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37「MとRの物語(Aルート)」第二章 14節 新学期
ついに第二章も終了。Rちゃんの闘いは、これからだ!
(目次はこちら)
「MとRの物語(Aルート)」第二章 14節 新学期
ついに新学期が始まった。Rはこの夏、大きく成長した。教室に入ると、何人かのクラスメートが、こちらをちらっと見た。気のせいか、少し驚いたような表情。いや、気のせいではない。私の心が変われば、周囲の人の心も、きっと変わるのだ、とRは思った。確か以前Mさんも、そう言っていた。
まだ始業には少し時間がある。Rは、カバンから文庫本を取り出した。「豊饒の海 第三巻・暁の寺」だ。
バンコックは雨季だった。
空気はいつも軽い雨滴を含んでいた。
強い日ざしの中にも、しばしば雨滴が舞っていた。
しかし空のどこかには必ず青空が覗(のぞ)かれ、
雲はともすると日のまわりに厚く、
雲の外周の空は燦爛(さんらん)とかがやいていた。
驟雨(しゅうう)の来る前の空の深い予兆に満ちた
灰黒色は凄(すご)かった。
その暗示を孕(はら)んだ黒は、いちめんの縁のところどころに
椰子(やし)の木を点綴(てんてつ)した低い街並みを覆(おお)うた。
※新潮文庫・「暁の寺(豊穣の海・第三巻)」
三島由紀夫著 P.5より引用、改行位置調整
Mさん……、バンコックって何?
ぐぐれ!
う、うん……、あとでぐぐってみるよ。
1、2巻はともに日本のお話だったが、3巻の舞台は海外のようだ。話が進むたびに、ハードルが上がっているように感じる。でもここで、負けたくなかった。もう半分、読み終えたのだ、あと半分。
あれ?
誰かがRの席の横に立っている。見上げると、黒縁の眼鏡をかけた女子が、微笑みながらRを見下ろしていた。
「お、おはよう。Rさん、何読んでるの?」
「あ、うん、おはよう。これ……」
Rは本を裏返して、表紙を見せた。
「豊穣の海! しかも3巻! すごいね、難しい本読んでるね」
「そうなの? はは……。ものすごい苦労してるけどね」
「そうなんだ。邪魔しちゃってごめんね、またお話させてね」
女子は顔を赤くして、去っていった。
「うん、いいよー」Rは言った。
クラスメートに話しかけられるなんて、これが初めてのことかもしれない。Rは平静を装いながらも、ドキドキしていた。なにかこの世には、見えない歯車があって、その歯車が、ゆっくりと動き出したみたいだ。
Mさん、この世って不思議だね。
うん、この世とはそういうものなんだ。
何かのサインがあって、動き始める。
だがもしサインがなくても、気にしなくてもいい。
この世のどこかに、歯車は存在する。
それを見付けて、動かせばいいんだ。
うん、なんとなくだけど、わかるよ。
始業準備開始の、予鈴が鳴った。Rは文庫本を、カバンにしまった。
Rは考える。自分にとっての歯車って、なんだろう。
Mさんと一緒に小説を書くこと?
それを発表して、有名になって、お金を稼ぐこと?
それとも、勉強をもっと頑張って、いい仕事に就くこと?
もしかして、大学にも行っちゃったり?
恋をして結婚する、という平凡な生活もあり?
結婚するなら、Mさんとがいいけど、きっと無理だよね。
この世の巨大な時の秒針が、ゆっくりと回っている。
その時計が、何かを告げようとしている予感。
そうだ、私はその時計を探そう。Mさんのために、お母さんのために。
Rにとっての、新しい季節が今始まった。
MとRの物語・Aルート 第二章 春の雪、奔馬 <了>
<つづく>