25「MとRの物語(Aルート)」第二章 2節 ショッピングモール

今回はいいプロットが浮かばなくて、
ほとんど「サイコ・ライティング」に頼り切り。

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「MとRの物語(Aルート)」第二章 2節 ショッピングモール

 夏休みだというのに、Rは一日中、読書をしている。俺はそんなRの前の席に座り、新聞を読んだり、インターネットのニュースサイトをチェックしたりしている。Rに、少しは外に出た方がと言いたくもあるが、俺にとってこのような情報収集のための時間は、非常に重要であるし、それに小麦色にやけた女性の肌というのも、俺はあまり好きじゃない。女は大和撫子、その肌は、透き通るよな白が望ましい。まあ、Rに俺の好みを押し付ける理由は特にないので、そこはRが好きにすればいいとは思う。特にRの場合、今の学校には親しい友人があまりいないので、遊びに行くにも、何かと不自由だろうから。いや、だからこそ俺が、無理やりにでも外に連れ出すべきか? どうなのだろう?

 あれこれ考えていた俺の眼に、新聞のある活字が目に入った。「お盆玉」についての記事だ。「お盆玉」とは、お盆にお年寄りが、子や孫に与えるお小遣い、だそうだ。なんて贅沢な、とは思うけれども、恐らくバブル直後のなごりだろう。Rはと言えば、「お盆玉」どころかお年玉さえ、幼い頃からずっと我慢してきたような子だ。いや、それどころかこの家では、父親が亡くなった後の、初盆に盆だなを飾ったのみで、それ以来、一度も盆のお祭りをしたことがなかったようだ。しっかり者のRの母親のこと、ただ面倒臭いだとか、やり方を知らないとかで、さぼっていた訳ではないだろう。何か理由があるのか。Rの心に触れ、その記憶を読み取ったように、Rの母親の記憶も、知っておいた方がいいのかもしれない。
 俺は新聞紙をテーブルに置き、傍らにどけてあったノートPCを引き寄せ、「お盆 セット」で検索した。マンションやアパート向けの、簡易的な盆だなのセットが検索され、その値段が確認できた。5千円と少し……、か。さっきの新聞の記事によれば、お盆玉の平均額は、関東で6300円、関西で5800円、だそうだ。お盆玉約1回分……、か。いや、あまりあれこれ、考えるのはやめよう。お盆に祭りごとをしないのは、Rの母親の方針であって、第三者の俺が口を挟むのは内政干渉でしかない。大きなお世話というものだ。

 ふっとRの方を見ると、「春の雪」は残りページがあと数枚、という所まで来ていた。Rは黙り込んで、食い入るように文字を追っている。Rの気持ちを知りたくてしょうがなかったが、俺はRの心には触れず、テーブルの上の新聞を取り上げ、読んでいる振りをした。やがてRが声をあげた。

「おわった~~~~~~~!!」

俺は、ちら、とRの方を見た。どう感じた? などと聞き出そうとは俺はしない。あくまで小説の感想とは、自発的なものでなくてはならないと思っているからだ。強要は出来ないのだ。まあ、本人が質問して欲しそうにしているようであれば、こちらから尋ねてみるのも、やぶさかではないけどね。Rは、最後の数ページをぺらぺらとめくり、読み返していたが、やがて俺を見て言った。

「Mさん?」

「うん?」

「春の海、読み終わったんだけど、質問いい?」

「うん、どうぞ」

「ここ」Rは、小説の終わりの方の、あるページを指さした。55章、最後の最後の章だ。
「なんでこんなに淡々とした、終わり方なの? もっと感動的に書けなかったの?」

「ああ……、そこは……。この前言ったように、俺が重視するのは、構造美とストーリーのバランスだ。やたら感動的なだけの結末を、俺は好きになれない。そうなることに、構造的になんらかの意味があるような、結末でなければならなかった。そういう意味で、1巻に限って言えば、俺はうまくやれていると思う」

「ふんふん……、じゃあもう一つ。なんで●●●を、●●●●に●●●●●●なかったの?」 ※ネタバレになるため伏字にしました。

「それは……、書いてあるよ。読み取れる人には、読み取れるようにね」

「どこに?」

俺はページをペラペラとめくり、493ページの最後の数行を指さした。

「ここだ」

  そして本多は、門跡の仰言(おっしゃ)る
  そういう一件迂遠(うえん)な議論が、
  現在の清顕や自分たちの運命を、
  あたかも池を照らす天心の月のように、
  いかに遠くから、又いかに緻密(ちみつ)に、
  照らし出しているかに気づかなかった。
   ※新潮文庫・「春の雪(豊穣の海・第一巻)」
          三島由紀夫著 P.493より引用、改行位置調整


「つまりここに至るまでの、門跡(もんぜき)の言葉の中に、お前の疑問に対する答えはある。と同時にこの一文は、今後のストーリーの中で、その答えが再び示されていくであろうことを、示唆してもいるんだ」

「えー? 何言ってるかわからないよ」

「簡単に言えばこうだ、『先を読んでくれ。読めばわかる』」

「えーーー?? ずるーい! ここまで読んだのに、まだ先を読めなんて!」

「まあ、俺の小説とはそういうものだ。それが俺の考える、構造美というものなんだ」

俺はにやっと笑って、新聞に目を落とした。ちょっと意地悪なようだが、くやしがるRの表情が、うれしかった。Rは奥の部屋に行き、カバンから財布を取り出し、中身を確認している。

「もしかして二巻を買いにいくのか? あわてなくても母親が帰ってくれば、貸してもらえるだろう」

「うん……、そうだよね。でも続きが気になっちゃって」

「大丈夫、小説は逃げないよ。それよりせっかく1冊読み終えたんだから、ご褒美に少し出かけてみようか?」

「え? もしかしてMさんとデート?」

「いや、そういう訳じゃないが……」

「暑いからあんまり外には出たくないけど、いいよ、Mさんと一緒なら!」

Rは俺が止めるのも聞かず、デートとやらの支度を始めた。と言っても、頭には母親に買ってもらったワークキャップという、あまりデートらしくはない恰好ではあったけれども。

 俺はRと一緒に、しばらく外の空気を楽しんだ。近場のショッピングモールは、空調が効いていて心地よかった。Rとの楽しい時間が、忘れていたある記憶を、俺に思い出させた。そうだ……、なぜ忘れてたんだ。俺にも娘がいた。あの子は今どうしているだろうか。Rとの、この運命的な出会いは……。

 運命……、だと?

突然、俺は背後に視線を感じて、Rの身体から出て素早く振り返った。ショッピングモールの最上階から、赤と白の派手な着物を身に付けた神が、俺達を見下ろし笑っていた。神は着物の裾をひるがえして、手すりの向うに去って行った。

 どうしたの? 外に出ると、誰かに見られるよ?

 ああ……、なんでもない。

Rは俺の手を取り、引っ張った。そうだ……、俺の後悔は、本当は「豊穣の海」の結末などではなく、こういう何気ない幸せを捨て去ってしまった、一人の父親としての、後悔だったのかもしれない。俺はRの手を強く握り返した。Rが振り向いて、にこりと笑った。

<つづく>

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