだ。

RはPCに向かって、検索サイトを開いた。

 Mさん、「豊饒の海」で検索してみてもいい?

 粗筋とかは、ネタばれになるから見ない方がいいが、
 タイトルの意味する所くらいなら、大丈夫かな。

 うん、ありがと。

「豊饒の海」で検索し、それっぽいサイトをいくつかチェックする。

 豊饒の海とは、月の海のひとつの名前。
 水も空気もない、砂の上にぽっかりと空いたクレーター。
 その穴に、豊饒(ほうじょう)と名づけるとは、
 なんという皮肉だろう……、だって。ふーん。

 暁と夕焼けの混在も、同じことだ。
 誕生と死の混在。豊かさと空虚の混在。
 生命は死と再生を連綿と続け、それがこの世の営みを生む。
 つまりこの世は常に、滅びの上に成り立っているんだ。
 国も、政治も、芸術も、人間も、すべてがだ。
 「豊饒の海」の最大のテーマはそれだ。
 美しくも悲しい夕焼けに照らされる、暁の寺も同じ。

 じゃあ、二巻のタイトルの、「奔馬(ほんば)」は?

 奔馬というのは死に向かって突っ走る、荒ぶる馬だ。
 「馬力」、という言葉があるように、馬とはパワーの象徴でもある。
 その馬が、全力で破壊を得ようと疾走する。
 そんな「滅びの美学」を象徴させたかった。

 あ……、少しわかったかも。
 じゃあ一巻のタイトル、「春の雪」は……。

 うん、悲しいまでに冷たく清涼な雪。
 それは地面に落ちることなく、つもり輝くこともなく、
 はかなく空に溶けて消える運命。
 そんな、静かでやさしく切ない滅びが、一巻のテーマだ。
 「春の雪」、「奔馬」、「暁の寺」。
 その3つで俺は、「起・承・転・結」のうちの、
 起と承と転を、表現したつもりだ。

  (作者注:上記は私の解釈であり、Mさんの真意とは異な
   る恐れが多分にあります)

 なるほどー。じゃあ、第四巻は……。

 まあ、それは三巻を読み終えての楽しみとしておこう。
 今理解しておいて欲しいのは、
 この作品で俺は、「死と再生」というひとつのテーマを、
 いくつかの形で提示し、そのいくつかを組み合わせることで、
 より深みのある大きな物語を提供しようとした、ということだ。

 一巻から四巻までで、「起・承・転・結」?
 じゃあ、五巻では何を書けばいいの?

Rはまた不安になる。まだ四巻まで読んでないから、何も言えないけれど、四巻までで完成してるんだとしたら、五巻を書く意味はなくなってしまうし、余計なものになってしまう。自分には無理だろう。でもMさんには、出来るんだろうか?

 大丈夫だ。策はひとつあるよ。
 第四巻までで俺が描き切れなかったもの。
 それを俺は、Rと一緒に書いていければいいなと思ってる。

あの分厚い文庫本四冊では、描き切れてないものとは一体……。Rはぎゅっと、手を握りしめた。早く「暁の寺」の続きを知りたくて、仕方がなかった。

<つづく>

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